ボランティアに行ってきます

「いたっ」


 可波が頭を押さえながら顔を上げると、頭上の木に、松ぼっくりが重そうにぶらさがっていた。


「ぷははは! お兄ちゃんだっせー! いってっ」


 10メートルほど前にいた小学生男子が頭を押さえて、地面に転がった松ぼっくりを恨めしそうににらみつけている。

 秋である。


「よっ。じゅんちょーかなぁ?」


 ぽんっと背中を叩かれて振り向くと、可波の大学の友人、菅原すがわら千織ちおりが立っていた。


 髪は耳の下でツインテールに結び、ぶかぶかのピンクのロンTに短パンとスニーカー。小さなボディバッグを肩からクロスにかけた、スポーティな格好が新鮮だった。

 千織は右手に持ったトングを、カチカチと楽しそうに鳴らしている。


「突然誘ったのに、来てくれてありがとね、可波くんっ」


 一昨日大学で千織に頼まれ、急きょ参加することになったボランティア。子どもたちと清掃をしながら、レクリエーションをするというプログラムである。


 ボランティアには少し興味があったため、予定を調整して参加することにした可波だったが、自然いっぱいの公園を歩くのは思っていた以上に楽しかった。


「ううん。気分転換になったよ。……あ」


 と、背中に小さな衝撃。

 振り返れば、前にいた男子が何かを振りかぶり、もう一度投げて寄越した。

 可波は二投目のそれを、ひょいっと避ける。


「あっ」

「あっ、て言ったな? これは反撃されても文句なしと見たっ!」

「うわーっ!!」


 走って逃げ出す小学生を可波は追いかける。

 すぐに捕まえて、小脇に挟んでぐるぐると振り回した。

 別の子供たちが、可波の周りに集まってくる。

 そんな光景を、千織はため息をつきつつも愛おしそうに眺めていた。


「千織ぃ。うまいことやってるー?」

「あっ、もぉなにーうまいことって!」


 後ろから千織にじゃれるように女子ふたりが抱きついた。いつも千織と一緒にいる友人の里香と美々だ。この二人は物語にあまり重要ではないので詳細は省くが、とりま黒ギャルと白ギャルである。


「土塔と一緒に過ごしたいって、ボランティアに誘ったわけじゃんー」

「そうそう、欠員出たって嘘までついて」

「う、うそじゃないもん……」

「別のグループでふたり来れなかったもんねー、結果的に」

「はん♡ 千織がいじらしくてかわいー」


 うりうりと白ギャルの美々が頬擦りするのを、千織は真っ赤な顔でされるがままになっていた。

 すぐに可波と子どもたちの方が騒がしくなる。


「えっ、ちょ、ま、おおう!?」

「たっくんをはなせ!」

「はなせばかー!」


 いつの間にか、可波は大勢の子どもに囲まれていた。

 さらに多方向から松ぼっくりを投げつけられている。


「こらきみたち!! 散らかしてどうするんですか! 土塔さんも、大人なんだから子どもたちを注意する側でしょう!? がみがみ!」


 がみがみと可波叱りつけるのは、きつそうな印象のメガネのご婦人。彼女がこのボランティアの最高責任者である。

 千織はすぐさま可波に駆け寄った。


「大丈夫? 手伝うね」

「うん、ありがと、ちーちゃん」


 子どもたちは散り散りに退散し、素知らぬ顔で作業に戻っていた。

 可波が恨めし気な視線を送るのを、クスクスと笑っている。

 やな小学生だった。




 千織が手伝ってくれたおかげであらかたきれいになったころ。

 黒ギャルの里香が、苦笑しつつ二人に近づき声をかけた。


「お疲れ土塔、キッズに懐かれてるじゃん」

「アッハイ……」


 千織以外の女子とは積極的に喋ったことのない可波は、少し構えた。

 しかも里香、ブルゾンを羽織ってはいるがインナーはブラトップ1枚の腹出しルック。目のやり場に困ってしまう。


「もーすぐお昼だし、早く終わらせよー。ね!」


 パンパンと、美々が可波の背中を叩く。

 陽キャは人見知りという概念がない。怖くて可波は固まった。


 その後も可波がなにか発言することはなく、4人は時間いっぱいまで小学生たちと森の清掃ボランティアを遂行した。



  ◆◇◆◇◆◇



 寝起きの華子はあくびをしながら、冷蔵庫の前に立っていた。

 扉に貼られた書き置きには、ボランティアに行くため夜に帰るということと、食事についての説明が書いてあった。


 背中をぼりぼりとかきながら、ふとキッチンの台に目を移す。

 そこに小さな包みが置いてあった。


「あれ。かなみん自分の弁当忘れてんじゃんw でも知ーらねっと」


 可波も大学生だしバイト代も出ている。都会は店も多いし、その辺で何か買うだろう。


 目をこすりながら、キッチンを通り過ぎる。

 ふと、リビングの扉の前に落ちたジップロックが目に入った。


 嫌な予感がしながらしゃがんでつまみ上げると、中に1000円札が3枚とカードがいくつか、そして小銭がじゃらっと入っていた。


「……あいつ、財布も持ってないのか?」


 顔をしかめる。どんだけドジなんだ。

 まあ今どきの大学生だ。pay類でなんとかするだろう。


「……ってあのバカ、ガラケーじゃん!」


 時計を見上げる。

 10時半。

 今から持っていけば、昼には間に合うだろう。

 昨夜の雑談で、うっかりボランティア場所を聞いてしまった自分を恨む。


「あーもう、絶対に埋め合わせさせたる!」


 華子は可波の弁当と財布を、トートバックにぶちこんだ。

 そして洗面所に飛び込む。


 どんなに急いでいても、支度はしっかりしたいタイプだった。

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