ちーちゃんは大学の友人です

「あっ、可波くんっ!?」


 可波が1限目の教室に入ると、目をまんまるくして速攻で駆け寄る女子がいた。

 目の前まで来たとき、焼きたてのお菓子のような彼女の甘い香りがして、可波はほっこりと目を細める。


「おはよー、ちーちゃん」

「おはよぉ〜、じゃないっ!」


 彼女の名前は、菅原すがわら千織ちおり

 可波と同じ大学の同じ学部で、グループワークがきっかけで話すようになりもう3年目という付き合いだ。

 彼女は、可波が学校で仲良くしている唯一の女子でもあった。


「大丈夫? 怪我してない? おうちが燃えたって聞いて心配したよ! 連絡くれたらよかったのに……」


 室内にいた人々の視線が、一斉に可波たちへとそそぐ。

 注目は家が燃えた可波に……ではない。すべて、女の子らしさの塊という風貌の千織へ。


 例えば、肩下まで伸びた栗毛色の髪。清楚なレースのノースリーブブラウスへ優雅に重なる様は、まるで芸術品のようだ。

 ボトムはカジュアルな紺色のワイドパンツだが、細いウエストで締まっているため、華奢な身体を引き立ててむしろ品がある。

 さらにむきたまごみたいなつるつるの肌とあどけない瞳が、男たちの庇護欲をかきたてる。


 同じ素材でできた人間とは思えない。

 “かわいいの加湿器”なんて気持ち悪いことを言い出したのは誰だったか。


 家が燃えたという一世一代のトピックを持つ可波オトコよりも、かわいいしか勝たん。

 残念ながらそれが、現代キャンパスことわりだった。

 話を戻そう。


「この通り。家にいなかったし、ぜんぜん平気〜。家財は燃えたけど、特別に大事なものもなかったからね」


 へらへらしながら可波が両手を上げて見せると、千織は「よかったぁ」とホッと笑顔になった。けれどそれも一瞬のこと。


「これからの生活は? 昨日はどこに泊まったの?」


 矢継ぎ早に質問が飛び、さらにはぐいぐいと顔を寄せてくる。


「もし可波くんが嫌じゃなければ、うちに来てもいいよ?」


 どきりとした。


 たしか千織は、大学の近くのアパートで一人暮らしをしていたはず。

 いくら仲がいいからといって、そういった誘いは不用心じゃないだろうか。それともわざと?

 だったらなにが目的でヒロインのような美少女が、モブみたいな男にそんなことを言うのか。

 自慢じゃないけど家も金もないし、煮ても焼いても食えないと、思うのです。


 けれどそんな詮無い考えは、目の前の子の顔を見てすぐに吹き飛んだ。

 真剣に可波を気遣う眼差しが、びしばしと突き刺さる。


(あっ、ガチで言ってるこの子)


 単純に、可波が異性ということも忘れるくらい、友人として心配してくれているのだろう。


 ただ、それはそれで。

 どう指摘したものかと可波が困っていると、千織の顔が突然、火がついたように赤くなった。


「あっ! ち、違うのっ、違うんだよ!?」


 やっと自分の大胆発言に気づいたらしい。

 千織はぶんぶんと顔の前で手を振る。


「こんなこと誰にでも言ってるわけじゃないよ。可波くんだから……あれ? やだ私、何言ってんだろ! 恥ずかしくて死んじゃうっ」


 どういう構造か目をバッテンにしていた。


 そうだ、彼女はこういう子なんだった。

 注目を浴びるほどかわいいのに、本人はまったく無自覚で隙だらけ。そしてどこか抜けている。

 悪い男に利用されないか普通に心配。

 ばっちりと庇護欲が出てしまう可波だった。


「ありがとね、ちーちゃん。住むところはあるんだ」

「えっ? そ、そんなすぐに? 大学の子の家とか、彼女さん……とか?」


 千織は恐る恐るというふうに、上目遣いで可波を見た。

 茶色がかったきれいな瞳で、言葉の返事を待っている。


「えっと、親切な人がいて、住み込みでバイトすることになったんだ」

「そ、そうなんだ。えっと、飲食店とか? それともホテル系?」

「うーん。監視員?」

「へっ? ごくなの?」


 ちょっと誰にも見せたくないくらい、おもしろい顔になっていた千織だった。

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