第12話 会談

 総理官邸の記者会見室で成塚好邦なりづかよしくに内閣官房長官がマスコミからの質疑応答に奮戦していた。

 TVの視聴者や雑誌の読者は博士の情報を欲している。しかし政府に噛みついても何の成果も得られない。メディアとしては歯がゆいばかりだった。


「昨夜の地震災害に対しアーガルが救援活動を行っていますが、博士に報酬は支払われるのでしょうか」

「政府としましては慈善活動ボランティアと認識しておりますので報酬を支払う予定はございません」

「消防や救急の邪魔をしているのではないかと指摘が出ていることはご存知でしょうか」

「現場からそのような声が上がっているとは聞いておりません。昨夜は津波にさらわれた人を救助しております。救援活動の手薄な個所を補うよう行動されいるようですから邪魔とは言えないでしょう」

「先日、官房長官はこの場で博士に対し連絡が欲しいとメッセージを伝えていましたが、返事はあったのでしょうか」

「残念ながらお返事は頂けておりません」

「博士に関する情報を故意に隠蔽いんぺいしているのではないですか?」

「政府から開示できる情報が少ないため、疑念を抱かれているのは重々承知しています。博士から連絡が入りましたら改めて皆様にお伝えいたします」


 国策の話などそっちのけでアーガルに関する質問が延々と続いたのだった。



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 定例記者会見を終えた官房長官が総理執務室を訪れた。

 いつにも増してぐったりしている。

「お疲れ様です」と光宗みつむね総理がねぎらう。

「アーガルの質問ばかりですよ。低俗なゴシップばかり追って、マスコミは国政に興味はないのでしょうか」

「仕方ありません、博士の行動次第では日本が窮地に追い込まれかねないのですから」

「記者の質問を聞いていると日本の行く末を案じているのではなく、単に芸能人の尻を追いかけまわしているとしか感じませんよ」

「まあ、見た目だけは芸能人顔負けの美貌ですから」

「政府が真実を説明しても信じてもらえないのは辛いですね」

「聞く耳を持たぬ者に説明するのは時間の無駄です。成塚さんには悪いですが上手くかわしてください」

「心得ております」

「相変わらず博士に関する情報はありませんか?」

内閣情報調査室内調警察庁警備局公安から良い報告は来ておりません。打つ手なしの状態です」

「はてさて、どうしたものか……」

 ブブッと振動する音が聞こえる。

 光宗総理は内ポケットから携帯端末を取り出すと、

「メールです。失礼しますね」と、ことわってから内容を確認する。

「どうやって私のメールアドレスを調べたんでしょう。博士からです」

 総理は官房長官に携帯端末を渡した。


 ――明日の午後一時、首相官邸にお伺いします。



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 首相官邸のある霞が関は午前中から物々しい雰囲気に包まれていた。

 地下鉄の出入り口には警官が配備され、道路には機動隊のバスが停車し、交差点には私服の刑事が目を光らせていた。

 緘口令かんこうれいを敷いていたにもかかわらずマスコミが官邸の出入り口に脚立を並べカメラを設置していた。

 シャニーグループの雇った探偵たちも情報を得るために周囲で目を光らせている。


 約束の午後一時になる。

 光宗朋希みつむねともき総理大臣は四階の大会議室から外を眺め、

「これだけの報道陣がいる中、やって来ますかね」と、隣にいる成塚好邦なりづかよしくに内閣官房長官へ話しかける。

「マスコミを追い払う法案を提出しましょう」と冗談交じりに答えた。

「しかし、十代の女の子をどうもてなせば良いのやら」

「娘よりも若いですよ。外国の要人と会談するより緊張します」

「若い子はキレやすいと聞くが、はたして話が通じるかどうか」

セキュリティポリスSPを普段の倍配備しています。取り押さえることも可能ですが」

「やめましょう。背後関係の見えないうちは。博士が末端の可能性も考えられますからね」

 開いている入口から秘書官が声をかける。

「総理、博士がおみえになりました」

 室内がざわっとする。

 遠くに見えるマスコミ陣に動きはない。それに発見次第連絡が入る手筈になっていた。

 秘書官の後ろから小柄な美少女が姿を見せる。

「やぁ!」と、ノミは明るい声で挨拶した。




 白いスニーカー。黒いストッキング。ベージュのハーフパンツにゆるふわ系のシャツという若さ全開の服装で訪れたノミは、会議室の上座に通され着席する。

 小井戸が選び久崎が手渡した例の服だ。

「私は総理の光宗です。博士とお呼びすればよろしいですかな」

「はい、それでお願いします」

 女性秘書官がお茶をテーブルに配り始める。

 ノミの前に置かれると総理が、

「お茶をどうぞ」と声をかけてくれる。

「あの、毒見していただいていいですか?」と、ノミは運んでくれた秘書官に声をかけた。

 会議室の空気が凍り付いた。

「えっ」と言いながら秘書官が総理の顔を見る。

「博士、冗談はよしてください、秘書官が困ってしまいます」

「私も冗談は好きじゃないんですけど」

 ノミの真っ直ぐな瞳は冗談を言っているようには見えない。

 総理は秘書官を見てコクリと頷いた。

 秘書官は震える手で湯呑みを持つとズッズッと聞こえる音を出しながら一割ほどお茶を飲んだ。

「ありがとうございます」と笑顔で応えるノミ。

 安堵で胸をなで下ろす出席者たち。

 お茶を配り終えた女性秘書官が退室を始めた。

「それでは――」と官房長官が話を始めると、入り口近くで秘書官が倒れてしまう。

 総理が官房長官の顔を見ると、官房長官は手を振って私は知らないとジェスチャーを送る。

「きっと緊張したんでしょうね」と言いつつ、ノミは湯呑みをそっと自分から遠ざけた。

 その仕草を見て出席者たちは唾を飲み込むのだった。




 会議室から秘書官が運び出された後、何事もなかったかのように会談が開始された。

 この場には総理、官房長官、防衛大臣、それと二人の大臣が同席している。

 コホンと咳払いをしたあと官房長官は、

「それでは会談を始めさせていただきます。まずは博士の身元について、他国から博士は政府関係者ではないかと疑いを持たれております。それを払拭するため博士の身元を開示して頂きたいのです」

「お断りします。そちらの事情も理解できますが、まずは自分の身の安全が大事です。個人情報を明かせば私は命を狙われるでしょう」

「そこは政府がお守りいたします」と、防衛大臣の箱守烈はこもりつよしが発言するが、ノミは返事をせずちらりと湯飲みに視線を送る。

 その視線の意図をくみ取る官房長官。

「そうですね。この件は一旦保留とさせてください。次にロボットのアーガルについて、他国から兵器ではないかと指摘されています。産業ロボット博覧会で博士は災害時の救援活動に限定すると説明されていました。その理念は素晴らしく政府としては疑う余地はありません。しかし容易に軍事転用できるのではないかと疑う国も少なくないのです」

「仰ることは理解できます。料理用の包丁でも人が殺せるのです。だからと言って世界から包丁を無くせというのは乱暴な話ですよね」

「ごもっともです。ですからアーガルの技術を開示していただき他国も所有すれば軍事バランスが保たれ平和が維持できるのです」

「今の日本が平和ですか? 薄氷の上を歩いている状態の間違いでは」

「博士はそう感じるのですね」

「はい。互いに包丁を持っていたら殺人は起きない? それが拳銃なら? ミサイルなら? 有名な発明家は兵器が強力なほど戦争抑止力に繋がると信じていたようです。ですが核ミサイルの発射を決定するのは普通の人間なのです。戦略兵器の脅威など平常心を失った人間には効果ありませんよ」

「博士は平和の維持が困難だと仰りたいのですね」

「少なくとも日本は無理ですね。他国の工作員が大勢潜伏しているのに気づいていない。いや、気づいてはいるけれど何もしたくない、が正解ですか」

「博士は陰謀論がお好きのようだ」と、せせら笑う防衛大臣。

「皆さん、お茶に手を付けられていませんね、冷めてしまいますよ、さあどうぞ」

 ノミがすすめても誰一人として手を動かす者はいなかった。

 総理は、

「他国の要求をないがしろにすれば国民が危険に晒される恐れがあります。それだけは避けねばなりません。要求を呑んでいただけない場合、実力行使も止むを得えない」と言い終えるとお茶を一気に飲みほした。

「なるほど。お茶を用意させたのは工作員ではなく総理ご自身なんですね」

「総理?!」と、官房長官が驚く。

「アメリカに逆らえば日本は終わるのだ。それが理解できぬほど浅慮せんりょではないでしょう」

「アーガルの技術を公開すれば世界が終わります。それが理解できませんか」

「世界平和より日本の平和だ!」

「人間の性ですね」

 ノミに言われハッと気づく。つい先日、同じことを自分が発言したのを。

 バカにしていた小市民と総理である自分が同じ目線でいたことにショックを受ける。

「お互い譲れないようですね。仕方ありません中国へ亡命するとしましょう」

「そっ、それだけは!」と、一番慌てたのは防衛大臣だ。

 放心している総理を横目に官房長官が、

「このまま帰すわけにはいきません」

 乱暴に扉が開かれセキュリティポリスSPが雪崩れ込んでくる。

 完全に出入口は塞がれてしまった。

「ディナーへのご招待にしては少々物々しいですね」

「高級料亭の食事で博士をお止めできるのなら安いものです」

「生憎と先約がございます」

「そちらはキャンセルして頂きたい」

 ノミと官房長官は無言でプレッシャーを掛け合う。どちらも譲るつもりはない。

「私を捕まえてどうするおつもりですか? 美少女監禁? 脅迫、暴行、拷問? ああ恐ろしい」

「身柄はアメリカへ引き渡すことになるでしょう。その先は……」

「国内で拷問するのは気が引けますか? それとも責任を他国へなすりつけるおつもりですか?」

侮蔑ぶべつして下さって結構。あなたの存在は危険すぎる。日本国内に留めておけば争いの種になるでしょう」

「娘さんよりも若い私を他国へ売り渡す。さぞかし苦慮した上での判断なのでしょう。『お父さん、助けてお父さん!』泣き叫ぶ娘さんと私の姿が重なって見えることでしょう。懇願しても拷問の責め苦は続き――」

「やめてください!!」

 官房長官が苦悩の表情を浮かべノミから目線をそらす。

「べつに官房長官をイジメたいわけじゃないんですよ。あ、ちなみに、冗談交じりに話しているのは同情を引いて捕まえるのをやめてもらおうとか考えていませんからね。その気になれば窓を割って飛んで逃げれますから」

「はぁ?! バカにしてるのかね」と、間の抜けた反応をする防衛大臣。

 ノミは椅子から腰を上げるとハーフパンツから携帯端末を取り出し操作しているフリをする。

 ふわりと体が宙に浮き上がる。

 大臣やセキュリティポリスSPが驚きの表情で固まっている。

 ノミは床に降り椅子へ座りなおすと、

「さあ、会談を続けましょう」と笑顔になる。



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 フリーカメラマンの樽野公哉たるのきみやにも博士が首相官邸に来るかもしれないという噂は届いていた。しかし息子を保育園に連れていったり家事を片付けていたら出遅れてしまった。

 官邸前はマスコミの群れで埋まり、カメラをかまえるスペースはもう空いてない。

 仕方なく近くのビルの非常階段へ上り、官邸を見下ろす位置から望遠レンズを使いシャッターチャンスを待っていた。


 首相官邸の屋上の一部がスライドを始めると、開いた穴から下へ続く階段があらわれる。

 セキュリティポリスSPが先に屋上へ上がり周囲をチェックする。

 続いて官房長官の成塚好邦なりづかよしくに、その後にノミが続いて上がってくる。


「キター!!」

 樽野はシャッターを押し撮影を開始した。

「あの服どこかで……。あ! あいつが買ったやつだよな……」

 樽野は久崎と小井戸のショッピングを尾行していたので、ノミが着ている服を覚えていた。

「嘘だろ、まさか本当にあいつと博士が関係してるんじゃないだろうな」

 カメラを持つ手から汗が滲み出る。それを服でぬぐい落とすと微かに震えていることに気付いた。

「ハハッ、本当にツキが回ってきたかもしれないぞ!」


 不可視の状態で待機していたアーガルがヘリポートに姿を表す。立膝状態で体勢を低くしていた。

 官邸前にいるマスコミ陣からは見えない位置なので騒ぎにはなっていない。

 ノミと官房長官が手短に話を終えるとバイバイと軽く手を振る。

 アーガルにノミが乗り込むと再び不可視の状態になる。

 起動音や発進音がないのでアーガルがまだそこにいるのかわからない。

 セキュリティポリスSPがヘリポートに恐る恐る近づくが、既に飛び去った後だった。


「いな、い? 飛び去ったのか? あのロボット消えれるのか、まるで幽霊だな」

 樽野はかなり緊張していたらしく、どっと心労が襲ってくる。

 大きなため息を漏らすとその場に座り込んでしまう。

 一眼レフのデジタルカメラを操作し撮った写真を確認する。

「やはりあの服に似ている。しかし、どこにでも売っている服かもしれないし……。これは確認する必要があるな」

 樽野は急いで自宅に戻るのだった。



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 総理官邸で定例記者会見が行われている。

 記者たちがいつにも増して興奮していた。その理由は、リーク情報で官邸前に集まったのに何も収穫が得られず、上司に叱られたためだ。

 興奮してはいるが、怒鳴るような下品な真似をする記者はいない。


「昨日、博士と面会されたと噂が流れていますが本当なのでしょうか」

「事実です。博士からご連絡を頂きました。会談では災害時の救援活動についていくつかの約束を取り交わしております」

「博士の名前は聞かれたのですか」

「彼女の身の安全を考慮し、あえて問いかけるのは控えました」

「他国から博士は政府の関係者ではないかと疑われている件はどうなさるおつもりですか」

「その件につきまして、博士は日本人ではないという結論に至りました」

「えっ?! どう見ても日本人でしたが」

「日本の国籍を持たないという意味です。不法入国者および不法上陸者という扱いになり退去強制の対象なのですが、既にアーガルに乗り退去しております」

「博士は日本に在住していないと仰るのですか? 他国がそのような話を真に受けるとは思えませんが」

「それについては近日中に博士のほうからメッセージを出すと伺っています」

「内容は?」

「私にはわかりかねます。政府としましてはメッセージの内容を精査し対応を検討します」




 数日後、複数の動画配信サイトに同じ名前のチャンネルが作成された。

 ――レイクリス

 そして、一本目の動画タイトルは『建国しました』だった。

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