第5話

『おぼえてろよ…』

 恨んだ顔って、ヒトの顔してないんだよ…。だから、幼い頃の俺はその記憶自体、消し去った…。

きょうちゃん…』

 チカちゃんは俺の背中に隠れて、控えめに俺の服の袖を掴んでいた…。

『ありがとう…』

 そう呟いて、俺の背中で皆に見えないように泣いていた…。

『ごめん…』

 護れなくて…。

『謝らないでよ…』

 大声で発狂する男性を、複数名のおまわりさんが取り押さえてパトカーに押し込んだ。あの光景が今でも鮮明に思い出してしまうくらいのトラウマだった…。

「はぁ…はぁ…」

 実は、チカちゃんと出会ってからというものの、この夢はよく見る…。

「はぁ…」

 もうあのヒトはいないと言っていたけど…。

「どういうことだよ…」

 聞いてみよう…。今日のシフトが一緒だったから…。聞けるかも…。

「よし…」

 起きよう…。

「でも、まだ…」

 寝たい…。

「うーん…」

 この葛藤は、バイトがない日だけにしないと…。洗濯物、干さなきゃ…。

「よしっ」

 気合いを入れて、起き上がり、勢いよく階段を下りる。

「おはようございます…」

 ダイニングテーブルに置いてある写真立てに向かって、一礼する。顔、忘れそうなくらい会ってないから…。忘れないようにする為に、毎朝恒例の儀式になってる両親への挨拶。定期的に電話で話しているものの、声だけで済ませているので本当にこのヒトたちって俺の両親…?と心に問うことは、よくある…。

「ないな…」

 やっぱり、靴下が片方ない…のは、いつものことだから気にしない…。また掃除した時に出て来るだろう…。

『では、続いての話題です…』

 情報収集の為、朝はテレビを付けて洗濯物を干していると…。

『連続通り魔事件の容疑者が、任意の事情聴取に……』

 物騒な世の中だな…。ふとテレビ画面に目をやると…。

「嘘…」

 チカちゃんが言うには亡くなっているので、多分、そっくりさんだとは思うけど…。犯罪顔ってあるのか…。いや、ないと思うけど…。そう言いたくなるくらいチカちゃんのお父さんに似ていた…。

「あぁ、もうヤダ。ヤダ…」

 洗濯物を干し終わり、ゼリー状の健康補助食品を飲み干して、服を脱ぐ。

「はぁ…」

 朝からこんなにテンションが下がって、やる気を失くしてしまった…。ほぼ、ほぼ、ないに等しいのに…。

「そうだっ」

 思い付いて、階段を駆け上がる。

「……ん?」

 自分の部屋に入って、携帯電話に着信があることを知った…。俺の携帯電話は、今時珍しく折り畳めるレアな携帯電話。通話は家族としかしない…。連絡を取る友達と呼べる友達はいない…。

「かえこさん、か…」

 何かあったのかな…。折り返すと、

遠矢とおやくん、今日は早めに来れるかしら…?」

「いつも通りになると思います」

 只今、下着姿でまだ何も身支度を終えてません…。

「じゃあ、いつも通り…」

 太志たいしっ!と、終話ボタンを押し忘れたかえこさんの必死さに、俺は電話を切れずにいた…。

『大丈夫だよ…』

 声が遠いけど、チカちゃんの声はツラそうだった…。

『大丈夫じゃないわよっ!』

 バサッ。ドタッ。と音が聞こえて、嫌な予感がした。

『遠矢くんの声が、聞きたい…』

 声が近い…。もしかして、

近永ちかながくん…?」

 携帯電話の近くにいるかも知れないチカちゃんに呼びかける。

「遠矢くん、だ…」

 チカちゃんの優しい声の後、聞こえたのはかえこさんがチカちゃんを呼ぶ叫び声だった…。

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