運命の日
生と死の両方を繰り返したと、この数年で最も濃い一日から数ヶ月が経過した。
二つある
幸いにしてそこまで疑われはしなかった。俺が何かをやらかしたと、そう疑われるにはあまりに片方の死体が異常すぎたからだ。
それでも食い下がったのはグランザ爺さんだが、村の危機は乗り切れたしとりあえずは良しにすると最終的には折れてくれた。
あの化け物。
あれは
その存在を知るだけでも毒になる。そう確信しているからこそ、誰にも話す気はなかった。
何はともあれ、無事に乗り切ることには成功した。
あの日の死闘は己の壁を打ち破り、自分でも想像以上に糧とすることが出来たのだ。
そして今日、俺は十才の誕生日を迎える。
かつてと同じであれば滅びの日。成長を家族に祝福され、二度とその幸せを手にできないと見せつけられる俺にとって第一の死を迎える地獄の幕開け。
どれほどこの日が来てほしくなっただろう。
あといくつ時間が欲しいと思っただろう。
以前とは比較にならないくらい自分を鍛えた。その結果、剣も魔も確か成長を遂げた。
それでも数えたらきりがないほどやり残したことが、まだやれることがあったはずだ。
けれど時の流れは全てに平等、進む時間は俺の都合など待ってくれやしない。
太陽が落ち、村から明りが消えるときこそ合図。己を燃やし、命を投げ出して進むのみ。
今まで準備してきた全て。俺はそれのみで、誰かも分からぬ敵に挑むしかないのだから。
「ギルくーん?」
仕掛けを確認し、瞬きほどの一日が終わろうとした頃。
夕焼けに照らされながら、絹のような金髪を靡かせこちらへ駆け寄る快活な少女。
すっかりお馴染みになってしまった光景。この喧しい声を聞くのも最期になるかもと、そう思えば少しは名残惜しくはあった。
「やっと見つけた! もーこんなところでなにしてるのー?」
ルアリナは俺の側までつくと安堵の息を零す。
まるで家出した子供を見つけた母親のような安心具合。……俺の独断が原因とはいえ、あの日からどいつもこいつも心配が過剰すぎる。
「ああ悪い、ちょい散歩してただけだよ。んでどうした?」
「どうした? じゃないよー! もうすぐ準備終わるんだよー? ギルくんが主役なんだから、近くで待ってなきゃ駄目じゃないー!!」
頬を膨らせて不満を表し、逃がさないよう俺の腕を掴むルアリナ。
別に逃げるつもりはないが、それでも離れたくなる力の強さ。
うーんこの馬鹿力。少しは加減してもらいたいんだが、言ったら更に不機嫌になるのでどうしようもない。
ともあれ引きずられるのも嫌なので、ルアリナの歩幅に合わせるよう歩を進めていく。
「えへへー。楽しみだねー?」
「……そうか?」
「そうだよっ!!」
よくもまあ自分のお祝いじゃないのにそこまで騒げるものだと感心してしまう。
とはいえ子供なんてそんなもの。主役でなくとも、楽しみを共有出来て美味しいものをたらふく食べられればそれで幸せなのが至極真っ当な童心というものか。
……こういう面を俺も持てれば、まだあの人達の子供らしくいれたんだろうな。
俺の手を掴みながら手を振るルアリナ。その屈託ない笑みへの羨望を心の底が嘲笑う。
馬鹿馬鹿しい。そんな輝き、俺には必要のないもの。
考えるべきはこの後のことだけ。こいつらを守るための最善を積み重ねるだけだ。
「美味しいご飯いーっぱいだろうなぁ! ねえ、ギルくんは何が楽しみ?」
「……肉かな」
「お肉! お肉もいいよねー! たまに出てくるとははふはふでぽっかぽかになるの! 今日はどんな味のお肉が出るのかなー?」
……さてはこいつ、誕生日うんぬんより食事の方に夢中だな。
まあ年頃の子供なんて男女関係なくこんなもんだろう。華より食欲、情動より目の前の飯って感じの慣用句があるくらいだしな。
「それにしても、もう十才かー。あと五年で大人だよー」
「……まあそうなるな」
「ギルくんは将来何したい? やっぱり村から出ちゃうの?」
覗き込むようにこちらに目を向けながら、ルアリナは問いかけてくる。
……将来か。そういえば、先のことなんて考えたことがなかったな。
「さあな。ただ、どのみち村からは出るつもりだよ。そういうお前はどうなんだ?」
「私ー? うーん、なんだろう?」
首を傾げるな。お前が先に聞いてきたんだろうが。
「あっ! でもでも楽しいことが良いな! ギルくんと一緒に!」
「……なんだそれ」
「大事なことなの! いっそ二人で冒険者にでもなってみる?」
ルアリナは力こぶを作り、ペシペシと叩きながら提案してくる。
……冒険者かぁ。生憎だが、俺にとっては欠片も良い印象がない職業だ。
余計なことに首を突っ込んだ自覚はある。けれどあれほど綺麗にはめられて、泥水啜りながら人に背を向けて生きる始末屋なぞをやらされるとは思っていなかった。
上も末端も真っ黒でくそったれな現実、夢と宝を掴めるのはほんの一握り。
才と狡猾さが問われる仕事。俺なんぞを放っておけないと宣ってしまう、このお人好しには向かないだろうよ。
「……やだよ。お前鈍くさいもん」
「ひどーい! ギルくんより軽いもーん!」
ぱっと手を離し、ぴょんぴょんと跳ねるルアリナ。……そういうところだよなぁ。
目の前の阿呆への呆れの中、ほんの僅かだけ彼女の言葉を夢想し、あまりにも馬鹿馬鹿しいと頬が緩くなる。
……まあ、いいかもしれないな。アルトラも誘って三人でやっていくのも。
「あ、今笑った? 笑ったでしょ! いいなって思ったでしょ!」
「……うるさい。置いてくぞバカルアリナ」
「あ、酷い! って、待ってよギルくん~!!」
彼女の追求を誤魔化すよう、そして一瞬だけでも夢見た自分を捨て去るように走り出す。
先のことなど、今はどうでもいい。そんな妄想など、何もかも乗り越えた
追いつかれないように、追い越されないように。
それでも振り切れはしなかったけれど。こちらを呼ぶルアリナにだけは応えることなく、家まで走り続けた。
誕生日会にはルアリナ、アルトラの三家族が集まって行われた。
いつもとはひと味違う、近くに家があれば迷惑だと苦情を入れられそうな騒がしさ。
母一人では出来ないであろう、思わず舌鼓を打ってしまう美味の数々。特別だとわかる舞台が、皆の歓喜で創り上げられている。
最近、少しずつ我が儘になってきたラーナもご満悦の様子。今日は俺より料理に夢中らしい。
「おうギル坊。楽しんでるかい?」
「……ええ、楽しんでますよ。ハウルアさん」
何かのソースが絡みついた肉を皿へよそっていると、隣から声が掛けられる。
「お、なんだなんだー? 旨そうに食ってんなー」
「……っんぐ。実際美味しいですしね」
「そりゃ良かった! そいつはあたしが担当だったんだよ。だからそう言ってもらえると嬉しいねぇ」
ハウルアさんは片手に持った酒瓶に口を付けながら、にへらと顔を緩ませる。
こりゃ随分と酒が回ってるな。大人達は下戸である父を除いて皆頬を赤く染めているが、それでも今いる中では一番酔いが進んでそうだ。
正直に言えば、この後を考えると酒気なんぞに呑まないでくれると助かるのだが、流石にそれは要望が過ぎるだろう。
こんな催しを開いてもらっておいて、理由もなしに禁酒しろと言えるわけがない。
俺以外の人達にとって、今日は一人の子供の成長を祝うべき記念日。例え明日が世界の終末であろうと、共に笑い合っていたいだろうから。
……ま、結局頑張るのは俺だ。
この人達が安心して酔い潰れていられるよう、今はこの雰囲気に身を任せて英気を養っておかないとな。
「……やっぱ似てるなぁ」
「たまに言いますよね。誰と比べてるんです?」
「あっ、声に出てた? やだなぁ恥ずかしい」
剛胆なハウルアさんには珍しく、随分と照れくさそうな表情。
この美女にこんな顔をさせる人か。……なんとなくだが、俺でも想像が付いてしまう。
「死んだ夫さ。ギル坊と違って剣なんて振れねぇ、紙きれみてえな弱さだったけどな」
「……でも好きだったんでしょう?」
「……そうだね。いやー懐かしいなぁ」
……きっと、俺には想像も出来ないくらい、いろいろなことがあったのだろう。
それが一目瞭然なくらい、彼女の呟きには想いが籠もっていた。
恥ずかしかったのか、この場を誤魔化すように酒を喉に流し込むハウルアさん。瓶から口を離すときにはもう、いつもと同じ友達の母の顔へ戻っていた。
「お前はいい男になる、私が保証するよ。なんたってあの
「……充分お若いですよ。子供の初恋を奪えるくらいには」
「嬉しいねえ。ほれ、どんどん食え食え!」
ハウルアさんは上機嫌になりながら、皿に肉を足してくる。
……子供に
別に初恋云々は嘘ではない。この人を見ていると、初恋だったあの人を思い出す。
……懐かしい。確かあれも冒険者になりたての時期か。
知り合いの親で思い出すのもどうかと思うが、確かあの先輩もそんな豪快に笑う人だったな。
「おーにーいーぃ!! るありながいじめてくるー!!」
「なぁ!? いじめてませんー。私じゃなくラーナちゃんが悪いんですー!」
改めて肉を食べようと思った矢先、年端もいかない少女同士の言い合いに巻き込まれる。
……くだらない。どうせ皿に載った最後の一つを取り合ったとかそんなのだろう。
誰かに助けを求めようと周囲を見回すが、残念ながら無駄に終わる。
母はハウルアさんやルアリナの両親と、父はアルトラと盛り上がっている。こんなくだらない口喧嘩のために中断させるのは流石に悪い。
……はあ。仕方ないか。
「ほらラーナ、これ食え。あーん」
「わーい! あーん!」
軽くため息を吐いた後、手に持つ皿に載った肉をラーナの口へ放り込む。
嬉しくもない両手に花。異なる種類なお姫様の仲裁に精を出す。
……まあ面倒だが、こんな時間も悪くない。せめて今だけは、こんなくだらない時間に浸っても罰は当たらないだろう。そのはずだ。
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