第17話 ピーターの法則

「アザラシTVへようこそ~!! 今日から数日間、特別企画をお送りしちゃいます! 見てくださ~い、僕は今、話題のレイクリス国の上空へ来ています!!」

 動画配信者のアザラシが飛行機の窓から地上を映す。

 飛行機のチャーター代くらいなら広告収入で余裕で支払えるほどの人気者だ。

「どうです~草木の生えていない大地が広がっています。いまからあそこへスカイダイビングします。実は~ハワイ行きの手続きしかしていません! きっと帰ったら怒られると思います。しか~し、好奇心には勝てませんでした。うまくいけば博士に会えるかもしれません、いまからワクワクします!」

 飛行機の側面ハッチが開かれ強風が吹き込む。

 彼は何やら叫んでいるが風の音で聞こえない。

 3・2・1と指でカウントダウンし、勢いよく大空へダイブした。


 数十秒後、無事に地上へ降り立ったアザラシは、彼に続いて投下された物資がパラシュートで降下してくる映像を映している。

「あの荷物には一週間分の食料が詰め込んであります。もし見失うと人生終了です」と、笑いながら放送していた。

 三百メートル程離れた場所に物資が着地する。

 走って取りに行く映像は手振れが酷く、動画を見ている視聴者が酔いそうだ。

 緩衝材を剥がし中からキャリーケースを三つ、テント、寝袋を取り出す。

「無事に食料ゲットです! ソーラーパネルとノートパソコンも無事ですね、これで配信もおっけ~。ライブ中継はできませんが編集した動画をアップするので期待してください。それではキャンプを開始します。また会いしましょう~、ご視聴ありがとうございました」


 二日目。

「アザラシTVへようこそ!! レイクリス国滞在二日目です! 気温は二十五度、と~っても過ごしやすいですよ。動物はいないので襲われる心配はありませんし、夜はとても静かでした。むしろ静かすぎて怖いくらいです。夜空一面に輝く星の海は都会で見ることはできない素晴らしい眺めでした――」

 ソロキャンプを全力で満喫する彼が動画には記録されていた。何が嬉しいのか元気に走り回っている。


 四日目。

「アザラシTVへようこそ! レイクリス国滞在四日目です。髭もだいぶ伸びてきました。それに四日もお風呂に入っていません。これ人生初の経験ですよ。相当臭いと思いますが自分の匂いはわからないもんですね。暇なので地上に巨大な絵を描いてみました――」

 おそらく相当暇なのだろう。声に覇気が感じられなくなり動きも散漫になっていた。


 六日目。

「アザラシTVです。六日目。誰もいません。博士も来ません。食料も残り少なくなってきました。今更ですが後悔しています。自分から無人島に来るなんてバカですよね。無人島に一つだけ持って行けるなら何にするって質問あるじゃないですか、僕なら帰りのチケットって答えます。だって寂しいですからね。皆さんのコメントだけが心の拠り所です――」

 抑揚よくようのない発声。目の下にクマ。地面の上に胡坐あぐらをかいたまま動かない。笑顔もなく病人と言われても疑われないほどだ。


 八日目。

「食料が尽きました。水も残りわずかです。助けてくださいお願いします。僕が悪かったです。もう動画配信者やめます。イキって申し訳ありませんでした。これからは心を入れ替えて真面目に働きます――」

 座っているのも辛いのかもしれない。地面の上に寝ていた。

 初日はテロップや効果音などで動画が加工され、派手な演出で華やかだったのだが、次第に加工は減り、もう録画した映像がそのまま流されていた。

 地味になっていく動画とは反比例するかのように視聴者数はうなぎ登り。どうやらショッキングな映像を視聴者は求めているようだ。



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 ニュースキャスターの牧嶋絵里佳まきしまえりかが朝のニュースを届けていた。

「――次のニュースです。人気動画配信者のアザラシさんが不法出国し無断でレイクリスへ上陸した疑いがもたれています。配信された動画には遭難した様子が記録されており、ネットでは心配する声があがっているようです。この件について警察は不法出国を援助したスタッフを逮捕し詳しい事情を確認している最中と発表しています」


 久崎は自宅リビングで朝食を食べながらニュースを見ていた。

『なあノミ』

『牧嶋キャスターのニュースのことかのう』

『そう、それ。おまえ知ってたか?』

『初耳じゃ。まさか上陸した者がおったとは』

『鎖国中だと伝えたはずなんだがなあ』

『馬鹿に付ける薬はないと言うしな。禁止したところで法律違反する者はいるということじゃ』

『個人的な犯罪を日本政府に抗議しても無駄だよな……。やりたくはなかったけど島の監視を強化するしかないか』

『任せるのじゃ、アリの子一匹通さない完ぺきな監視網を構築してやるわい』

『蟻は通して欲しいな。草木を植えて普通の島にしてみたいし』

『生命は作れないからのう、それらは無理じゃ』

『買うしかないのか。でも木の苗ってけっこうな値段するんだよな』

『無人島から引き抜いてこれば良かろう』

『どの国にも属さない無人島なんてないんだよ。勝手に抜いたら窃盗だ』

『花の種なら安いじゃろ』

『入手経路をたずねられたら困るだろ。勝手に国外へ持ち出せば輸出入取引法違反だ』

『面倒臭っ!!』

『そのあたりは追々対策だな。すまないが遭難者は探して救助しといてくれ。俺は出社するよ』

『心得た』



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 総理官邸の閣議室に、光宗朋希みつむねともき総理、成塚好邦なりづかよしくに官房長官、箱守烈はこもりつよし防衛大臣など、主だった閣僚が円形のテーブルに着席していた。

 官房長官が司会進行を務める。

「――次の議題ですが、レイクリスとの国交について箱守君から異議があるようです。説明をしてもらえるかね」

「博士との会談では武力による圧力で向こうの条件を飲まざるを得ない状況でした。あれは明らかな脅迫であり、国家間の交渉においては許すまじ暴挙です。国連へ報告し制裁を与えるべきだと進言します」

「レイクリスは国連加盟国ではありませんから制裁を加えることは不可能です」と、官房長官が説明する。

「武力による圧力と言うがね、先に手を出したのは我々なんだ、その言い分は通じないよ」と、総理にもさとされる。

 箱守はこもり防衛大臣は前の会談で博士に冷たくあしらわれていた。

 彼の発言や態度が悪かったのが原因であり博士に悪気はないのだ。しかし、十代の小娘に袖にされたのが彼のプライドを傷つけたのだ。

「ですが、このままではあの娘に大きな顔をされ続けることになります!」

「箱守君落ち着きたまえ。現状では我が国に対しデメリットよりもメリットのほうが大きいのだ。ここで波風を立たせる意味はないと思うが」

「総理にはあの技術が欲しくはないのですか」

「欲しくないと言えば嘘になるが、おいそれとは提供して貰えないだろう」

「あの技術は違法に持ち出されたのです」

「突然何を言い出すんだ」

外為法がいためほうにより軍事転用可能な製品や技術などの輸出を禁止しております。アーガルがまさに輸出禁止品目に該当するのです」

「それは国内で製造された物に限定されるだろう」

「レイクリスが浮上する前にアーガルは建造されていました」

「確かにそうだが、それを証明するのは困難だろう。国内のどこに博士がいたのか掴めてはいないのだから」

「それですが博士の身元が判明したのです」

「本当か?!」

「本名は藍川瑠子あいかわるりこです」

「箱守君それは間違いだ。オカルトじみた噂話で信憑性がない」と、官房長官が止める。

「何の話だね?」

「総理にはお伝えしておりませんが、以前から噂話程度の情報として報告は受けていました。十年ほど前に亡くなられた少女と容姿が酷似しているのです」

「なるほど、確かにオカルトだ」と、総理が溜息を漏らす。

 箱守は聞く耳を持たず熱弁を続ける。

「あの博士です。おそらく老化防止の技術があるのでしょう。それに藍川瑠子あいかわるりこの死因は交通事故です。遺体は激しく損傷しており車の所有者と同乗していた両親から推測されたにすぎません」

「その事故で死亡したのは別人だと言いたいのかね。推理小説でもそのトリックは愚策だぞ。いまはDNA鑑定もできるのだから」

「不審死ならば鑑定されたでしょう、しかし交通事故死であれば詳しく調べられることはありません。それに火葬された遺骨からのDNA鑑定は不可能です。だからこそ十年以上経過した今になって姿を見せたのではないでしょうか」

 閣僚たちが唸り声をあげならが考え込んでしまう。

「仮にその説が真実だとしても、国民には博士が日本人ではないと宣言している。いまさら覆すことはできないだろう」

「全ての国民を騙した悪人にするのです。そうすれば現行法により技術と国土を押収できるのです」

 箱守は勝利を確信したような笑みを浮かべる。

「夢物語だな」

「は?」

「どのように押収すると言うのだね。姿は見えず捕らえることができない相手に対して」

「自衛隊の戦力を総動員すればアーガルなど灰燼かいじんに帰すでしょう」

「相手の力量も図ることができず、安易に争いを誘発し国民を危険に晒す、それでは国防を任せることはできないよ、箱守君。考えを改めないようならば罷免ひめんせざる終えない。今一度冷静になり国民のために何をすべきか検討してくれないだろうか」

 奥歯を噛みしめ悲痛な顔をする箱守。

 そんな彼を見た光宗みつむね総理は、防衛大臣に任命したことを後悔したのだった。



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 シャニーグループの久下竜介ひさかりゅうすけ部長は窮地に立たされていた。

 探偵の牛久保悟史うしくぼさとしから購入した携帯電話にいくら話しかけても反応がない。

 それは当たり前で、中年男性に興味のないノミは盗聴機能をオフにしていたのだ。

 部長室の椅子にぐったりと座り、久下は頭を抱え悩んでいる。

 机の上には一億円の携帯電話が置かれていた。




 やはり詐欺だったのか?

 いや、博士が無視している可能性のほうが高い。

 金、地位、泣き落とし、全てダメだった。

 こちらから提示できる条件はもう無い。

 正攻法ではだめなのだ、禁じ手を出すしかない。

 脅迫……。

 博士の弱みを握り、こちらが優位に立つしかない。

 ハハッ、何を考えているんだ。

 彼女の素性すら掴めなかったのに弱みを握れるわけないじゃないか。

 ……携帯?

 なぜ牛久保は携帯を持ってきた。

 この携帯に何の意味がある。

 預かりものだと言っていたな、誰の携帯だ?

 SIMは抜かれている、だが製造番号から持ち主の特定はできるだろう。

 販売店は多少ごねるだろうが、シャニーグループの依頼を断われるはずないからな。



 久下は携帯電話の持ち主を特定するよう部下に命令したのだった。



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 アメリカの国防総省は、建物の外観が特徴的な五角形をしているためペンタゴンと呼ばれている。

 陸軍、海軍、空軍などの司令部が集う国防の要だ。


「またやられました」と、空軍将校が溜息をつく。

 指令室の前面は複数のモニターが常に世界の情勢を映しだしていた。

 その中の一画面が黒くなっている。

「これで何機の無人攻撃機UCAVがやられた?」

 上官が腕組みをしながら黒いモニターを睨んでいた。

「六機です。今回もカメラに金属粉の混ざった塗料を塗られたようです。光学撮影と赤外線撮影ができません」

「相手はどうやって近づいている?」

「謎です。レーダーに反応なし。暗転する前の画像にもそれらしき影は映っていません」

「まあ不幸中の幸いというか、撃墜されていないだけ被害は少ないが……」

「我々は遊ばれているんでしょうか?」

「敵対の意志はないが覗くなよって警告だろ。相手は少女なんだから恥ずかしいんだろうさ」

「私たちは高い税金をもらうピーピング・トム野郎ですか」

「もっと高度を上げれないか」

無人攻撃機UCAVの限界高度です。これ以上は人工衛星に頼むしかないと――」

「ハッハッハー、なんだよ空軍エアーも失敗してるじゃないか」

「おまえは宇宙軍スペース。作戦行動中だ退室しろ」

「冷たいこと言うなよ~、同じターゲットを追っている仲間だろっ」

「なら先にそちらの情報を開示しろ。スパイ衛星での観測結果は?」

「なぜか目標上空を通過すると厚い雲に覆われて見えなくなるんだよね~不思議だよね~」

「そんな偶然あるわけないだろう」

海軍ネイビーから得た情報だと、その時刻に雲は出ていないそうだぜ~」

「ジャミング? それかデータの改ざんか。そこまで隠蔽いんぺいしたい秘密があるのか」

「そりゃ宇宙へ行けるロボットを個人所有してるんだから機密の宝石箱だよね~」

「わが大統領はその宝石箱をご所望だ」

「命知らずぅ~~」

「あとは陸軍アーミーに任せるほかないな」



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 潜水艦の食堂でガツガツとカレーライスを食べる鹿熊彩由美かくまあゆみ

 体調も戻り顔色はとても良い。

「元気そうじゃのう」と食堂に入って来たノミが声をかける。

 その後ろには京本宣裕きょうもとのぶひろがいた。

「あなた……どこかで会ったことある?」

「警察署の取り調べ室でね」

「あっ! 私を捕まえに来たの?!」

「僕はもう警察を辞めたよ」

「へぇ~、それならいいわ」

 興味をなくしたのか、カレーを食べ続けている。

 二人は彼女の前に座る。

「食事を終えたら艦内を案内してくれるかのう」

 ちなみに、ノミの言葉使いはこちらが素で、対外的には猫を被っていると説明済だ。

「いいわよ暇だし~。で、この人は何しに来たの?」

「正義の味方に興味があるそうじゃ」

「子供かっ。……童顔ね」

 へへっと京本が照れ笑いする。

「よろしく先輩」

「やめてよ、私は仲間になんてならないから。まあ、美人が殴れるのなら手伝ってもいいけど」

「病室での会話を聞いていたけど、美人を憎むほど君は、その、酷くないよ」

「気を使わなくていいわ、どうせ私なんて歯牙にもかけないでしょ」

「そんなことはないよ」

「えっ……」

 思いもよらない返事に鹿熊は頬を染める。

「好きな人がいなければ交際を申し込んでいたと思うよ」

 天国から地獄。彼女は片方の唇を吊り上げ、

「ケッ、ど~せ美人なんでしょ、ぬか喜びさせないでよ」

「そうでもないよ、病室で君と話をした女刑事、あの人さ」

「あのゴリラ?! うそでしょ!」

 美的感覚は人それぞれなので何とも言えないが、鹿熊と露守は似たようなものだ。

「ゴリラって。まあ否定はしないけど」

 鹿熊はニヤリと笑う。名前は知らないが復讐者リストに入れた相手だ。この男を奪えば気分が晴れるだろう。

 唇に付いたカレーを指で拭うと、

「自己紹介がまだだったわね。私は鹿熊彩由美かくまあゆみ、よろしくね」

京本宣裕きょうもとのぶひろです。一緒に活動することはないと思うけど宜しく」

「気がかわったわ、私も手伝ってあげる」

「どういう風の吹き回しじゃ?」

博士あなたじゃないわ、彼の手伝いよ」

 その言動と視線で彼女の思惑を察するノミ。

「好きにするがええ、ワシは関知せんよ」

 恋愛に疎い京本は二人が何を言っているのか理解できないのだった。

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