デートの終わり

 君取からの着信のはずが、耳元で聞こえてくるのは華子の声。

 混乱した可波は問いかけた。


「え、なに、どういうこと?」

『今日あたし、ゼップのゲストで出てるんですけど。さっきの生放送なに? ていうか、知らなかったんですけどぉ。「せーの、ゼップ♡」って楽しそうでしたねえ』

「えっと……」


 絶好調な華子の声色に、可波の背筋は凍りつく。


『先生! 生放送ですよ!? CM明けますから、戻ってください!!』

『うっさい、生放送にあたしをブッキングする局が悪いんだよ。あっ、こら、電話返せっ!!』


「あ」


 ぶつり、と電話が切れた。

 放心していると、トントンと控えめに腕をつつかれた。

 慌てて千織が隣にいることを思い出す。


「電話、泥酔さん?」

「あ、うん。びっくりしたぁ」

「プライベートのことまで言われるんだ?」

「うーん、たまたまだと思うけど」

「……ボランティアも追いかけてきてたよね。それもたまたまなの?」


 千織が、らしくない声を上げた。

 それに自分でも気づいたようで、気まずそうに視線を落とす。


「可波くん、今日もちょくちょく上の空だったよね。またバイトのこと考えてた?」


 絡んでいた腕が離れた。


 デートに集中していなかったのがバレていた。


 気づいていたのに言わず、ずっと笑顔でいてくれた彼女のことを思うと、さすがに罪悪感で苦しくなり可波は謝罪した。


「ごめん。そうだったかも」

「なんで?」

「なんで……。今のライフワークだから……」


 答えてから気づいてしまった。


 違う、そうじゃない。


 一気に血の気が引いていく。


 千織とのデートを、華子といるときと無意識に比べていた自分に。


「今日は、私とのデートなんだよ」

「そうだよね……」

「バイトバイトバイトって、可波くんずっとバイトのことばっか。もっと私のこととか……自分のことも考えてよ!」


 寒さだけじゃない要因が、彼女の頬に赤みを与える。


 ゼリーのように潤んだ瞳が真っ直ぐに向けられて、目をそらせない。

 千織がデートの態度のことだけを言っているのではなく、可波がバイトに依存しないように、純粋に心配してくれているのがわかるから。


 ――謝らなきゃ。

 だけど、どう伝えれば彼女が傷つかないだろうか。


 そればかりが頭をぐるぐると巡り、なかなか言葉として出てこない。


「私って、そんなに魅力ないのかなぁ」


 黙っている可波に、もう一歩、千織が踏み込む。


「私、可波くんに告白したよね? そんな相手と一緒にいるのに、他のこととか考えるかな?」

「ごめ……」

「もういい」


 千織は可波をにらみつけて、離れた。

 目元を濡らしていたが、彼女はそれをこぼすことなく。


「今日は帰るね。さよなら」


 そう言って、きびすを返してひとりで歩いて行く。


 可波はそんな彼女を呼び止めることができなくて。

 新大久保の裏路地の真ん中で立ち尽くしていた。

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