羞恥プレイおつです

 華子の話をよく聞けば、やっていることはコラムニストと呼ばれる職業に近いようだ。


 しゅとしているのは、アダルト関連のコラム。

 寄稿先は新聞や雑誌、Web等々さまざまな媒体と取引があり、それは管理する可波も知っている。


 ライターと違うのは、体験談や意見を自分の言葉かつ顔出しで書いているところだろうか。

 “メンタルの弱さを埋めるべく、性に奔放な地雷系女子”というコンセプトで、『泥酔のはす』というピーキーなキャラ売りをしている。


 他にも企業にアダルト系動画広告の脚本を提供していたり、グッズの監修、有識者としてのコメント、コンサル、インターネットTVへの出演等々、活動の幅は広い。


「企業から送られるエログッズや変な本は、あっちに置いてる……」


 そう言って、指をさすのは奥の部屋。


 そういえば、今はリビングで仕事をしている華子だが、可波が初めてこの家に来たとき、彼女は奥の部屋にこもっていた。

 どうやらアダルト系の仕事道具はすべて元の仕事部屋に押し込み、可波の目に入らないようにしていたらしい。


 これでも乙女。仕事といえど異性に見られるのは抵抗があったのだ。

 可波が視線を戻すと、乙女は顔を真っ赤にしたままうつむいていた。


「本なら、Web書籍デジタルで出してます」

「あ、それでかー」


 本屋を巡っても見つからなかったことに、ようやく合点がいく。

 可波がふむふむとうなずいていると、手で顔を覆った華子はやけっぱちに打ち明ける。


「あたし高校でも浮きまくってて、親には『卒業したら地元で就職!』って言われて。でも、そんなの無理じゃん!? 毎晩、知ってる下ネタを叫んで部屋で暴れる姿を配信してたら、なんかファンがついちゃったんだよお〜! それからあれよあれよと炎上系ライバーに……」


 見ていないけどその光景、ありありと頭に浮かぶ……気がする。


「上京して25のときにウェイウェイに所属することになったんだけど、肩書きを“地雷系クリエイター”から“作家”にしたの。だって処女の猥談だよ? 妄想の創作じゃんっ!?」


 テンパって、まくしたてるようにしゃべる華子の瞳に、うるりと涙の影を見たり。

 さすがにかわいそうで、可波は口を挟んだ。


「とりあえずわかった、うん。慣れない仕事をがんばってきたんだね?」

「てか! ずっと思ってたんだけど!」


 そう言って、赤面のまま、責めるように可波をにらみつける。


「あんた、あたしのこと知らないふりしてるけど、本当は知っててバイト受けてるんでしょ!?」

「え? なんで? 本当に知らなかったんだけど」


 有名人に「知らない」とハッキリいうのも気が引けるが、ここできちんと言っておかなければ後々面倒なことになりそうだ……と、直感が訴えている。

 毅然な態度をとることにした。


「そんなわけないじゃん! だってあたし、SNSでわりとトレンドになってるもん。泥酔のはすだよ??」

「SNS……ってなんのこと?」

「SNSやってない系? でもWeb検索はするでしょ!?」

「うーん。僕の携帯、ガラケーだから」

「なんっでだよ! だとしてもインターネットくらいできるから! つか学生だよね? どうやって授業受けてんのよ!?」

「それに、わざわざ検索する必要ないよ。だって直接華ちゃんと喋ってるし」

「そういうことじゃねーんだわ!」


 話が噛み合わずに苛立った華子は、ソファに膝立ちすると可波のTシャツの肩をつかんだ。

 一方、見下ろされる格好になった可波は、その勢いにおされてのけぞる。

 わりと青ざめている。


「あたしヤバいヤツなの! ダメ人間だし、エロ創作で稼いでるし、頭も悪いし、炎上するしっ! そんなヤツの監視をホイホイ受けるのは、あんたがあたしのファンじゃないと納得できないんだよ!」

「えーと、なんか……ごめん?」

「ああああああああああああああ゛!?!?」


 困る可波に、華子はますます激昂げきこうする。

 完全に墓穴。

 たぶん本当に穴があったら頭から飛び込んでいただろう。

 しかし一度フルで踏んでしまったアクセルには、なかなかブレーキはきかないものだ。


「あっ、あたしとのワンチャン期待してたんでしょ!? 言っとくけどワンチャンは犬のことじゃないからね!?」

「あ、うん……」

「〜〜〜っ!? なんなの!? あたし目当てでいろよぉ〜〜〜!!」


 もう無茶苦茶だし、一体どうしたいんだこの人は。

 華子、ペルソナの発破。


「あ、でも華ちゃんのことハッピーに似てるなって思ったのがきっかけだから、ある意味華ちゃん目当てだと思」

「犬に似てるって言われて『え〜そうなの? うれしい♡』って思わねーから! なんだてめぇ、性欲ない系主人公か!? それともホモセクシャル!?」

「うんと。いっかい、落ち着こ?」


 どんどん詰め寄ってくる華子の顔を、白刃取るように両手で挟む。

 不安と羞恥と混乱と羞恥と羞恥が混ざった半泣きフェイスが、ぷにゅ。とつぶれて目の前に来た。

 そんなふざけた顔に、可波は真剣に語りかける。


「あのね。華ちゃんの大事な言葉を、自分を追い詰めるために使うのはよくないよ?」

「ぷうう!! しょおゆーとこだよぉおおおおお!!!」


 可波の手から顔を引っこ抜いて華子は叫んだ。

 それからイスラム教徒がアッラーの神に祈りを捧げるかのように、クッションに顔を埋めて臀部を上げた。声を殺して唸っている。


「とりあえずなんで興奮してるのかわからないけど、華ちゃんがどんな仕事をしていても僕は態度を変えないよ。あとワンチャン目的でもない。おもしろいから一緒にいるんだけど」

「……じゃあホモセク?」

「なんでだよ。ちがう」


 華子はチラリと上げた視線をまたクッションに埋め、グズグズとぐずり始めた。


「だってだって、令和にネットしないなんてありえないよぉ〜。そもそもそーいうやつが、なんでインフルエンサー事務所でバイトしてんだよぉ……」


 さっきまでの勢いが嘘のようにしぼんでいく。

 そんな華子の背中をぽんぽんとなぐさめながら、可波は語りかける。


「でも僕、メッセのアカウントはあるからさぁ」

「別に自慢になんねーわ! なんでそこはあるんだよぉ……」


 といってもメッセは大学の連絡網で無理やり入れられたもので、可波が自ら登録したものではないのだが。

 ちなみに電子メールの登録もある。こちらは高校時代に作っている。理由は上に同じ。


「うー……はあ」


 大きなため息をつくと、なにかが吹っ切れたように、華子はクッションからのっそりと顔を上げた。


 可波がポケットから携帯を取り出す。それが超旧式モデルで、華子は目を丸くして吹き出した。


「ね? 意外にハイテクなことするっしょ」

「意外なのはあんたの携帯がまさかのバータイプなことだわ! 逆にどこで売ってんだよそれ! もう、なんなの……ぷっ。あはは!」


 涙が出るほど笑い転げる華子へ、可波は得意げな表情を浮かべる。


「ふふん。メッセ交換しとく?」

「えー、あたし超作家の泥酔のはすなんだけど? 一般人に簡単には教えらんないしぃ〜?」

「そーなの? がっかり」


 せっかく出した携帯をしょんぼりと引っ込める可波に、華子は目の端を拭いながら笑顔で言う。


「なんか、あんたの前で自分を繕ってんのが馬鹿らしくなっちゃった」

「……」

「おい、その顔っ! これでも繕ってたのっ!! それに……」


 目をそらすことなく、幸せそうにふにゃっと表情を崩して。


「あたしがどんな活動してても態度変えないって言ってくれたの、正直うれしかった」


 急に素直になる華子に、可波もにこっとうなずいた。


「うん。僕が見てる華ちゃんが全てだから。誰のフィルターが転がっていても、関係ないよ」

「………………ザキ」

「なんで殺そうとしたの?」


 華子は立ち上がって背伸びをすると、そのまま机の前に座った。

 真っ白なノートの上に転がったペンを拾って、ひとつ息をつく。


「よぉーし、今から集中する!」


 そう言って背中を向けた華子が、肩越しに振り返った。


「だーかーらー、しばらく静かにしといてね。おじーちゃん?」


 ふふんと口元に人差し指を当てて、得意げにウインクまでくれた。


 その姿に、可波の表情も緩む……が。

 ん? おじいちゃん?

 

「もしかして、今バカにした?」

「けっこー前からしてたんだけどなぁ!?」


 ちょっと腑に落ちなかったけど。

 可波は立ち上がると、華子の頭をひと撫でしてキッチンへ向かった。

 大変な仕事をがんばる彼女のために、今日のおやつは少しいいやつを作ってあげようと考えながら。

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