第15話 成功報酬
「皆さんこんにちは~、レイクリス国営放送で~す。今日は悲しいお知らせがあります」
すっかり乾いた広大な大地の上で、白い日傘をさしたノミが動画に映っている。
強い日差しは純白のワンピースを輝かせていた。
「昨日、私の国に海賊がやってきました」
シクシクと泣きまねをする。
「フィリピンのスールー海で活動している彼らは、どうやら私の島が欲しかったようです。怖いですね~。でもご安心ください、島の周囲はねずみ返しのように反り返る崖になっているのです」
画像が切り替わり海上から数十メートルの高さの断崖が映し出される。
「彼らは登山具を持っていなかったらしく諦めて引き返しました」
再びノミの画像に切り替わる。
「あらためてお伝えします。レイクリスは現在鎖国中です。草木の生えていない荒野にお客様をお迎えするなんて恥ずかしくてできません。それでも無理に上陸しようとするお客様は強制的にお帰り頂きますのでご注意くださいね。それでは今回はここまで、ご視聴ありがとうございました~」
笑顔で手を振るノミの姿で動画の再生は終了した。
シャニーグループの本社ビル。この会社では部長以上の役員には個室が与えられている。
パソコンのモニターには笑顔のノミが映っていた。
動画を見終えた
「あの島に博士がいるとわかっているのに手出しできないとは……。このままでは俺も僻地に左遷されてしまう。いったいどうすればいいんだ」
机上のインターホンが鳴る。コール音は内線だ。
「はい」
「受付です。久下部長へお客様がいらしております。アポイントメントはお取りしていないようです」
「名前は?」
「
「知らないな」
「探偵だそうです」
――前に雇った探偵が博士に関する情報を掴んだかもしれない。だが既に仕事はキャンセルした。今更何の用だ?
「会おう。商談ブースへ案内してくれるか」
一階ホールにはパーティションで区切られた簡単な応接セットが設けてある。飛び込み営業などの話はそこで聞くことになっていた。
「極秘の話があるそうで、人払いをして欲しいそうです」
「わかった。私の部屋へ通してくれ」
暫くして受付嬢に案内された
「君か」
「ご無沙汰しています」
「まあかけてくれ」
応接セットのソファーに二人が座る。
「もう君との取引は中止したはずだが」
「そうですね。ですが久下部長が喉から手が出るほど欲しい商品を入手したので一応声をかけさせて頂きました」
「ほぅ、話を聞こうか」
牛久保はテーブルの上に携帯電話を置いた。
「これを買い取って頂きたい」
「何の冗談だね」
「この携帯を使えば博士に会うことができるかもしれません」
「なにっ?!」
「詳細は教えられませんが、この携帯には盗聴器が仕込まれています。もちろん受信者は博士です」
「ということは、この会話を聞かれているのか」
「恐らく」
震える手で携帯を触ろうとする久下。だが触らせないように牛久保がガードした。
「まだ商談は終わっていません」
「そうだな、すまない。それで、いくらで売る気だね」
「キャンセルされた仕事の報酬は一億円でしたよね。ならば支払う予定だったその金額が妥当だと思いますが」
「……そうだな、支払う予定で組んだ予算はまだ残っている、金額はそれで良いだろう。だが本当にこの携帯に盗聴器が仕掛けられているのかね」
「それは間違いありません。ただし、話を聞いているからと言って博士が交渉に応じるかは久下部長の手腕次第です」
「君が嘘をついていない保証はどこにある」
「ありませんよ。これは幽霊の証明です。存在する証明も、存在しない証明も不可能です」
「私を騙しているのではないかね」
「商談ですから無理に買って頂く必要はありません。安心してください、僕は他社へ売ろうとか、金額を吊り上げようとか思っていませんから。売れなければこの携帯はもとの持ち主へ返すだけです」
「これは君の携帯ではない?」
「はい、一時的に預かっているだけです。あ、売買の了承は得ていますよ。ですから後日買う気になられても僕にはどうしようもありません。決断は今お願いしますね」
久下部長は額から汗を流して考え込んでいる。
焦らせては交渉は旨く行かない、彼が結論を出すまでの数分間、牛久保は黙って待っていた。
これは明らかに詐欺だろう。
盗聴器などとありもしない嘘をよく考えたものだ。
そんな物に一億払う理由がない、ここは断るのがベストだ。
しかし、すぐに発覚する嘘をわざわざ言いに来るだろうか。詐欺師として警察に通報されるリスクを負ってまで……。
彼には勝算があるのだろう。それは何だ……。
盗聴器が仕込まれているのが事実だとしても博士を交渉のテーブルに上げる手段がない。
博士は盗聴しつつ無視を続ければ良いのだから。
もしかして俺を試しているのか?
俺ならば博士を呼び出せるだろうと。
俺の交渉術に一億の価値があるだろうと。
いいだろう、その挑発受けて立とうじゃないか。
どのみち何もしなければ左遷は免れられないのだから、一億程度の出費痛くはない。
「この携帯、買わせて頂こう」
牛久保が驚いた顔をする。
「ご購入ありがとうございます……?」
「話を持ち掛けたのは君だ、なぜ驚いている」
「僕なら買いません、詐欺の可能性が高すぎます。正直に言うと僕も博士を呼び出す方法を考えたのです。けれど妙案が浮かばず断念したんです」
「それで私ならば有効に活用できるだろうと持ち込んだ、そうだね?」
「ご
おだてられ気分の良い久下はニタリと笑う。
「代金は振り込ませてもらうので銀行口座を教えていただけるかな」
「博士との交渉を試し、失敗した後で購入キャンセルを言い出す可能性がありますから、代金は即金でお願いします」
「会社に一億もの現金があるわけないだろう」
「小切手でかまいません」
牛久保は笑顔を絶やさず久下を見ていた。売り逃げしようという焦りは感じられない。
「わかった。経理に持ってこさせるから少々待ってくれるか」
「はい、お待ちしております」
その後、牛久保は一億の小切手を受け取りシャニーグループ本社を後にしたのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ニュースキャスターの
「へぇ~一億の小切手なんて初めて見たわ」
「まさか買うとは思っていなかったからね、僕も驚いたよ」
牛久保はリビングでくつろぎながら今日の成果を牧嶋に話していた。
「データは消してあるから売っても問題ないけど、私の依頼は博士との交渉だったわよね」
「ごめん計画が失敗したんだよ。博士は君のピンチを救うぐらいお人よしなんだと僕は思う。厳しい言い方をすれば子供っぽいんだ。そんな博士は、自分の仕掛けた盗聴器が理由で一億もの金が動くのは許せないと思うんだ」
「そうかもしれないわね、正義のヒーローなんて組織してるんですもの、確かに幼稚だわ」
「慌ててシャニーグループに乗り込んでくると予想していたのさ。前の仕事は博士を交渉の場へ連れてくることだったからね、来たところで『このヒーローが博士です部長後は宜しく!』と言って報酬を得る算段だったんだ」
「でも来なかった」
「それも想定の
「回収されたらもう交渉はできないじゃない」
「携帯を回収しに来ると言うことは、ヒーローのバックに博士がいることが証明されるだろ、それをネタに交渉しようと考えてたんだ」
「なるほどね。じゃあヒーローと博士の関係は不明のままなのね」
「仕方ないね手がかりが小切手になったんだから」
「まあいいわ。ハイ」
牧嶋が小切手を牛久保に渡そうとする。
「それは君のだよ。携帯の代金なんだし」
「交渉したのはアナタよ。私はもう一台携帯持ってるし」
「えっ? もう一台あるなんて聞いてないけど」
「もし博士が盗聴器を仕掛けるなら両方かなって。だから片方だけ渡したのよ」
「なら残ったほうに……、いや、回収しに来なかったし、盗聴器は仕掛けられていないんじゃないかな」
「アナタが言ったように助けに来たのはあの覆面たちを警戒していたからだと思うわ」
「なら君からの仕事はこれで終わりだね」
「お疲れ様、これは探偵さんへの報酬よ」
また小切手を渡そうとする。
「どうしても僕へ渡したいんだね」
「お金はいくらあっても困らないでしょ」
「大金はトラブルを生むから持ちたくないんだよ……。そうか、僕を試してるんだね」
「お金の使い方で男の価値は決まる。昔から言われているし、私もそう思うの」
「納得させられる答えは出せないよ」
「そんな必要なないわ。アナタが知りたいだけなの」
彼女はじっと牛久保を見つめている。その表情は真剣で冗談を言っているように見えない。
「君は芸能人で僕は大学生だ。少なからず君は負い目を感じている。僕が一億を持てばその差が埋まると考えた」
今度は彼が牧嶋を観察する。彼女は心が読まれないよう平静を装う。
「なるほど。僕が気にしていないと言っても真実か嘘か見抜けない君は不安なんだね」
まるで人形のように身動き一つしない。
「今まで別れた女の子も同じように不公平感を味わっていたのかもしれない。だから君は僕が知りたかったんだね」
牧嶋がコクリと頷く。
「心を読むのは得意だけど、心を伝えるのは苦手なんだな、僕は。それが君を不安にさせる原因なんだ」
「私は嘘を、アナタは真実を武器に生きている。私たちは相容れないのかしら」
「なら僕は生涯君に嘘をつかないと誓う。そして君がどんな嘘をついても真実として受け止めるよ」
「フフッ、まるでプロポーズみたい」
「小切手の使い道、思いついたよ」
「なぁに?」
「君との結婚権はいくらで売っていますか?」
「一億円ですっ」
二人は寝室へ移動したのだった。
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潜水艦の中の脱衣室。お風呂を終えたノミが体にバスタオルを巻いて髪を乾かしていた。
長い髪をハンディタオルを使い絞るように水気を拭きとっていく。
美容に関する知識をネットで収集するのが楽しくなっていた。
『牧嶋キャスターと探偵君、なかなか良い雰囲気じゃよ』
『実況するなよ、他人の情事なんて興味ないからな』
『ワシは興味津々じゃ』
『黙れ高級ラブドール、録音とか絶対にするなよ』
『へいへい。しかし、盗聴器を仕掛けたのに気づくとは探偵君はなかなか優秀じゃのう』
『普通の探偵に推理されるぐらいなんだ、他にもいるだろうな』
『盗聴器を?』
『いや、TV局の件とノミの関係だよ』
『あのスーツを作れるのはワシぐらいじゃからな、仕方あるまい』
『わかってるのか? 他の奴も牧嶋を狙う可能性があるってことだぞ』
『解決策ならあるじゃろ』
『なんだよ?』
『ワシの連絡先を公開すれば良い。狙いはワシの技術じゃからな』
『世界中から問い合わせが殺到するぞ。俺は相手したくないからな。ノミが全てさばくなら好きにすればいい』
『面倒くさそうじゃな』
『まぁ、一か所ぐらいなら良いだろう。そこには負担がかかるだろうけどな』
『他人に丸投げか。主殿は鬼かね』
『優秀な社会人は面倒な仕事をそれとなく他人に押し付けるのが上手いのだよ』
『誰を生贄にする気だね?』
『総理大臣でいいんじゃないか』
『可哀そうに、胃に穴が開くじゃろうな……』
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リーズナブルな居酒屋のテーブル席で、体格の良い男性が二人でビールを飲んでいた。
「露守との関係はどうよ、進展したのか?」
「俺もあいつも仕事が忙しくてさ、口説く暇なんてないよ」
「ん~? 面倒な山でもかかえてんのか?」
「幽霊か、狐か。……まあその類だよ」
京本は
「面白そうな話じゃないか、聞かせろよ」
「ここじゃ話せないだろ」
「聞かれてもわからないように脚色しろよ~」
暫く考えたあと渋々話を始めた。
「美少女格闘家が不良を退治し、レオタードの女性が銃弾を受け止め、戦隊ヒーローが仲間割れ、かなぁ……」
「なんじゃそりゃ、もう酔ったのか?」
友人はケタケタと笑い、焼き鳥を
「あ~、あとはガムテープで
友人は少し険しい顔になると、焼き鳥を取り皿に置く。
「ガムテープの話、もう少し詳しく」
「
「へぇ……」
「どした? 気になるのか」
「こっちでも似たような山があってな」
周囲の客に聞かれないよう、友人は腰を浮かせると京本の耳元に顔を近づけ小声で話す。
「ニュースキャスターの
彼は牧嶋に事情聴取をした刑事なのだ。
一気に酔いが醒める京本。
「それって」
友人は椅子に座りなおすと、
「
「男たちの身元は?」
「黙秘を続けている。指紋も綺麗に削り落としてあってな、あれはプロだよ」
「戦隊ヒーローの仲間割れの現場には、その
「おいおい、繋がってるとか言い出すなよ」
「それと、覆面の5人が誘拐事件をおこし逃亡した」
「知ってる。関係性を追求しているがだんまりだよ。狙いは何だ?」
こんどは京本が腰を浮かし友人の顔に近づく。
周囲の客にはキスを返しているようにしか見えない。
体格の良い二人だ、そっち系と思われても仕方ない。
女性店員が配膳の足を止めて見ている。
「世間を騒がせている博士だよ」
京本は椅子に座りなおすと、
「連絡手段を調べているそうだ」
「なるほどな、あいつらは
「
「カンだけどな。芸能人だし探られたくない秘密があるかもしれん」
「
「俺のほうこそ、あいつらの口を割らせることができるかもしれない」
二人が固い握手をすると女性店員が拍手を贈るのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
昼のニュースが終わる頃、
受付嬢に訪問理由を伝えると小さな会議室に案内される。
TV局は秘密の多い場所だ。会議室も防音がしっかりしていた。
暫くするとニュースキャスターの
軽く挨拶を済ませ本題に入る。
「ご自宅で5人の不審者が拘束されていた事件について、改めてお話を聞かせて下さい」
「TV局に来た不審者の件ではないんですね」
「僕はその件と関係があると考えています」
一瞬ピクッと眉毛が動く、その反応を見逃さない京本。
「空き巣が狙いやすいのはベランダの窓を施錠しない二階や三階の住居だ。牧嶋さんは十五階。殆ど狙われない階です。犯人は空き巣ではなく別の理由で侵入したと思われます」
「狙われる心当たりがありません」
「TV局を襲撃した犯人たちの会話をあなたは聴いた」
「怖くて震えていたので覚えていませんわ」
「犯人たちはそう思っていない。あなたから情報が聞き出せると目論んでいた」
「迷惑な話ですね」
「しかし、牧嶋さんから話を聞く前に何者かの手によって拘束された」
「買い物に出かけていて良かったです」
「都合が良過ぎませんか?」
「私が嘘をついていると?」
「いいえ、犯人が拘束されるタイミングです。まるで牧嶋さんを守っていたかのように」
牧嶋はふぅとため息をつく。
頑なに隠し続けても、
それに、シャニーグループとの仕事は終わったはずだ。情報解禁しても牛久保は困らないだろう。
「あなたで二人目です。――この部屋は盗聴防止のため通信機能抑止装置が設置してあります」
「何の話ですか?」
「おそらく私には盗聴器が仕掛けられています」
京本が驚いた表情になる。
「盗聴器?」
「その話が聞きたかったのではなくて?」
「いいえ予想外です」
「盗聴器を誰がしかけたのか、心当たりがありそうですけど?」
「……博士」
「やっぱり、ね。私と博士の関係を調べにいらしたのでしょ」
「手がかりが得られれば良いと思っていましたが、まかさ……」
「たぶんこれからも同じ話を聞きに来る人がいるでしょうし、最悪、襲われることもあると覚悟しています。けれど博士が私を守っているのなら問題ないでしょう。理由は知りませんけどね」
「随分と落ち着いているように見受けられますが」
「曲がりなりにもジャーナリストです。もし襲われて酷い目にあえば私がニュースのネタになるでしょ。そうしたら対価として博士にインタビューを要求してやります」
「警察官としては危険に身を投じる行動は避けて頂きたいのですが」
牧嶋は鼻で笑うと
「ファンと称するストーカーに今まで何度襲われたかご存知ですか? 警察にも相談しました。けれど何もしてくれないじゃないですか。『芸能人辞めれば?』と吐き捨てた警察官もいました。危険に身を投じるな? ご冗談を。危険から市民を守るのがあなた方の仕事でしょ」
彼は何も言い返せない。
「え~え~無理なのは知っています。あなた方は事件が発生しないと動けないんですよね。それって市民を守るのではなく、犯人を捕まえたいだけでしょ? あなた方は『犯人を捕まえたことにより第二、第三の被害者を出さずに済みます』って言うの。でもね犯人は私を襲いたいの、他の人は襲わないのよ」
ぐうの音も出ないとは、まさに京本が置かれている今の状況だ。
「仮に、私が博士の情報を知っていたとしても警察に話すことはありません。私を守ってくれる恩人に不利益になるような真似はしません」
京本が彼女に何かしたわけではない、しかしはっきりと敵意を向けられている。
理由は明白、警察官だからだ。
正義の味方のはずなのに、犯人の情報を探しにきただけのに、なぜ自分が悪人のような扱いを受けているのだろう。
優しい京本の心にチクリと針が刺さる。
「もう話は済みましたよね、失礼します」と、牧嶋は席を立つと会議室から出て行く。
部屋には落胆した京本が取り残されたのだった。
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