第8話

『バイバイ…』

 幼い頃、チカちゃんと最後に会った場所に来ている…。駐車場だったその場所は、今ではこじんまりとした公園になっている…。いつもは素通りするこの場所に、今日は立ち止まってしまった…。

「バイバイ…」

 チカちゃん、バイバイ…。

 幼い頃の思い出に別れを告げて、一呼吸する…。

「よし。行こう…」

 チカちゃんのところへ行こう…。メールの返事はなかったけど…。行って、今の素直な気持ちは伝えようと思う…。歩きながら拍子抜けした顔を想像して思わず顔が緩んだ。

「ん…?」

 ふと目をやった先に、ベンチに寝転んでいる担任がいた…。

「先生、何してるんですか…?」

「ひなたぼっこ…?」

 日陰で、少し寒いくらいの場所ですけど…。

「そうですか…」

 風邪ひかないでくださいよ。と告げて、また歩き始めた。

遠矢とおやって、優しいんだな…」

 何があったか知りませんけど、その泣き面なら優しい言葉をかけてあげたくなる。

「優しくないですよっ」

 少し声を張り上げて、担任に聞こえるように言った…。

「優しいよ…」

 担任がいる方に振り向くと、

「先生…?」

 号泣していた…。

「来るな…」

 近付こうとした俺に、担任はそう言って、寝返りをうって顔を見せないようにした…。

太志たいしが待ってる…」

 何で、知ってるの…?

「行け…」

 行けるワケないじゃん…。

「な、何だ…?」

 担任に近付き、何故、チカちゃんのことを知っているのか聞き出そうとした…。

「ねぇ、何で知ってるの…?」

 胸ぐら掴んで聞くことじゃないとは思うけど、担任が逃げそうだったから…。

「太志のこと、か…?」

 そう言った担任に頷くと、俺から目を逸らして少し笑う…。

「憶えてないか…」

 俺のことなんて…。と言って、胸ぐらを掴んでいた俺の手を払い除ける。

「太志を迎えに来た日に、太志と同い年くらいの男の子が『太志のこと、絶対にいじめないで』ってすごく睨まれたんだけど、さ…。そういう目で…」

 そう言えば、チカちゃんを迎えに来た男性は担任に似ていた…。いや、担任だったのか…。

「思い出したみたいだな…」

 担任は起き上がり、俺の頭を撫でて、

「よし。よし…」

 そして、俺の肩に体を預ける…。

「太志が好きになる筈だな…」

 体格差はないけど、何故か担任は重かった…。したがって、担任に抱き締められている。

「俺も、好きだっ」

「俺は、無理っ」

 断ると、担任はもっと強く抱きしめて、

「太志のこと、頼んだよ…」

「うん…」

 でも、緩めた腕はそのままで俺を離そうとしない…。

「あの…」

「………」

 寝息が聞こえるのは、気のせいだろうか…。

「先生、離してください…」

 いや、気のせいじゃない。

「先生…」

 俺だって色々考えて、整理しきれないのに…。チカちゃんの肉親なら尚更…。

 行き場のない宙に舞う両手を担任の背中へ置いた。

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