第13話 浮上
警察署の食堂で仲良し四人組が食事をしていた。
「あの動画見た?」と話を切り出す。
「もちろん見たよ。チャンネル登録者数二百万人。超有名人だ」と、
「博士、可愛いですよね」と、ホクホク笑顔の
「君は若いね、注目すべきはあの科学力だ」と、
「太平洋に北海道と同じサイズの島を浮上させて国にするなんて。もうね、スケールが違いすぎるわ」(露)
「国名はレイクリスだね。博士が国王兼国民。あんなの国として認められるのだろうか」(京)
「プリンセスですよ。は~ドレスが似合いそうだ~」(酒)
「建国と承認は別だからね。
「日本が国交を開始すると正式に発表したから概ね達成してるわ」(露)
「アメリカの首席補佐官も国交を希望するとコメントを出してたね。まあ日本までの中継地点として便利に使うつもりだろう」(京)
「プリンセス博士って呼びづらいですよね。王だからクイーンなのかな」(酒)
「恐らく軍事力は世界一。どの国も同盟に組み入れたいだろうね」(砂)
「博士が建国してくれたおかげで日本が他国から責められなくなったのはありがたいわ」(露)
「そうだね。でも僕は腑に落ちない」(京)
「俺は恋に落ちました」(酒)
「腑に落ちないとはどういうことだね?」(砂)
京本は眉間にシワを寄せながら、
「日本に都合が良過ぎる気がしませんか」と、仏の京本にしては珍しい表情をする。
「もしかして京本君は政府が暗躍してると考えているの?」(露)
「署内で反社的な発言はしたくないけど、あれだけのロボットが開発できる場所を
「探していたのは国内だよね。浮上させた陸地に工場があると考えるのが無難だね」(砂)
「海底基地ですか? ますますSFの世界ですよ」(京)
「博士は乙姫様だったのか~」(酒)
「ハイキングのように宇宙へ行ける科学力があるのだよ、それに比べれば海底基地なんて可愛いよね」(砂)
「ロボットを公にする理由が政府にはないもの。政府が関与している可能性は低いと思うわ」(露)
「確かに、そうかもしれないね……」(京)
納得したような口ぶりだが表情は渋いままだ。
「博士に関する捜査は全て中止されたらしいじゃないか。君たちはどうするんだね」
「私は最初から博士を追っていませんよ、狙いはファントムです」(露)
「僕は銀行強盗の不審者とTV局の襲撃犯を捕まえないと」(京)
「俺はサインが欲しいです」(酒)
「まあ、君たちがあの科学力を見ても落胆しないのは嬉しいよ。私は正直お手上げだね」
「そう言わずに、幽霊を捕まえる方法、考えてくださいよ」
砂金は大きなため息をつくのだった。
「ところで、ファントムって何だい?」
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「お疲れ様です」と、
「ありがと」
久崎はパソコンの画面から目が離せないほど忙しい。
「今晩、お食事でもどうですか?」
他の社員も忙しいが耳だけは彼らのほうに意識を集中している。
「ごめんむり」
「そうですか……じゃまた」
小井戸は悲しそうに他の席へお茶を配りに行く。
彼女が久崎を喫茶店に呼び出した件は、誘拐事件に巻き込まれたため
空になったお盆を給湯室へ運ぶ小井戸に、同僚の女性が四人群がる。
「ねえ小井戸さん、ちょっといいかしら」
少人数では聞きづらいことも大勢なら責任を希釈できる謎の心理。
「みなさんどうしたの?」
「もしかして久崎さんとお付き合いしてる?」
「えっ? してないわ」
「あなたの行動、どう見ても恋する乙女よ」
「気になる男性ですよ。でもそこまでです」
「失礼なことだと重々承知で伺いますけど、小井戸さんのほうからアプローチされているのよね?」
「そうですけど?」
「たしか一回り年上だし、その……、もっと相応しい人がいると思うのね」
「ですよね、幼児体形の私じゃ不釣り合いですよね。もう少し色気があれば振り向いてもらえるかもしれないのに……」
「逆よ! あなたならもっと素敵な男性とお付き合いできるわ」
「久崎さんも素敵な人ですよ」
女性社員たちが顔を見合わせる。
「正直に言うとね、男性社員の殆どがあなたを狙っているの。もしあなたが特定の男性と結婚してくれると、諦めた男性社員と私たちが交際できる可能性が生まれるわけ。情けない話よね、本来ならあなたに話すべきじゃないのに……」
集まっている女性は小井戸よりも年上で結婚適齢期を過ぎようとしている。
恥を忍んで話をしているとは思うが、小井戸にとっては無関係だし、いい迷惑だ。どう答えても棘にしかならないだろう。考えた末、無言でやり過ごすことにした。
「ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの。凄く勝手な話だけど私たちはあなたの応援をすることに決めたの」
「応援?」
「久崎さんと交際できるようにお膳立てをしようかと――」
小井戸は焦り食い気味に話を止める。
「ご厚意は凄く有難いのですが、あの人凄い
「そうなの?」
「怯える猫のようなもので、ヘタにかかわると引っかかれますよ」
「どうしてそんな面倒くさい人が好きなの?」
「私にもわかりません」と、苦笑いする。
「わかったわ。久崎さんに直接干渉するのはやめて、小井戸さんのサポートにするわね」
それも迷惑なのだが、これ以上言えば久崎に何かしそうで怖い。
小井戸は心の中で文句を言いつつ、顔は笑顔で、
「よろしくお願いします」と答えたのだった。
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良く言えば渋くて雰囲気があり、悪く言えば古くて錆びれた喫茶店ルマンド。
前に小井戸が久崎を呼び出した場所だ。
通りから見えにくい一番奥の席に
小井戸が彼をここへ呼んだのだ。
「あのっ」
「言わなくてもわかるよ、僕と別れたいんだろ」
「どうして」
「会社での態度と噂話でね。久崎が気になるんだって?」
「ごめんなさい」
彼女は苦しそうな表情で頭を下げる。
「謝る必要はないよ。誰にだって一時的な気の迷いはあるんだ」
「え?」
「忙しかったからね、寂しい思いをさせたようだ。謝るのは僕のほうだ」
「違うの、そうじゃないの」
「大丈夫。これからは君との時間を大切にするよ」
「ねえ、待って」
「考えればわかるよ。僕と久崎だよ。比べるまでもない。君を幸せにできるのは僕だけだ」
「
「聞きたくないよ! だって聞けば君は僕から離れていくだろっ」
「ごめんなさい、でも大事な話なの」
喫茶店のマスターは気配を消して聞き耳を立てている。
「い、いいだろう、聞こうじゃないか」
「別れてください」
「ほらぁ、ほ~らぁ~、やっぱりだ。僕は別れないよ。絶対にだ」
「お願いします」
小井戸はテーブルに付きそうなぐらい頭を下げる。
「そうだ、久崎が邪魔なんだ。よしアイツを左遷しよう」
「えっ?!」
驚きのあまり顔を上げる。
「アラスカ支部がいいかな、シベリア支部も捨てがたい」
「酷いです!」
「酷いのは僕から君を奪ったアイツだ」
まさか高羽がこんな反応をするなんて思ってもみなかった。
大人の余裕。年上の貫禄。そんな彼に心魅かれたのに、今は駄々をこねる子供のようだ。
プライドの高い男性ほど壊れやすい。
このままでは久崎に被害が及ぶ。それだけは避けなければ、と彼女は一計を案じる。
「まだ奪われていませんよ」
「へ?」
「私は計算高い女です。二人を天秤にかけようとしたんですよ。でも久崎さんが遠くに行ってしまっては比べられません。そうなってはどちらが私に相応しいか判断できませんね」
「僕とアイツを比べる?」
「そろそろ私も結婚を考える年齢ですし、交際相手ではなく将来を共にする結婚相手を選びたいんです。経済力は部長の
「違うよ動揺じゃない。君への愛をアピールしたんだ。僕の演技は凄かっただろ」
「えっ! そうなんですか? 気づきませんでした。迫真の演技ですね!」
「そうだろう。まあ久崎なんて僕の足元にも及ばないんだ。いいだろうその目で確かめるといいよ。きっと僕の魅力を再確認するだろうさ」
小井戸は泣きそうになるのをぐっと我慢するのだった。
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「は~い皆さんこんにちは~、レイクリス国営放送で~す。今日は我が国の大地についてご紹介します」
映っているのは、長靴を履きビニールの雨合羽を着たノミだった。
動画配信サイトにアップされた動画で、誰でも見られるようになっている。
ちなみにカメラマンは久崎ではない。プロペラの付いていない飛行ドローンだ。
「ご覧ください、泥、泥、泥、一面泥まみれです。この大地は海底から浮上させたばかりなので水浸しなんです。そこでこの機械の登場です」
テッテレ~、と効果音が鳴り機械が映し出される。
ノミの身長ほどの球体。サッカーボールのように五角形のプレートが連結して形成されている。
球体が泥の中を転がりながら進むと、その軌跡は乾燥した地面になっていた。
ちなみに動画を編集しているのはノミだ。最初は嫌々だったが最近はノリノリで加工している。
「この機械は水分と塩分を吸収しながら走るんです。さらに~」
上部の五角形プレートが開くと、バシュッと大きな発射音とともに何かが打ち上げられた。
白い塊は弧を描きながら遥か彼方に飛んでいく。
「固めた塩の塊を投げるんです。凄い音でしたね。塩の塊は海岸近くにあるキャッチャーが受け止めて海に溶かしているので安心してください。一週間ほどで住みやすい大地になる予定なんです。それでは今回はここまで、ご視聴ありがとうございました~」
笑顔で手を振るノミの姿で動画の再生は終了した。
「この映像、どう捉えるかね」
白髪にブルーの瞳のアメリカ大統領ミラード・メレンデスは、ニヤリと笑いながら隣にいる首席補佐官ヨッセル・デシャノンに語りかけた。
「この玉、欲しいですね」
「だろう。大地を浮上させたと聞いたときは塩害で何十年も使えない土地などいらんわーと思っておったが、あの玉があれば話は別だ」
「海底からいくらでも大地が作り出せるなら領土問題など無くなりますからね」
「いやそれは逆だろう。どの国が海面を埋め尽くすかで争いがおきるさ」
「確かに。海に面する領土の小さな国は喉から手が出るほど欲しがりますね」
「我が国と日本だけが国交締結を表明し、他国は様子見しているが、これから騒がしくなるな」
「他国に先んじて博士と親密になる必要性が増しました」
「日本の
「連絡手段はないと官房長官がコメントしていましたが」
「嘘に決まっているだろう、アレを製造したのは日本だ、あの島はスケープゴートに過ぎん」
「そうでしょうか?」
「他国に技術を奪われないための策だ。開発者を博士にしておけば日本としては要求を跳ねのけやすいだろう」
「なるほど、確かにそうですね」
「連絡手段を教えなければ輸入禁止品目を増やすと脅しておけよ」
メレンデス大統領は既に交渉が上手くいった場合を考え、あの玉の使い道を模索し始めているのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「無理だと返事をしろ!」と、
「あ、すまん、ちょっと疲れているようだ」
官邸の総理執務室で光宗総理が頭をかかえていた。
「心中お察しします」と。
「できれば博士には二度と会いたくない、それが正直な思いだよ」
「同感です。彼女は何と言いますか、恐ろしいです」
「ああ。とても十代の少女とは思えない。もしかすると若返りの技術があるかもしれないな」
「そうですね、もうどのような技術を持っていても不思議ではありません」
「単身で官邸に来る度胸。捕縛されようとしているのに余裕の態度。あれは私たちを子犬程度にしか思っていない感じだ」
「総理官邸を観光地のように見学してから帰りましたからね。あの図太さ、なかなかいないタイプです」
「まさかアーガルで来ていたとは思いもしなかった」
「あのロボット透明になれるなんて、もうSFの世界です」
「あれは博士からの無言のメッセージだろう。国防は意味をなさない、とね」
「幸いなのは博士が世界征服を目論んでいないという点です」
「本当にそう思うのかね?」
「私が博士ならアーガルをお披露目する前にG7の首都を落としています」
「成塚君は意外と過激なのだね」
「人間は力を持つと使いたくなるらしいですから」
「その説が間違えでないのなら、博士は人間ではないのだろう」
「見た目は天使ですからね」
「それが唯一の救いだな」
「しかしアメリカへの返事はどうしましょう。我らに連絡手段はありません」
「ありのままを伝えるしかないだろう……」
「経済制裁の恐れがりますが」
「今はアメリカよりも博士のほうが恐ろしいのでね、メレンデス大統領も理解してくれるだろう」
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議員会館のトイレの個室で用を足す男。防衛大臣の
高カロリー、高タンパク、高コレステロール。それらが蓄積しているような
数年前まで政界のドンと呼ばれた父の地盤を継いだ世襲議員。しかし父ほど有能ではなく、はっきり言えば無能だ。
父に世話になった議員も多く『一期ぐらいなら大臣をやらせて恩を返そう』という思惑のコネ採用だった。
忌々しい、ああ、忌々しい。
あの女、自分ことを博士などと呼ばせていい気になっておる。
我が物顔で官邸を歩き回る不遜な態度。
なめている。日本の政治家をなめくさっている。
あいつ、会談で俺を一度も見なかった。
防衛大臣であるこの俺をだ!
視界の端にも入れなかった。
ゆるせん、あそこまでコケにされたのは生まれて初めてだ。
潰す、大臣の権力をもってして必ず潰す。
みておれ小娘が、必ず後悔させてやる。
器の小さな男だろうと世渡りの巧みさと地元の有権者がいれば大臣になれる、これが日本の政治家なのだった。
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潜水艦の中。ノミは湯船につかりながら久崎と思念伝達していた。
浮上させた島は泥だらけで、雨合羽を着ていたのに体が汚れてしまったのだ。
決して読者サービスではない。
『まさかノミの人形まで作られるなんてな』
『ワシは金がもらえるのか?』
『権利を主張すれば、な』
『主殿はお金儲けに興味はないのか?』
『生活に困らないだけあればいい』
『枯れとるのう』
『人を老人みたいに言うな』
『しかし、海底を剥がして陸地にするなど大罪だとおもうんじゃがなあ。神罰は下らないのう』
『神様にも優先順位があるのさ。地球よりも生命のほうが大事なんだろうな』
『海底に住んでおった生き物たちには大迷惑じゃったと思うぞ』
『それは確かにな……。これは言い訳だが他国の諜報員の目をノミに向けさせるにはアレしか思いつかなかったんだよ』
『珍しい、主殿が弱気じゃ』
『俺のせいで被害者が出ると、やはり心にくるものがあるんだよ。放置しておけば日本がやり玉に上がりヘタをすれば戦争になるだろうし。そうでなくても、数百人の警察がノミを探していたからな、あのまま続けば治安が悪化しただろうし』
『あの女刑事はまだ諦めておらぬようじゃぞ』
『オマエは
『神に尻尾を振るのをやめ、静かに暮らせば気苦労は減るぞ』
『今更後戻りはできない。やり始めた仕事は最後までやり遂げる、社会人の常識だ』
『ワシも最後まで添い遂げる、妻として常識じゃ』
『だれが妻だ、この高級ラブドールが』
『ハッハッハ調子が戻ったようだな、主殿』
『へんな気を使うな、バカが』
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ニュースキャスターの
「――そう、博士の居場所がわかったから仕事は中止になったのね」
「そうなんだ。クライアントに嫌味を言われたよ、口だけだったなって」
「可愛そう、慰めてあげようか?」
「電話だと嘘がバレないからって、からかわないでよ」
「フフッ」
「仕事がなくなったからさ、僕への興味もなくなったでしょ」
「私が仕事をあげましょうか」
「どういうこと?」
「私の部屋に侵入した男たち、博士の情報を欲しがっていたわよね」
「そうだね、僕と同じ推理をしたと思うよ」
「タイミングが良過ぎると思わない?」
「同じ結論に至るまでの時間が?」
「そうじゃなくて、助けが来るタイミングよ」
「そっちね。博士はあの男たちを警戒していたんじゃないかな」
「それも考えられるけど、博士が私を監視していたってケースもありえない?」
「へぇ……」
「私はヒーローたちの目撃者なんだし、気になっていても不思議じゃないわ」
「その可能性は十分あるね」
「もし私を監視するならアナタならどうする?」
「博士ほどの科学力があれば、思いつくのは監視カメラか盗聴器か無人ドローンくらいかな」
「私はこの携帯があやしいと思うの」
「ハハッ、ならこの会話も聞かれてるんだ、面白いこと言うね」
「私は真面目に話してるのよ。たぶんこの携帯を回収に来るわ」
「もしそうだとしても、また眠らされて知らぬ間に回収されてるさ」
「だから仕事、よ。この会話が聞かれている前提で、博士とコンタクトを取る方法を考えて」
「限りなく無理に近いけど面白そうだ、その仕事引き受けた」
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