第10話 メッセージ

 シャニーグループの本社ビル大会議室に人が集められていた。

「皆さんお集まりいただきありがとうございます。企画推進部部長の久下ひさかです」 広い部屋なので手にはマイクが握られており、声は天井のスピーカーから出力されている。


 前方の巨大液晶モニターにノミの顔が表示される。

「ご存知の方も多いと思いますが、彼女は産業ロボット博覧会にて巨大ロボットアーガルを発表した博士です。我が社は博士との交渉を希望しているのですが連絡手段がありません。そこでお集りの探偵の皆様に博士の情報を集めて頂きたいのです」

 集まっている者たちが互いの顔を見る。五十人以上いる参加者が、まさか同業の探偵とは思っていなかったのだ。

「交通費は全額支給、日当は一人一万円、有益な情報にはその内容に応じ百万から五百万円、博士との連絡手段には一億円をお支払いします」

 会議室が騒然とする。

「そんな大金、ほんとうに支払ってくれるんですか?」

「シャニーグループを舐めないで頂きたいですな」

 高圧的な笑みを浮かべる久下ひさか

「高額な報酬を出さずとも、御社の社員が探せば良いでしょう」

「無論、社員も総出で事に当たります。ですが人海戦術により情報収集の速度を上げるのが探偵の皆様を呼んだ理由です」

「それだけ価値のある情報なわけだ。他の企業はいくらで買ってくれるかな~」

 値を吊り上げようとする者があらわれるのは想定済みだ。

「情報は鮮度が命なんて今更私が言うのも釈迦に説法。あなたが他社と価格交渉をしている間に、別の探偵が情報を提供してくださるでしょう」

「なら結託して情報を渡さないようにしますよ」

「ここに集まっている者が全員とお考えで? 浅はかですなぁ。ウィナーテイクオール―。最初に情報を掴む者が勝者! さあ競争の始まりです!!」

 パン! と久下ひさか部長が手を叩くと、我先にと探偵が走り出す。

 最後にポツンと残された探偵の牛久保悟史うしくぼさとし

 読者モデルのような容姿。まだ大学生ぐらいだろう、とても若く見える。

「あなたは急がないのですか?」と、久下部長が蔑んだ視線を送る。

「例えば博士の携帯番号を知り、あなたに教えたとして、既に番号を知っていたから無効だと嘘を言えば報酬は貰えないわけですよね」

「疑り深い人ですね」

「金額が大きすぎると人は何でもしますからね」

 無言で睨みあう二人。

「いいでしょう。連絡手段ではなく交渉の場を用意して頂けたら報酬をお支払いします」

「この場に博士を連れてきますよ」

「ビッグマウスでないことを期待します」



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 会社で久崎くざきが発注書を作成していると、そこへ小井戸沙来こいどさきがお茶を運んできた。

「お疲れ様です」と、一言だけ声をかけ隣の席へお茶を運んでいく。

 何を言われるのだろうとヒヤヒヤした日々を過ごしていたが特に接触はなかった。

 渋い湯飲みに手を伸ばすと、そこに付箋が貼られていることに気づく。


 ――喫茶店ルマンドの前でお待ちしてます


 まさか付箋を貼るだなんてベタな誘い方をしてくるとは予想をしていなかった彼は思わずニヤリと笑ってしまう。

 ついに来たかと期待で心を弾ませる。

 ノミに変態呼ばわりされたが、あながち間違いではないのかもしれない。自分でも気づいていなかった性癖の扉が開きつつある。

 いくらぐらい要求されるのだろうか、まさか下僕になれと命令されるのだろうかと、妄想を膨らませていると。

『主殿、なにやら楽しそうじゃな』

『小井戸さんから呼び出しが来たぞ』

『いよいよか。対策は考えたのかね』

『要求を呑むつもりだ』

『ほぅ? 搾取され続ける道を選ぶとは、予想外じゃな』

『破産まで追い込まれることはないだろう。たぶん今の俺はアイドルの握手券を買うような心境なんだよ。動画サイトに投げ銭する人もこんな気持ちなのかもしれないな』

『なるほど、見返りもなく貢いだ挙句、冷たくあしらわれるのが主殿の性癖じゃったな』

『俺の金で彼女が幸せになるのなら良いことじゃないか』

『ま~~ったく理解できぬがな。楽しみを探せとは言ったが、まさか貢ぐ君になるとはのう』

『さすが老人、バブル期の古い言葉を知っているな。呼び方は違うが、どの時代にも美人に金を貢ぐ男性というのは少なからずいるらしいな』

『女というのは、ほんに魔性よのう。体に障らせずにお金が稼げるのじゃからな』

『ノミ君、酷いことを言うなよ。美女たちは笑顔の対価をくれるじゃないか』

『バッカじゃないの? とか、言われたいんじゃろ』

『おいやめろ、藍川の姿でそんな言葉が出るとシャレにならん』

『今は見えておらぬじゃろがい!』

『姿と声はリンクしてるんだよ!』

『まったくもう。いつでも夜の相手をしてやると言うておるのに』

『それは不要だ』

『あ~あ~そうですか、せいぜい金を貢いで楽しむが良いわ。ワシならその金で恋人との晩餐を楽しむがな~』

『お前は交際したことないだろうが』

『俺以外とは喋るな、と彼氏ヅラしたくせによく言うわい』

『おい、ちょっとまて。ノミは恋愛したいのか? その気があるなら止めないぞ、俺だって鬼じゃないんだ、それぐらいの自由はあるべきだ』

『いや、長く生きとるからのう人間の悲喜交交ひきこもごもは十分じゃ。それよりもSEXがしてみたい』

『もうお前は黙ってろ!!』



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 定時をしばらく過ぎた後、帰宅ラッシュの波が穏やかになるのを見計らって久崎は待ち合わせの喫茶店へ向かった。

 地下鉄のホームとは反対方向なので人通りは少なくなる。秘密の会話をするのには都合の良い立地だ。

 喫茶店の前に到着。個人経営の小さな店だ。バイトも雇わずマスター一人で切り盛りしている。

 小井戸は店内で紅茶を飲んでいた。窓の外に久崎を見つけると伝票を持ってレジへと向かい清算を済ませる。


 小井戸は店から出てくると、

「お待たせ。急に呼び出してごめんなさい。どうしてもお話がしたかったの」

「いったい何の話かな」

「少し歩きましょ」

 さらに人気のない場所へと歩き出す。

「久崎さんも他の人には聞かれたくないですよね」

「話が見えないな」

 殆ど人通りのない道路に自動販売機の明かりだけが眩しく光っている。

 街灯からも離れておりこの一角だけ世界から切り離された空間のようだ。

 二人はその前で立ち止まり向かい合う。

「久崎さんと博士さんが変な仮面を付けているところを見たんです」

 彼女の大きな瞳が彼をまっすぐ見つめている。その真剣な眼差しに邪な思惑は感じられない。

「そうか、恥ずかしい所を見られてしまったね」

「白を切らないんですか?」

「事実だからね、口止めされていたけど仕方ないよ」

「博士さん凄いですよね、この前なんて宇宙へ行ってました」

「あれには驚いたよ」

「……他人事、みたいですね」

「俺には関係ないからさ」

「あの博士さんですよ? 今や時の人ですよ? どうしてそんなに冷静でいられるんですか?」

「何度か会ったことはあるけれど名前すら知らない間柄なんだ、そんなの赤の他人と変わらないよ」

「その情報をマスコミに売れば大金が手に入りますよ」

「理由は言えないけど恩人なんだ。義理は通したいじゃないか」

「なんですか、その余裕。大人ぶっちゃって」

「大人じゃなくてオッサンだけどね」

 ヘヘッと照れながら頭をかいた。

「あ~もうっ! どうしてこんな人が気になるんだろっ!」

 いつもニコニコして怒ることなどないだろうと小井戸のイメージを決めつけていた彼は、予想外の反応に戸惑い始めていた。

「こんな人って酷くないか」

「人の気も知らないで!」

「不愉快にしたのなら謝まるよ。けど博士のことを聞かれても俺には答えられないんだ」

「そんなこと今はどうだっていいんですよ!」

「えっ? 博士と知り合いの俺に近づけば金儲けができると思ってたのに当てが外れて怒ってるんじゃないの?」

「私がそんな酷い女に見えますか?!」

「見た目は凄く可愛いよ。けど女性は苦手でね」

「私、可愛いですか?」

「そりゃあ会社のアイドルだし」

「会社の評判なんていいんです、久崎さんはどう思ってるんですか?」


 車のエンジン音が遠くから聞こえてくる。

 会話に集中している二人は気にしていなかったのだが、その車は通り過ぎず二人の横で急停止したのだ。

 白いワンボックスカーのドアが開くと覆面姿の男たちが降りてきた。

 何か液体を染み込ませた布が口に当てられ意識が遠のく。

 悲鳴をあげる間もなく二人は車の中へ押し込まれてしまった。




 その様子を写真に撮っていた男がいた。

 フリーカメラマンの樽野公哉たるのきみやだ。

 前回の失敗からずっと諦めきれずに監視を続けていた。

「嘘だろ……。TVの撮影じゃないよな。誘拐の決定的瞬間が撮れたぞ!!」

 彼は拳を高くかかげ勝利の雄たけびを上げた。

「これさえあれば専属カメラマンに取り立ててもらえる。ようやく安定した収入が手に入るんだ!」

 自販機の明かりに照らされながら、不気味な笑い声を出し、不思議な踊りを舞うのだった。



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 ペシペシと頬を叩かれる感触で目が覚める。

「久崎さん!」

 焦点が鮮明になるにつれ視界の先にパイプ椅子に縛られている小井戸が見えてくる。

 久崎も同じように椅子に縛られていた。

「久崎君、気分は悪くないかね」

 片言の日本語。どうやら外国人のようだ。

「あ、はい……」

 どこかの廃工場だろう。高い天井から差し込む月明りが久崎と小井戸を照らしている。

 周囲に立つ覆面姿の男たちは暗闇に溶け込み薄っすらとしかその姿を認識することはできない。どこかで盗んできたのだろうか小汚い作業服を着ている。

「君には自白剤を打たせてもらったよ。あまり時間をかけたくないのでね。一般人を拷問しても情報を引き出す前に死んでしまうからね、私はスマートな仕事がしたいのさ。もし君が抵抗するのなら可憐な彼女から先に酷い目にあってもらうよ」

 覆面の男が小井戸を指さすと、彼女が酷く怯えだす。

「ね。可哀そうだろう。そろそろ薬も効き始める頃だ、手始めに恥ずかしい過去を話してもらおう。初体験はいつ、どこで、だれとプレイしたんだい?」

「入社した年に~会社の上司に~無理やり風俗店に連れていかれて~そこで~ぶよぶよのオバサンに奪われました~。俺が初めてだと知ると~オバサンは何度も~何度も~俺を犯し続けました~。女なんて飢えた獣だ~。オバサンは俺の――」

 呂律ろれつの回らない舌で初体験を具体的に赤裸々に臨場感たっぷりに語る久崎。

「わかった! もういい、もういいよ久崎君。トラウマを呼び覚ましてしまったようだね。聞いているこちらが気分悪くなったよ」

 覆面の男たちの中には嗚咽おえつしている者もいた。

「何年も前の出来事だ、心の傷は癒えているだろ。今、好きな女性はいるのかい?」

「いない~。女性はもううんざりだ~。俺は一生独身でいる~」

 その言葉を聞いた小井戸の瞳から一粒の涙が零れ落ちる。

「そうか、まだ癒えていないようだね。よし、自白剤がじゅうぶん効いているのは確認できた。本題に入ろう。博士と呼ばれる女性に心当たりは?」

「ある~」

 覆面の男がクックと忍び笑いする。

「名前は?」

「知らない~。秘密と言っていた~」

「連絡先か連絡方法は?」

「知らない~。彼女から一方的に接触してきた~」

「君とはどのような関係だ?」

「家の近くで不良にからまれているところを助けてもらった~。彼女は恩人だ~。そのお礼に服をプレゼントしたことがある~」

「何回会っている、場所は?」

「家の近くで2回~。遠くの公園で1回~。仲間を探していると言っていた~」

「仲間? 誰だ?」

「知らない~。それからは会っていない~」

「博士はどこに住んでいる?」

「わからない~」

「他には? 博士について知っていることを話すんだ!」

 聞き出せた情報が少なすぎるのか、覆面の男が焦り始める。

「彼女はとても身軽だった~。まるでバレエを踊るように不良を退治してくれた~」

「そんなことはどうでもいい! なぜ警察はこの男をマークしていた、何も知らないじゃないか! 彼女を特定する情報をよこせ!」

 久崎の胸ぐらを掴むと縛っている椅子ごと軽々と持ち上げた。サイズのあっていない大きめの作業服なので体形はわからないが、かなり鍛えられている。

 優しい口調は演技で、どうやらこちらが本性のようだ。


 サイレンの音が近づいてくる。

「この音は警察か?」(英語)

「ここではないだろう、拉致して数時間しかたっていない」(中国語)

「用心に越したことはない撤収しよう」(ロシア語)

「この二人はどうする。口を封じておくか」(スペイン語)

「日本の警察は殺人事件に敏感だ、へたに刺激しないほうがいい」(日本語)

 国籍を特定されないための措置なのか、覆面の男たちは皆違う言語で会話している。

 覆面の男たちは急いで車に乗り込むとその場から逃走した。

 パトカーのサイレンが二つ聞こえる。

 一台は逃走車両を追跡しているらしく遠ざかっていく。もう一台は二人の近くて停車した。


 警察を呼んだのはフリーカメラマンの樽野公哉たるのきみやだった。

 露守警部補に電話を入れ事情を説明すると速やかに捜索が開始された。

 誘拐現場で撮影した画像には車両のナンバーも写っていたため、自動車ナンバー自動読取装置Nシステムにより迅速に追跡できたのだ。



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 病院の個室。ベッドには久崎が眠っている。

 見舞客用の椅子に小井戸が座り、その前に京本警部補が立ち事情聴取していた。

「――それじゃあ覆面の男たちは博士の情報を聞き出そうとしたんだね」

「はい」

「それで彼はどのような話を?」

「特に知らなかったようです。不良に絡まれた所を助けてくれた恩人です、と」

「君には質問してこなかったんだね」

「はい、私は蚊帳の外でした」

「なぜ彼だけが……」

「警察がマークしていたから、らしいですよ」

「えっ?! そ、そうか。覆面の男たちの特徴は」

「話す言葉がバラバラでした。でも流暢ではなかったのでわざと、だと思います」

 小井戸も外国語が堪能なのでイントネーションで判断できる。

 京本は一通りの質問を終えると、

「――ありがとう。これ署の直通電話だから何か思い出したら連絡ください」と、メモを彼女に渡す。

「念のため家まで送らせるから待っていてくれるか」

 京本は病室から出て車の手配をしている。

 病室に二人きり。

「博士さんは彼女じゃなかったのね、良かった……。トラウマは私が治してみせるから安心して」

 小井戸は久崎の頬に軽くキスをしたのだった。


 送迎の手配が済み、京本に呼ばれた小井戸が病室から出て行った。

『ひゅ~ひゅ~この色男が。若い娘にキスされてどんな気分じゃ』

『どうもこうもないよ、俺のトラウマ話を聞いて同情したんだ。お休みのキスに意味はない』

『本気で言っとるのかね?』

『それ以外に考えられないだろ。ちょっと大袈裟に話を盛り過ぎたな』

『まあ、主殿がそれで良いならワシは黙っておるわ』

『言っておくが俺は恋愛脳じゃない、あれを好意と錯覚するのは少女漫画の主人公だけだ』

『不憫な奴……』

『憶測だけで行動しないのは社会人の常識だ。客観的に分析すれば彼女のような可憐な乙女が俺を好きになるわけない』

『ワシは主殿が好きじゃよ』

『おまえは見た目は可憐だが中身は加齢だろ』

『酷っ!!』

『しかし、俺ロイドに交代しといて良かった』

 久崎の姿をしたアンドロイドを急遽作り、喫茶店に行く前に交代したのだ。

 ノミと区別するため俺ロイドと呼んでいる。

『ワシの助言は大正解じゃ』

『結果的にな。オマエは小井戸に刺されるかもしれないと言い出しただけだろ』

『自白剤を打たれずに済んだのじゃ、少しは感謝せい』

『あ~はいはい、神様ありがとう』

『ワシにじゃ!!』

『まさか誘拐されるとはな~』

『どの国もワシの技術は喉から手が出るほど欲しいじゃろう』

『待遇の良い主に鞍替えしてもいいんだぞ』

『はぁ?』

『突然わいて出てたオマエだ。同じように突然いなくなるのは想定内だと言ったんだ。だからオマエがいなくても困らないよう、俺は表舞台には出ていないし、お前の力が前提の生活はしていないだろ』

『私がいなくても大丈夫なの?』

『キモイな! 突然彼女っぽい芝居をするんじゃない』

『主殿が先に変な事を言うからじゃ。ワシは主殿から離れぬよ』

『その理由は? 義理、責任、執着、どれだ』

『あ――』

『愛とか言うなよ』

『最後まで喋らせい。主殿のもとにワシが来たのは神の采配と言っておったじゃろ。最近ワシもその説が有力ではないかと思い始めておる。主殿の行いは、失敗はするが人の道から外れたことはしておらぬ、それは素晴らしいことじゃが、反面、とてもいびつなのじゃ。動物は欲の生き物じゃ。食欲、睡眠欲、性欲。あってあたりまえの欲が主殿にはない』

『人を化物みたいに言うなよ、夜になれば寝るし、腹がすけば飯を食う』

『性欲は?』

『……』

『じゃから、その穴を埋めるためにワシが遣わされたのじゃ』

『結局SEXがしたいだけじゃね~か!!』

『てへっ』



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 官房長官の定例記者会見は原則として毎日午前と午後に開催される。

 記者たちは詳細な話を聞くために政府側に予め質問を伝えておく。そうすることで官僚は原稿が用意でき、記者は記事の内容を濃くすることができるのだ。

 ただし政府のスキャンダルなどは質問を伝えない。言い訳を考える暇を与えないためだ。


 総理官邸の記者会見室に成塚好邦なりづかよしくに内閣官房長官があらわれた。

 記者が手を上げると質問を伝えておいた者から順に選ばれていく。

 質疑が繰り返され、事前に聞いていた質問は全て消化した。

 ここからはアドリブになる。

「他国から博士およびアーガルについて情報を開示するよう要望が来ているというのは本当なのでしょうか」

「問い合わせが来ているのは事実です。ですが政府としても情報を得られていない状況ですので回答は保留しております」

「アーガルは日本が秘密裏に開発した兵器ではないかと疑われている件については」

「それについては事実無根と明言しております。博士は政府の関係者ではございません」

「アーガルの所持は銃刀法違反に相当しないのでしょうか」

「弾丸を発射する機能を有していないため違法とは言えません」

「銃器ではなく兵器を個人が所有するのは問題ではありませんか」

「対テロ法として細菌兵器および化学兵器の製造及び所持は禁止しておりますが、巨大ロボットを想定した法律はありません。現行法では違法とは言えない状況です」

「政府が情報を公開しないばあい他国が実力行使に出るのではないかと国民は怯えています。それについてはどうお考えですか」

「その件につきましては政府としても危惧しております。繰り返しになりますが、博士と連絡が取れないため公開しようにも情報が得られていない状況なのです」

「博士を捜索しないのは政府の怠慢ではないでしょうか」

「警察の協力のもと博士の本名および所在の確認を急いでおりますが手がかりは掴めていない状況です。そこで、この場をお借りしてメッセージを伝えさせて頂きます。博士さん、政府としましては対話を希望いたします。どこでも構いませんので行政機関の窓口まで連絡を頂けないでしょうか」

 突然のメッセージに記者たちは無責任だと罵り、警察は無能だと口汚く罵声を浴びせたが成塚官房長官は慣れたもので平然と聞き流したのだった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 定例記者会見を終えた官房長官が総理執務室を訪れた。

 応接セットのソファにぐったりと腰を下ろすと。

「成塚さんお疲れ様です」と光宗みつむね総理がねぎらう。

「いえいえいつものことですから」

「マスコミも、もう少しおとなしくしてくれると助かるのだが」

「地味なニュースでは給料が減りますからね、なるべくセンセーショナルな演出がしたいんですよ」

「政府は安定を望みマスコミは騒乱を望む。相容れない関係ですな」

「国の情勢が悪くなれば給料どころの話ではなくなるのに、なぜ理解できないのですかね」

「未来の大金より目先の小銭を欲しがる。人間の性みたいなものでしょう。国民が愚かとは思いませんが大局を見る目は持ち合わせていません。今を生きるのに精一杯なのです。現状を維持するだけでは国の安寧を維持してはいけません。未来を見据えた治政を行う、そのために我々政治家が国民を導いていくのですから」

「微力ながらそのお手伝いをするのが官房長官としての私の役目です」

「頼りにしてますよ成塚さん」

「しかし、博士から連絡は来るでしょうか」

「五分五分でしょう。我らの呼びかけに応えるメリットが博士にはありませんからね」

「餌が必要だと?」

「あれだけのロボットを所有する人が今さら金銭を欲しがるとは考えられません。学会に発表すればノーベル賞を総取りできそうな技術も持っていますから名誉もいらないでしょう。そんな人にどのような餌を用意すれば良いのか……」

「ありきたりな考えですと、金、地位、名誉ですから残るは地位でしょうか」

「あのロボットがあれば世界征服できるでしょう」

「相手が男性なら酒と女を用意するのですが」

「未成年に酒を勧めたとマスコミに知られれば政治家生命が絶たれます」

 総理と官房長官は暫く対策を考えていたが良い案は出なかった。

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