ちーちゃんとのデートがバレた件

 華子の様子がおかしい。


「華ちゃん、進捗どー?」

「……」


 大学から仕事場に直行してみれば、華子はクッションを抱いて、ソファに寝転がっていた。仕事道具のパソコンは持ち主に見向きもされず、雑に床に落ちている。


「なんで? プロットは書いたんだよね。あとは執筆でしょ」

「やだ。もうこれ書きたくない」


 こういうの、前にもあったな……と、可波は困惑した。


 前にもあったが、状況はまるっきり同じというわけではない。むしろ今回のほうがずっと悪化している。


 外部の仕事でも調子が悪いと、君取から相談も来た。いわゆる“のはす節”のキレが悪いのだという。


 一体なにがあったのか。

 前回、これから二人三脚で頑張ろうという雰囲気だったのに。


(やっぱ、あれかなぁ……)


 可波は肩を落とす。


 華子を問い詰める前に。

 一昨日、可波と千織のデートが華子に知られた話から、まず片付けないといけない。



  ◆◇◆◇◆◇



「可波くん、先どーぞっ」

「んっ」


 千織が隣で歩く可波に、アイスクリームが乗ったスプーンを差し出した。

 可波はそれが垂れる前に、腰をかがめてぱくつく。


 一体二人が何をしているのかというと、完全に見たままの通り、食べ歩きスイーツデートである。


 アイスの前には大きないちごが4つ串に刺さったいちご飴も分けあって食べたし、先ほど購入したかわいいパウチに入ったジュースは、首からぶら下げている。

 千織はそれを持って、ツーショットの写真をSNSのストーリーに上げていた。


 まごうことなき、リア充大学生のお手本のような映えデート。


「んー、おいしーね!」

「あっ……」


 千織がアイスのスプーンを迷わず自分の口に入れた。

 関節キスなんですけど……。と可波はソワソワするが、彼女は気にしていないようだ。

 それだけではない。


「今日はデートだし、可波くんとおそろいになるかなってパーカ着てきたんだけど、当たりで良かった!」


 そう言ってくるりとその場で回って見せる千織は、ウニクロのパーカと黒のロングブーツのみの、ワンツーコーデ。

 お尻が見えそうな丈で、余計にソワソワが止まらない。いや、下にはいてるんでしょうけど。


 火事のあと、服はウニクロで揃えていた可波だったが、バッチリと手持ちの服が把握されていたのも恥ずかしかった。


(デートかぁ……)


 隣で歩くペアルックの女の子に告白されて数日が経過していたが、可波はまだ返事を出せずにいた。


 「とりあえずデートしない?」と誘ったのは千織から。

 それに可波も乗り、時間を合わせて本日出かけることに。


 今回のコリアンタウンは、誘った千織が選んだ。

 まかせっきりで申し訳なさげな可波に「じゃあ第二回は、可波くんがプラン考えてね♡」と言える千織は、とてもいい子である。


 さてをおく。


「かわいー! ピンクがいいかな。エメラルドも捨てがたい〜!」


 気づけば千織は、マカロン店のショーケースの前に張り付いてはしゃいでいた。


「ね、可波くんはどれがいい?」


 あまりにも自然体すぎる彼女を見ていると、可波の緊張も、笑顔とともにこぼれていくのがわかった。


「ちーちゃん、ちょっとこっちおいで?」

「なになに?」


 小走りで駆け寄ってきた千織の顔に、可波は優しく手を添えた。

 不意打ちに目をぱちくりとさせている彼女に構わず、頬についた緑色のアイスを親指で拭う。


「アイス、そんなおいしかった?」

「……うそお!?」


 笑いをこらえる可波を見て、ぽやーっとしていた千織は我に返った。

 真っ白な顔のせいで、暖色に変わるのがとてもわかりやすい。


「やだ、恥ずかしいんだけどー!!」


 千織は顔を隠そうとして、とっさに可波の胸元に額をつける。


「あはは。もう取れてるよ」

「うー、ほんと? 手汚れちゃったね、ハンカチ使って」


 日本人離れした茶系の瞳がチラリと見上げてくる。控えめに言っても超天使である。


 けれど、そんな至近距離で女の子と見つめ合えるほど可波も手練てだれてはない。


「大丈夫、慣れてるから〜」


 よくわからない返答をして、そそくさと視線を外した。同時に半身を引いて、体を離す。


「てか、ちーちゃんてスイーツも結構食べるんだね、ちょっと意外」

「そーかな? 私、自分でも作るし。ごはんも甘いものも好きだよ」


 千織が差し出したアイスのカップを可波は受け取り、今度は自分でスプーンですくって口に運ぶ。


「美味しいもの食べると『幸せ♡』って感じるんだ。だから、可波くんにも幸せな気分になってもらえたらって、デートを食べ歩きにしたんだよ」


 そう言って、千織は可波に腕を絡ませた。

 アイスを持っている可波は動けず、筋肉をこわばらせて千織を見下ろした。


「デートだし、いいよね?」


 前を向いた千織の表情はよく見えなかったけれど、耳は真っ赤になっていた。


 千織はとても素直でかわいい。

 可波のためにと選んでくれたデートプランもうれしいし、なにをしても平和で、のんびりしていて、甘い時間だった。


 それなのに……。

 なぜか、さっきからアイスの味がよくわからなかった。


 ぎしりと小さな違和感が胸を締め付ける。

 いつもだったら口から適当にこぼれる雑談も、胃の奥に引っかかってしまったように全く出てこない。

 テンションを入れるリモコンは、どこかに置き忘れている気分だった。


 突然、千織が立ち止まった。

 そのため、自動的に可波も歩行を停止する。


「? ちーちゃん?」

「すみません、彼氏さんもご協力お願いしていいですかー?」


 見ると、マイクを持った人とテレビカメラを背負った人が、千織を引き留めていた。


「僕たちお昼のニュースバラエティ『ゼップ』なんですけど、カップルインタビューに協力してもらえませんか? マジで彼女さんアイドルみたいですね!」

「彼女だって。どーしよ、可波くん?」


 千織は戸惑うように可波を見上げる。

 嫌がっているというより、可波に同意を求めているような表情だ。


 華子と炎上して目立つのは苦手だった可波だが、今の自分が千織のために役立てることを考えても、ほとんどないのが悲しい事実。

 彼女が求めることには、なるべく手を貸したい。


 ……よし。

 心配しなくても、千織だったらなんでもうまくこなすだろう。


「ちーちゃんがよければ僕はいいよ。もし嫌だったら無理しないで。僕から断るし」

「ありがと。でも私、可波くんが良いなら出てみたいかも!」


 テレビに興味津々な女の子がはしゃいで、可波の腕に重みがかかった。




 生放送ということで出番まで少し待機したあと、撮影スタッフが可波にマイクを向けた。


「彼は今日、どうして新大久保へ?」

「えっと、二人で遊びに来ました」

「彼の好きなところはどこですか?」

「あの、いっぱいあるんですけど、いちばんは一緒にいて波長が合うところです」


 マイクを差し出された千織がにこやかに答える。

 ちょっと照れた。


「かわいい彼女さんですね。彼は?」

「え……あー」


 可波は少し思案して。


「ふわっとして見えるけど、素直で、ちゃんと芯がある子だと思ってます」


 スタッフが微笑ましそうに目を細める。


「はい、今日いちばんの癒し系なお似合いカップルでした! ありがとうございました〜」




 放送は5分もかからずに終わり、撮影クルーも去っていく。


 それを二人で見送りながらぼんやりと立っていると、意識を呼び戻すようにポケットの中の電話がけたたましく鳴った。

 見ると、ディスプレイに「君取」と出ている。


「ごめん、ちーちゃん。バ先のマネージャーさんからだ」

「あ、うん。全然いいよ」

「ありがと。……もしもし?」


 その場で通話を押すと、耳に飛び込んできたのは女の声。


『もしもしぃ? 今日いちばんの癒し系なお似合いカップルさぁん?』

「……あれ。華ちゃん?」


 電話の向こうで、君取がなにか叫ぶ声が聞こえている。

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