彼女の悪口は聞きたくないです

  ◆◇◆◇◆◇



「松ぼっくりばくだーん……えっ」

「よぉ、がきんちょぉ。オマエさあ、あたしを誰だと思ってんの」

「ひいぃっ〜!?」


 子どもたちと華子の相性は最悪だった。


 小学生相手に本気の華子。ボランティアが始まってまださほど経っていないにも関わらず、すでにキッズらに避けられ始めていた。


「おねーちゃん。それ、そっちに投げ捨てちゃダメだよ?」

「え、そうなの? それは、ごめんなさい……」


 さらに気の強い子にはガチで怒られてもいた。

 威厳は0だし、ここでも浮いている。


 その様子を、洗い場で道具の洗浄をしていた可波はハラハラしながら見守っていた。

 ボランティアを手伝ってもらうはずが、手のかかる子どもが一人増えただけだった。わかってはいたけれど。


「ぷは! 見てあの人、子どもみたーい! 掃除もまともにできないのに、なにがボランティアするーだっつの!」


 隣の洗い場で、里香がケタケタと笑っている。

 可波と千織の洗い場にまでわざと聞こえるようにしているのだろう、声を抑える様子はない。


「しっかも次は冒険プログラムだよ。あのふりふりのワンピースと厚底で森に入る気?」


 美々も鼻で笑う。


 それについては、運動神経のいい華子ならあの服で森に入っても問題はなさそうなので、心配はしてない。

 それよりも、可波的には団体行動の方が気が重かった。彼女に協調性があるとは到底思えない……。


 隣の洗い場でひときわ大きな声が上がり、ギャルたちが爆笑した。


「ちょっ土塔w あの人アラサー!?」

「まとめブログに27歳って書いてるんだけどマジィ?」


 キャッキャとはしゃぎながら、里香と美々が可波たちの洗い場に群がった。


「え。うん」

「しかもアダルト系のライターなんだ。土塔くんも男の子なんだね♡」

「なんの話?」

「エロい年上のお姉さんちでアルバイト。おいしいよねーw」


「ちょっと里香! 美々もやめなよそういうこと言うのっ」


 千織が二人をたしなめるが、女子二人の詮索は止まらない。


「でも、アレはやめといたほうがよくね? 土塔の格が下がるっていうかさー」

「……格ってなに?」


 静かに尖った可波の声音に、女子二人の笑顔が凍りついた。


「僕が忘れ物したせいで華ちゃんが届けに来てくれて、それで迷惑かけてるのは申し訳ないけど、悪口を聞かされるのもボランティア? 連れて帰れっていうならそうするけど、僕も帰る。ここにいたくないから」


 きゅっと音を立てて蛇口を閉めると、可波は洗ったトングをまとめて持ち上げた。

 女子たちに背を向けて、ボランティアスタッフの元へと運ぶ。


 可波は終始目を合わさなかったが、ギャルたちの顔は真っ青になっていた。


「えっ、怒った? 土塔、怒ってね?」

「もぉ、今のは二人が悪いよ?」

「えー! だって千織のためじゃんー!」

「それでも、陰口はよくないし、誰だって嫌な気持ちになるよ?」


 しょんぼりとする女子たちに、千織は「仕方ないな」とばかりにため息をついた。



  ◆◇◆◇◆◇



 トングを返却した可波は、その足で華子のもとへ向かった。

 華子はいつの間にか子どもたちの輪から離れて、大きな木の下に立っていた。


「なにしてんのー?」

「あ。カナミ」


 居づらくなって逃げていたのかと思えば、半身を引いた彼女の向こう、木の下にもうひとりいた。女の子が座っている。


「この子、喋んないんだよねー」


 腰に手を当てて見下ろす華子が怖いのでは……と思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。

 少女は華子に見向きもせず、不貞腐れた顔で足元の落ち葉をいじっていた。


「体調が悪いなら、スタッフに相談した方がいいかも」


 可波がボランティアの責任者を探そうとあたりを見回すと。


「ちがうっ! あたしはなわとびがしたくないだけなのっ! もー、ほっといてっ!!」


 勝手なことばかり言われて我慢できなくなったのか、女の子が叫んだ。

 ちょっと般若みたいな顔になっている。


「あたし運動だいっきらいなの! もう帰りたい! おうちでお絵描きがしたいの! うわーん!!」

「そ、そか。だったら無理しないでいいから〜」


 とうとう女の子は膝に顔を埋めて勢いよく泣き出してしまい、可波はおろおろしながらなぐさめた。

 しかし華子は仁王立ちのまま、それを見下すように鼻で笑った。

 ちょっと……。と、可波がとがめるように見上げる。


「なんだ、そんなこと。もっと早く言えばよかったのに」

「えっ……そんな、こと?」


 怪訝そうに女の子が泣き顔を上げた。

 華子は軽くストレッチしながら、ほかの子どもたちへと視線を向ける。


「確かに運動しばりのレクは、運動が苦手な子には地獄だわ。でもあんたは自分の好きなものをちゃんとあたしに教えてくれたもんね。だから手を貸してあげる!」

「ふえぇ?」


 華子は戸惑う少女を無視して、腕を引いて立たせた。


「あたしはのはす。名前は?」

「……さくら」

「おっけ。サクラは黄色い落ち葉集めてきてよ。とにかくいっぱい!」

「な、なんであたしが」

「いーからいーから! 10分後ここに集合ね。カナミはジョウロに水入れて持ってきて!」

「そんなものないよ。あー……」


 可波の返事も聞かず、華子は単身、森に飛び込んで消えた。

 動きづらそうなヒラヒラの服で、俊敏に。

 ポテンシャルがすごい。


「お、お姉ちゃん!? えっ、どうしよう……」

「なんか、ごめんね?」


 ともあれ、自分は慣れているが、彼女のペースに女の子を巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じて可波は謝った。


 二人で困った顔を突き合わせると、女の子が吹き出した。


「え、なに?」

「お兄ちゃん、苦労してそう」

「う、うーん?」

「くすくす。いいよ、協力してあげる! お兄ちゃんも早くジョウロ取って来て!」


 女の子はそう言って、楽しそうにカナミの背中をぐいぐいと押した。

 この子が迷惑じゃないならよかった。けど……。


(こんなへんぴな場所にジョウロなんて……)


 とんだ竹取物語だなぁと、可波はため息を漏らす。

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