作家なのになんでライブ配信?
「うぇーい! バイトー、なにしてんのー?」
「わっ」
突然降って湧いた泥酔のはすが、脈絡なく可波の背中に抱きついた。
目下課題中だった可波は、あやうく床にプリントをぶちまけそうになる。
君取の視察の翌日には、きちんと元の木阿弥となったのはすだったが、あれのおかげで進行状況は上々というのも事実。結果オーライである。
可波も鬼ではない。
監視も四六時中見張っているかといえば、そういうわけでもないのだ。
ギリギリのときこそ側にはいるが、大体は伸び伸びとやらせている。――これにはつきっきりだと自分が疲れるから、という理由もあるが。
さて、何が言いたいのかというと。
今日はオンラインの打ち合わせがあると、ひとりで奥の部屋にこもっていたはずだった。
けれど、背後で顔を寄せるのはすから、
まさか打ち合わせ中に飲むとは思っていませんでした。
「学校の課題だよー」
「ふーん。急ぎのやつ?」
「来週の水曜提出だけど」
「よゆーってことね。よし、じゃあ街行こ!」
うれしそうな声のあと、背中にさらに体重がかかった。
共倒れしないように支えながら、可波はとっさに元バ先のサモエド(犬)にじゃれつかれたときのことを思い出した。
もちろん彼女のほうが全然小さいけれど、勢いはわりと近い。
なんか……懐かしくてほっこり。
「はいはい、どーどー」
「だからっ、そうやって動物扱いするのはやめろー!!」
後ろも見ず、肩越しにぽんぽんやったら怒られてしまった。
女の子の扱いは難しいものである。
「はい、のはすせんせー」
どつかれた背中をかばいつつ、可波はスッと手を上げて見せる。
「なに、バイト」
「出かけるのはいいけど、目立つのはちょっと。前の路上ライブもネットに動画アップされてて、のはすせんせーも僕のこともバレバレだったみたい」
「そりゃそーじゃん。あれ、狙ってやってるし」
「なんで?」
「宣伝?」
けろりとした顔でのはすは言うが。
宣伝? 作家の?? なんで???
「はーい、今日は取材で出かけまーす!」
そして告げられる、寝耳に水な予定発表。
「って、さっき決めた。はいこれ持って!」
投げられた大きなリュックは、可波の胸にぽすんと着地した。
(あ……またなにかやる気だ、この人)
もちろん可波に意見などは最初から求められていなかったので、この後、強制連行となる。
◆◇◆◇◆◇
「ぴすぴす! 泥酔のはす、でぇーっす!」
「……」
歌舞伎町の有名な看板をバックにして、唐突に泥酔のはす
可波は勝手もわからないまま、絶対に喋ってはいけない撮影係をさせられている。
「今日はカブキに来たんで、トヲヨコの
歌舞伎町を迷うことなく歩くのはすを、カメラから消えないように追いかける。
飲み屋が続く通りを奥へ奥へと進んでいくと、少しひらけた場所に到着した。
中央に大きなビルが建っていた。
なぜかゴジラのオブジェが頭上から見下ろしている。
ここは可波も何度か来たことがある。
歌舞伎町の中心、通称ゴジラビルだ。
そのたもとでは、のはすと同じようないわゆる地雷系の格好をした少女たちが、あちこちに座ってストローで缶の酒を飲んでいた。
わりと壮観。
「うっわ、界隈ババアじゃん!」
思わぬ景色に圧倒されていると、可波たちの2時の方向に座り込んでいたグループのひとりが、のはすを指差して声を上げた。
どうやら知っている子らしい。
のはすはとっさにカメラを手で塞ぐと。
「は? 誰がババアだ! ストゼロやんねーから!」
「嘘だよぉ、
コンビニで買ったビニール袋を
憎まれ口を叩きつつもどこかうれしそうなのはすは、すぐに少女たちに囲まれる。
「ここは撮るな」と手の甲を振るジェスチャーをされた可波は、ひとりさみしく離れて、「I♡歌舞伎町」と大きく書かれたビルにカメラを向けた。
周りを見渡せば、スマホをセットして踊っている派手な男女、メイクをしながら話している女の子、ストゼロを飲み散らかしている集団……など、この場所だけ妙に年齢層が若い。
会社員でごった返す駅前とは違った、独特な雰囲気に満ちている。
(え。どれだけ待機すればいいのこれ)
そんな空間のど真ん中に突っ立っている、普通の男子大学生。場違い感にソワソワしてきた。なんだか、地元のみなさんからの視線も感じる気が。
ちょっと困ってしまった可波は、すがるようにのはすの方を伺って、はっと息を詰めた。
少女たちのそばにしゃがみ込んだのはすが、真剣に相槌を打ったり、無邪気に笑ったりしているのだ。
(……いや、誰?)
戸惑った。
あれから事務所に通ってまあまあ経つけれど、可波にも君取にも、外で出会う誰かしらにも。彼女が他人に興味を持って接する姿なんて見たことがなかったのだから。
今まで、どこにいても、白いシャツに散ったミートスパゲティの染みのように目立っていたあの子が。
今、この場所では、周りと溶け込んでいる。
――もしかしたらここは、彼女にとっての“特別”なのかもしれない。
来て良かった。と、素直に思った。
自分でもわかるくらい、顔が緩んでいる。
可波は薄く笑むと、彼女たちから目をそらし、ふたたび「I♡歌舞伎町」を中心にぐるりと辺りを見回してみるのだった。
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