第14話 盗撮魔
カメラマンの
彼は店員に二枚の写真を見せていた。
総理官邸の屋上にいるノミと、久崎と小井戸の二人が写っている写真だ。
ノミとはわからないよう顔は塗りつぶしてある。
「――では、この写真の服をセットで買われた客は一人しかいないのですね」
「はい。オススメのコーディネイトではないですし、そのお二方も覚えています。年の離れたペアだな、と」
「この服は他の店でも取り扱っていますか?」
「いいえ、ショップのオリジナルデザインですから他の店にはありませんよ」
「では、写真の女性が着ている服はこの二人が買った服で間違いないですね」
「それは何とも言えません。別の日に一点づつ購入される方もいらっしゃいますし。それに奇抜なコーディネイトではありませんから、偶然同じになることもありますよ」
「そうですか……。お忙しい所ありがとうございました」
彼は肩を落としブティックを後にする。
そうか、同じ服を買う客もいるよな……。
偶然……本当に偶然なのか?
雑誌で特集されたり、流行のファッションならありえる。
だが個人経営の店で売られていた服が偶然一致?
ありえない。
それに、あの店員は記憶力がいい。久崎たちが来店したのを覚えていたぐらいだ。
もし有名人の博士が店の服を着ていたら宣伝になるだろう。マスコミに売り込むには良いチャンスだ。
そんな素振りは微塵も感じない。ということはだ、博士は自分で買いに来てはいない。
この二人のどちらかが博士と関係があると見て間違いはないだろう。
確か、買った服をこの女に渡してたよな。
ということは女のほうが可能性が高い。
名前は確か小井戸だったはずだ。
樽野はほくそ笑むと小井戸の勤める会社へ向かうのだった。
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久崎の会社は出退勤や行動予定などをオンラインで管理している。
ログインIDとパスワードさえあれば携帯端末からでもアクセスできる。
行動予定表は部署ごとに分かれ、社員の名前が並んでいる横には出社、休暇、会議、出張、仮眠などの状態が表示されていた。
久崎が自分の席から移動を始める。その姿を小井戸は見逃さない。
すぐに行動予定表を開き久崎の状態をチェックすると『仮眠』と表示されていた。
他の社員に気づかれないようそっと彼の後を追う。
久崎が仮眠室のドアを開き中へ一歩入った直後、駆け込み乗車のように背後から小井戸が突進する。
慌ててふり向く久崎。
「小井戸さん?!」
入口のドアが閉まり自動で施錠された。
「えへっ」
照れ笑いをして誤魔化そうとしている。
「誤解されるとマズイからとりあえず出て」
IDカードをセンサーにかざそうとする久崎の手を彼女が掴むと、
「まってください、ご相談があるんです」
「それなら席で聞くよ」
「人に聞かれると嫌なんです」
「なら前に行った喫茶店にでも」
「久崎さん、私の誘い断るじゃないですか」
「忙しい時は仕方ないだろ、今晩時間取るから、とりあえず出て」
「わかりました。お待ちしています」
先に久崎が部屋を出て誰もいないのを確認してから小井戸が出てくる。
まるでラブホテルで不倫している恋人たちのようだ。
幸運なことに誰にも見られることはなかった。
二人が席にいないことに小井戸の彼氏である部長の
行動予定表では、久崎の状態は『仮眠』、
まさかとは思うが休憩室で逢引きしてるんじゃないだろうな。
俺でもしたことがないのに!
追って確かめるか……。
いや、器が小さいと
懐の広さををアピールしなければ嫌われてしまう、それは避けたい。
ええぃくそっ!
なんで久崎なんかの行動を気にしなきゃならないんだ。
俺が風俗店に連れて行かなければ一生童貞野郎のままだったんだぞ。
……帰ってこないな、まさか休憩室でやってるんじゃないだろうな!
社長は許しても俺は許さないぞ!!
仕事に手がつかず、苛々していると小井戸が席に戻って来た。
離席の時間はわずかだ。一戦交えてきたとは考えにくい。
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喫茶店ルマンドの奥の席に
そこは部長と小井戸が座っていた席でもあった。
二人の他に客はいない。
喫茶店のマスターがコーヒーと紅茶を二人の前へ置くと、会話の邪魔にならないようカウンターに戻り息を潜める。
BGMのボリュームをゆっくりと下げ二人の会話が聞こえるくらい店内が静かになる。
「それで、いったいなんの話なんだ」
「視線を感じるんです。最初は気のせいかと思ったんですけど、帰宅途中に背後から足音が聞こえることもあって。私不安なんです」
「それは警察の仕事だね」
彼は小井戸を見ずにコーヒーの風味を楽しんでいる。
店はボロだがコーヒーは美味しかった。
「前に誘拐されたじゃないですか、あの犯人かもしれなくて、私怖いんです」
「うん、警察に相談すべきだね」
「あの~、もう少し親身になってくれてもいいと思うんですけど」
ぷくっと頬を膨らませ拗ねる小井戸。
「素人が下手に口出しをして君の身が危険にさらされるほうが余程無責任だと思うけどね」
「久崎さん、面倒くさい人って言われません?」
「それは自覚しているけど治す気はないよ。これが俺の個性だし。話す相手に気を使いすぎて疲弊するぐらいなら、俺はその人と話をしない道を選ぶよ。小井戸さんの対人スキルは尊敬に値する。誰にでも分け隔てなく優しくて、この俺にも笑顔でいてくれる貴重な女性だ」
「話し相手に好かれたいから、その人の喜ぶことをする。それって自然なことじゃないですか?」
「そうだね。とても自然であたりまえだと思う。ただし相手に好かれたいという欲望があればの話なんだ。俺は好きという感情が欠落してるらしいんだ」
「子供の頃に愛を与えてもらえなかった人は、人を愛するのが苦手と聞いたことがあります。もしかして久崎さん――」
「いや両親は健在だし普通の家庭だよ。やだなあ小井戸さん、俺を悲劇のヒロインにしないでくれよ」
「ならどうして人を好きになれないんですか!」
「それを俺に聞かれてもね。ん~……。例えば同じカレーライスを食べて辛いと感じる人と、普通と感じる人がいる。それは味覚の違いだとすぐわかるよね。なら心にも感覚があって恋や愛の感じ方も人それぞれだと思わないか」
「ふぅ~ん、それって人の好意に鈍感ってことですよね」
「そうなるね」
「納得しました。久崎さんに普通のアプローチをしても反応が薄いはずです」
コホンと咳払いをすると、
「私、久崎さんが好きです!」と、二度聞きされないようハッキリと宣言した。
見たことのある人のほうが少ないと思うが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、今の久崎の表情だろう。
カウンターのマスターも同じような顔をしていた。
「私の愛は激辛です、鈍い心にも刺激が伝わるはずです」
「そうだね、たしかに伝わった。俺も男だ社会人として逃げずに返事をします」
コホンと咳払いをすると、
「ごめんなさい。小井戸さんとはつきあえません」
「え!?」と、カウンターのマスターが驚いた。
「どうしてですか、理由を教えてください」と、小井戸は泣きたいのを我慢して尋ねる。
「君は素敵な人だ。優しいし、気が利くし、美しい。非の打ち所がないまさに太陽のような女性だよ。だからそこ俺とは釣り合わない。強い光は濃い影を落とす、俺はその影に飲み込まれるだろう」
「影ってなんですか、よくわかりませんよ……」と、泣くのを堪えながら震える声を絞り出す。
「嫉妬と言い換えてもいい。他の男性と浮気をしないかと常に監視をし、携帯を覗き、後をつける。そんな俺になりたくないんだ」
「私が浮気する女だと言いたいんですか?」
マスターが『アナタその席で男性と痴話喧嘩してたよね?』と心の中でツッコミを入れる。
「君の全てを知っているわけじゃないからね」
「なら知ってから答えを出してもいいでしょ」
「試用期間アリの交際をしましょう、なんて返事をして納得する女性はいないだろ」
「そんなこと言う男性がいたら引っ叩きますね」
「俺は叩かれたくはない、だからハッキリとお断りする」
「その答え、男らしくないですからね、むしろ女性を信じることができない器の小さな男だって自白してますよ」
「そうだね、もし俺が自分に自信のある男なら嘘でも君を幸せにすると言えただろう」
「私、諦めませんからね。信じてもらえるよう努力します」
これ以上ここにいては泣き出してしまう。それは女の武器だし、卑怯だと小井戸は思えた。
彼女は涙をぐっと我慢すると、立ち上がりテーブルの上にあるレシートを取ろうとするが、久崎に押さえられる。
「払っておくよ」
「ごちそうさまです」
「あと、ストーカーの件は俺が対処しとくから」
「なんで今さらキュンとさせるんですか、バカッ!!」
喫茶店から小走りで小井戸が出て行った。
久崎は急いで支払いを済ませ喫茶店を出ると暗闇のほうへ歩き出す。
タタッと走る音が聞こえると、その後を久崎が追いかける。
「痛っ!」
前のほうから声が聞こえる。
星の明かりしかない暗闇にカメラマンの
久崎は落ちているデジタルカメラを拾うと撮影していた画像をチェックする。そこには小井戸が写っていた。
「おい勝手に触るな!!」
「ここに写っているのは俺の知り合いだ、お前ストーカーか?」
「違う、俺はカメラマンだ」
「自称カメラマンが彼女に何の用だ」
「取材だ、それ以上は言えない」
「あっそ。盗撮魔の戯言なんて興味はないが、しつこいようなら警察へ突き出すぞ」
「メディアにはな、報道の自由があるんだよ!」
「女性に恐怖を抱かせる自由なんて俺が潰してやるよ」
久崎はデジタルカメラを握り潰した。俺ロイドなら金属製のカメラなど豆腐に等しい。
手を放すと、ひしゃげたカメラが地面に落下し壊れた部品が四散する。
「ひいっ!」
「
「どうしてそれを」
「へぇ~保育園に好きな子がいるんだ。
「やめてくれ!」
「報道の自由。知りえた情報は拡散するのが貴様らの使命だろ。よし、SNSにアップしよう
「息子は関係ないだろ!」
「盗撮魔の息子だ関係あるだろ」
「盗撮じゃない取材だ」
「何の?」
「言えるわけないだろ」
「じゃあ息子を慰める言葉でも考えてろ」
久崎が立ち去ろうとすると。
「待ってくれ! 話すから息子は巻き込まないでくれ。――TVを騒がしている博士と関係があるんじゃないかと疑っている」
「どうして関係があると?」
「あんたらが買った服を博士が着ていたからだ」
「なんだそんな理由か。事件に巻き込まれた俺を博士が助けてくれた。その恩返しに服をプレゼントしたんだよ。彼女は服を選んだだけで関係はない」
「本当だな」
「おまえを説得する気はないね。もう彼女をつけ狙う理由は無くなったな。まだストーカーを続けるなら――」
久崎は足元に転がるカメラを踏み潰す。
「ひいっ!!」
「とっとと消えろ」
樽野は脱兎の如く去って行く。
『主殿が怒っているのを始めて見たぞ』
暗闇にノミが立っているが黒いスーツ姿なのでまったく見えない。
小井戸に相談された後、ノミを呼び出し周囲に不審者がいないかチェックさせていた。
喫茶店の中を盗撮していた樽野の素性を調べ、逃げ出した所にノミが蹴りを入れたのだ。
『虫の居所が悪かったのさ』
『小井戸さんのことか。なぜ断った』
『あのカメラマンもノミを追っていたよな。たぶんこれからも俺の周囲には危険が付きまとうだろう。だから誰もいないほうが楽なんだよ』
『なるほどのう、彼女のために我慢してふったのか』
『ちょっと勿体なかったか?』
『人生の絶頂期じゃろうな。もう二度と主殿を好きと言う女性は現れないじゃろう』
『だよなぁ~』
『ワシを置いて他にはな!!』
『しかたないノミで手を打つか』
『おっ、その気になったか! どうじゃ今晩』
『冗談だよ』
『ケチ~!!』
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ホワイトハウスの執務室でミラード・メレンデス大統領が首席補佐官のヨッセル・デシャノンから報告を聞いていた。
「博士の連絡先について
「もう少しマシな言い訳は考えられなかったのか。ネットに不得手のワシでさえ中継サーバの情報は改竄できないと知っておるわ」
「光宗総理の回答が嘘でないのなら、宛先サーバに直接メールを送信したことになります」
「すると何かね、博士はハッカーの才能もあると?」
「その可能性は高いと言わざる負えないでしょう」
「光宗が嘘をついている可能性は」
「彼は小心者ですから嘘の可能性は低いでしょう。我が国を敵に回すぐらいなら平気で博士を売るでしょう」
「兵器を手に入れ気が大きくなっているとは考えられないかね」
「アーガルですか?」
「いや、あの玉のほうだよ」
「あれは塩害対策用の作業機械と存じますが?」
「コストパフォーマンスに優れた兵器だよ、あれは。塩水さえあれば無限に弾丸が生成できる遠距離砲だ。射程距離は最低でも二百キロメートル。おそらく塩の塊はレーダーで補足できずミサイルによる迎撃も困難だろう。敵国を塩の塊で埋め尽くした後、またあの玉で塩を除去すればいい、放射能汚染の心配なく使える優れモノだ」
「まさか! あの動画は武力を
「わしはそう考えておる。軍事関係者にだけ伝わるように細工された高度な外交メッセージだ」
「幼い顔をして恐ろしいですね、博士という人は」
「
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