華ちゃんvsちーちゃん

「まっさか、土塔くんが一文なしとはねーw」

「千織に感謝しなよ?」

「めんぼくないです……」

「え、いいよいいよ〜。そういうこともあるって。ねっ?」


 しょんぼりと肩を落とす可波を、ピクニックシートで隣に座った千織がなぐさめる。


 もちろん都内とはいえ廃れた公園、売店なんてものはない。


 かろうじて自動販売機を見つけて飲み物を買い(千織に借りた)、丁寧に固辞したけれど、千織のお弁当をわけてもらうことになった可波。


 ひとりで活動していたときにはフレンドリーだった別の大学のボランティア男子らには、女子に囲まれた途端にらまれた。

 今日は散々だった。


「でもよかった。みんなに味見してもらおうと思って、ちょっと多めに作ってきたんだよね」


 そう言ってリュックから取り出したのは、千織の体には少しわんぱくな大きさの弁当箱。

 膝の前に置いて蓋を開けると、1.5人分ほどの量のおかずが入っていた。

 それを見て、美々が目を丸くする。


「なにこれ! 千織ぃ、すごい! お嫁にきてー!」

「えへへ。考えとく♡」


 色とりどりの宝石箱のようなそれとは別に、小さなおにぎりが2つラップで出てきた。


「ごめんね。可波くんには足りないかもしれないけど、おにぎり全部食べてもいいからね。お味噌汁もあるよ」

「って、あんたのカバンは四次元空間かーい」


 軽快に里香がツッコんで、笑い声が上がった。

 女子三人集まればなんとやらと言うが、空気が華やかだった。

 なにしろここまで可波は一言しかしゃべっていない。


「えっとね、卵焼きはちょっと自慢なんだよね」


 そう言って、千織は箸で卵焼きを一切れつまみ上げた。

 そして可波の口元に、さも当たり前のように運ぶ。


「はい!」


 期待いっぱいの瞳がまぶしい。

 他の子たちに見られているのを気にして可波は戸惑うが、千織は素で、しかも好意100%の行為だということも知っている。

 さらに戸惑う。

 だけどここは、自分がいかなければならない場面なのだ。


 よし、と心の中で気合いを入れて。


「いただきます」


 ぱくついて、咀嚼。

 半熟の卵焼きはちょっぴり甘くて、可波も好みな味だった。


「あ、おいし。これ朝から作ったの? ちーちゃんすごい」


 しかも久々の他人の手料理。

 胸がいっぱいになるほど感動してしまう。


「うれしい♡ 昨日仕込んだものもあるんだけどね」

「いやまじであんたら、めっちゃいい感じじゃん」


 なにが“いい感じ”なのかは不明だが、正面であぐらをかいて座る里香がサンドイッチを片手ににやにやしていた。隣で足を横に揃えて座る美々も、ウンウンと頷いている。


「むー、私たち前から仲良くて、別にこんなのふつーだもん。あ、唐揚げもうまくできたんだ。食べてみて?」


 千織は唐揚げをつまむと、再び可波の口元に持っていった。

 それに友人たちがおもしろがってスマホを向ける。


「ええと、自分でいただきますので……」

「うー、ここまで運んだんだし。ね?」


 愛らしい瞳がキラキラと期待に染まる。

 どうしよう……。と、可波がためらっていると。


「カナミがひとりで食うって言ってるでしょうが!」


 二人の間にぬっと弁当箱が割り込んできた。


 驚いた可波と千織がパッと離れて振り返ってみれば、日傘を差して地雷系ファッションに身を包んだ少女が、ガラ悪くしゃがみ込み、非難がましい視線を可波に向けていた。


「ほら、おべんとー」

「華、ちゃん……?」

「つか、財布も置いてなにしてんの? きみは子・ど・も・な・のぉ〜?」


 華子はぐりぐりと弁当箱の角を可波の頬に押し当てた。

 バツの悪い可波はされるがままである。


 二人のペースに呆気に取られていた女子たちだが、ハッとした千織が果敢に口を挟んだ。


「あの、もしかして……。泥酔のはす、さん?」


 ジロリと華子がガラの悪い視線を向ける。

 しかし千織は気にする様子もなく、アイドルのように目を輝かせた。


「初めまして! あたしたち可波くんと同じ大学なんです。泥酔さんのこともよく聞いていて、一度会いたかったんですよ!」

「千織そんなこと言ってたっけ?」

「里香やめなって」


 女子たちを一瞥して、華子は可波へ軽蔑したような視線を送る。


「おまえ、あたしのことなんて言ってんの? つか女しか友だちいない系?」

「女の子だけなのは偶然。今日はちーちゃんの友だちが来れなくなったから、代理で来たんだよ」

「“ちーちゃん”?」


 華子が声を低くして、名前を反復した。

 ここだとばかりに、千織がずいっと前のめりに手を上げる。


「あたしが千織です。可波くんとはとーっても仲良しなんですよ♡」

「さっき可波に“あーん”を拒否られてたじゃん」

「て、照れてるだけだよね? 可波くんっ」

「え、えっと?」


 今までに経験したことのない不穏な空気。可波は本能的に、じりじりとピクニックシートの端へと後ずさっていった。


「はあああーーーーーーーっ!!」


 馬鹿デカい華子のため息に、可波はビクッと身を震わせた。

 華子はゆっくりと顔を上げて。


「……お腹すいた。これ食べていい?」


 やる気なさげに、手に下げた弁当箱をぶらぶらとさせた。


「あれ、華ちゃんごはんは? 作って書き置きもしたのに見てない?」

「誰かさんのせいで、急いで家を出てきたから食べてない」

「それはごめんだけど……」


 二人の同棲カップルのような会話に、千織たちは顔を見合わせる。


「つーわけで、おじゃましまーす」


 そう言うと、華子は可波と千織の間に割って入った。

 そして千織に見せつけるように、ぴとっと可波にくっついて座る。


「かなみん食べさせて」

「なんでだよっ」


 間髪入れず、可波がつっこむ。同級生の視線が痛い。


「箸、一膳しかないもん」

「交互で使えばいいじゃん」

「じゃあなんで、きみは隣の女の子に食べさせてもらってたのかなぁ」

「っ!」


 可波は真っ赤になって顔をそむける。

 華子に見られていたのは普通に恥ずかしかった。


「……はあ。ほら、どれ?」

「あ、そっちのちくわがいい」


 観念してちくわをつまむと、ぽいっと華子の口に放り込む。

 なぜ、親鳥の気分を味わわなければ。


「いや普通に馴染んでるけど……。泥酔さんー、今ウチらボランティア中で、遊びに来てるんじゃないんですけど?」


 里香が、嫌味を含んだ声音で華子を牽制した。


 華子は食べ物をゆっくりと咀嚼し飲み込んでから、里香を真っ直ぐに見据えた。

 そしてあごを上げ、目を細めて。


「じゃ、あたしもボランティアするわ」

「「ええ……」」


 示し合わせたように、全員の嘆声がこぼれた。

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