第9話 遭難

 総理官邸の閣議室では総理大臣の光宗朋希みつむねともきをはじめ、主だった閣僚が円形のテーブルに着席していた。

 成塚好邦なりづかよしくに内閣官房長官が議題の説明を始める。

「先週開催された産業ロボット博覧会に出品されたロボットについて、今後政府としてどう対応していくのか検討するのが主な議題となります。ロボットの名前はアーガル。詳細なスペックはお手元の資料をご確認下さい。出品者の氏名は不明。自称博士ですのでこの場でも博士と呼称致します。博士の説明では災害時の救援活動を目的として製造したとのことで、先日は山で遭難した子供を発見し救助しております。世論調査では博士の活動に対しおおむね好印象のようです。問題点としては博士のプロフィールが一切不明であること、兵器と見なされ戦争を誘発しないかと危惧する者が多少なりといることです」

 腕組みをして聞いていた光宗みつむね総理は、

「博覧会の出品申請には個人情報を記載する項目はないのかね」

「ありますが氏名、住所、連絡先いづれも架空の情報です」

「事務局の不手際ではないのかね」と、会議出席者が責任の所在を指摘。

「博覧会は民間主導で政府は関与しておりません。よって申請用紙は私文書にあたるため偽造罪などは適用されません」

「アーガルに対する各国の反応はどうだね」

「今のところ過激な反応を示しているのは韓国だけです。中国、ロシアなどは静観、台湾は防衛協定に前向き。アメリカは技術共有はいつ行われるのかと催促が来ております」

「まあ予想通りといったところか……。アーガルを兵器とした場合、どの程度の戦力になりえるだろうか」

 防衛大臣の箱守烈はこもりつよしは、

「正直なところ未知数です。博覧会での説明は、その殆どが立証されていない技術らしく、科学者の間では嘘なのではないかと結論が出ております」

「技術を公開しないためのブラフか……。念のために確認するが、自衛隊が秘密裏に開発していたということはないのだね」

「そのようなことは決して! 仮に開発していたとしてもあのように公にする理由がありません」

「ふむ……。箱守はこもり君、六菱重工にアーガルの開発に関与していないか確認をとってくれるか。それと、あれだけのロボットを製造できる企業は限られてくるだろう、国内で関与の疑いのある企業をリストアップしてくれるか」

 六菱重工は日本の軍需産業を一手に引き受ける大企業だ。真っ先に疑われても仕方のない生産能力を有している。

成塚なりづか君、内閣情報調査室内調警察庁警備局公安に博士の身元割り出しとアーガルの保管場所を特定するよう伝えてくれ、最優先事項だと念を押してな」



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 祭り好きの日本人。すでにアーガルの関連商品を作り販売の手筈を整え始めていた。

「いったい誰の許可を得ているんだか」

 久崎くざきはデフォルメされたアーガルのぬいぐるみを手に持ち軽い溜息をもらす。

 彼の働く商社でも関連商品に手を出していた。

「そうですよね~、いったい誰なんでしょうね~」

 いつのまにか小井戸沙来こいどさきが近くに立っていた。

「この人形、久崎さんは監修に協力されたんですか?」

「俺が? なぜ」

 小井戸はすっと近寄ると、

「だって博士とお知り合いなんでしょ?」と耳元で囁いた。

 遠くからその光景を見ていた男性社員は小井戸が久崎にキスをしたと勘違いし、嫉妬で手に持っていたボールペンをへし折った。

 久崎は慌てて離れるが小井戸は離れないよう追従する。

「し、知らないけどぉ~」

 女性特有の甘い香りが久崎の脳に襲い掛かる。どこを見てよいのかわからず目が泳いでいた。

「あら、そう。じゃあ私の見間違いなんですねっ」

 フフッと笑い、流し目で久崎を見ながら立ち去った。

 いかにも――私は何でも知っていますよ――という表情で。


『主殿、心拍数が跳ね上がっておるようじゃが』

 久崎は耳まで真っ赤にしていた。女性に興味がないと口では言うがスキンシップには弱いようだ。

『同僚にノミと会っているところを見られたらしい』

『そうか~、それは気の毒にのぅ~』

『えらく他人ごとだな』

『ワシ関係ないじゃろ。脅迫されるなど滅多にできぬ体験じゃ、せいぜい楽しむがよいわ』

『俺は安定志向なの! ハプニングを楽しもうなんて気はさらさら無いね』

『ならば、その同僚と縁を切ればよい。引っ越して別の土地で暮らすのも楽しいじゃろ』

『なぜ俺が逃げなきゃいけない。今の生活を手放す気もないよ』

『はは~ん、その同僚と別れたくないのじゃろ。好きなら早く惚れさせて篭絡してしまえ』

『前にも言ったが別に好きじゃない。心拍数が上がったのは密着されたからだ』

『思春期男子でもあるまいに……、あ、主殿は童貞じゃった』

『違うわ! ……ん~どうするかなあ』

『どうもこうもなかろう。まずは相手の要求を確かめねば』

『金だろ、それ以外に何がある』

『案外主殿の体かも知れぬぞ』

『小井戸さんは処女だよ』

『気持ちわるっ!! 主殿は処女厨じゃったか』

『いやSEXに興味ない。付け加えるなら交際も結婚も興味ない』

『そうじゃった。ご先祖様も草葉の陰から指をさして笑っておるわ』

『愉快な先祖だな』

『まあ、その同僚から金を要求されても必要なだけワシが作ってやるわい、気にせんでええ』

『お前に金を工面させることはない。そんなことをすれば神罰が下るからな』

『もしや、女に貢ぐと興奮する変態なのか?』

『俺をキャバクラ通いの夢追い人みたいに言うな! とにかく、何か対策をうたないとな』



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 凄く働く人を『靴の底をすり減らす』と表現するが、刑事の三人も文字通り靴の底を減らしていた。

 久崎くざきの会社、取引先、関連企業、おおよそ考えられる関係性を全て洗い出し、金と資材の流れを徹底的に追い続けたが、どこにもアーガルを保管できそうな建屋と、技術開発を行っている企業は発見できなかった。

 いつもの休憩スペースに露守、酒田、京本が集まり缶コーヒーを飲んでいた。

「露守さん、俺思うんですけど、久崎は無関係なんじゃないですかね」

「最初に彼を怪しんだのは酒田君よね」

「はい、そうです……」

 雨に濡れた子犬のように酒田は落ち込んでしまう。

「あ、責めてるわけじゃないのよ。捜査に行き詰ったら原点に戻れ。これ先輩の教えでね。どうして疑い始めたのか思い返そうと思ってね」

「コンビニの防犯カメラに映った少女、藍川瑠子あいかわるりこと同郷で、空き巣事件の現場近くに住んでいたから、ですね」

「コンビニの少女と空き巣事件が同一犯という前提での話なのよね。これ物的証拠もなく私たちの憶測でしかないのよ。仮に久崎が関係者だとして、わざわざ自分の住んでいる地域で事をおこすかしら」

「僕は久崎に会ったことがないから人物像まではわからないけど、犯罪ではなく善行ならば気にしないのではないかな」

「コンビニでの喧嘩が善行なの?」

「ああ、伝えてなかったかな。半グレたちは別の女性に絡んでいてね、それを助けたのが藍川似の少女なんだよ」

「博士の活動目的が善行?」と、露守は首をかしげている。

「半グレから女性救出、空き巣捕縛、銀行強盗捕縛、TV局襲撃犯の捕縛、山での行方不明者救助、確かにどれも善行です」

「もしかすると久崎は事件の被害者で博士に救けられたのかしら」

「被害届は出ていません」

「コンビニで襲われた女性も出していないよ。まあ一般市民は余程の怪我でもない限り出さないんじゃないかな」

「藍川の写真を見せた時に知らないと証言してました」

「もし人には言えないほど情けない被害なら隠すかもね」

「なら久崎は白ですか?」

「一旦捜査対象から外しましょう。最優先で博士を探せと部長からも催促されたらかね」


 今までの会話は露守の携帯電話に仕込まれた盗聴器でノミに聞かれていたのだった。



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 久崎くざきは自宅で夕飯を食べながらTVを見ていた。


 特集番組のMCが番組の説明をしている。

「――世界で初めて民間企業が主催する宇宙旅行ツアーが実施されます。その様子をライブ中継にてお伝えいたします」


 画面が切り替わり宇宙船が映し出されると、MCは宇宙船の解説を始めた。

 従来のロケットは使い捨てが基本で、打ち上げに莫大な費用がかかる。今回使用されるのは再利用可能型。二段階の打ち上げシステムになっていた。

 ドローンのように六基の巨大なプロペラを持つ上昇装置の中央に小型の宇宙用シャトルが連結されている。

 揚力の得られる限界高度まではプロペラで上昇し、そこからは宇宙用シャトルによる水平飛行で成層圏を離脱する仕組みだ。


 続いて乗組員の紹介が始まる。

 宇宙服を着た乗客が手を振っている。

 大手検索サイト、携帯端末メーカー、自動車メーカーのCEO、さらに石油王、不動産王、有名投資家など、そうそうたるメンバーだ。

 まるで旅客機に乗り込むような気軽さで宇宙用シャトルに入っていく。

「さあ、いよいよ発射の時刻となりました」

 プロペラが高速で回転を始めるとふわりと機体が浮かび上がる。

 宇宙用シャトルに内蔵されたライブカメラの映像も中継され、ワイプにより常に画面に表示されている。

 垂直に上昇を続け、みるみるうちに地上が遠のいていく。

 雲の中に入り画面が真っ白に染まると間を繋ぐためMCが色々な話をし始める。

「旅費は一人当たり十億円とのことです。私も一度でいいから乗ってみたいですね」


「宇宙か、アーガルで行けるかノミに聞いてみるかな」と、TVを見ながら久崎が呟く。


 プロペラで上昇し終えるとローターは斜めに傾き水平飛行を始める。

 十分加速したところでロケットエンジンが点火されさらに加速する。

 最高速度に到達すると上昇装置は分離し、宇宙用シャトルはさらに上昇を続ける。

 しばらくするとライブカメラの映像は宇宙に浮かぶ地球を映し出していた。

 そこでMCが慌てた様子で原稿を読み始めた。

「速報です。予定高度に達したシャトルですがエンジン出力が低下せず上昇を続けているようです! このままでは衛星軌道を離れ宇宙の彼方へ漂流してしまいます」


『なあノミ』と、思念伝達で話しかける。

『なんじゃ主殿』

『アーガルは宇宙へ行ける?』

『造作もない』

『じゃ、ちょっと行ってみようか』

『軽く言うのう』

『ノミを信頼してるからな。じゃダイブするぞ』

 久崎は寝室のベッドに寝ると、

「ダイブアーガル」と囁いた。

 アーガルの内部にあるコクピットは飾りで、操縦はフルダイブなのだ。


 視界はアパートの天井から金属で覆われた格納庫へと切り替わる。

 巨体ロボットを操作しているはずなのだが、自分の体を動かすのと違いは感じられない。

 足元でノミが手を振っているのが見える。

 天井のハッチが開き、月明かりが差し込むと薄暗い格納庫が明るくなる。

 雲の切れ目から星空が見え隠れしていた。

 アーガルの背中には宇宙用のブースターが装着されている。

「ブースター点火」

 背中に取り付けられたブースターの排出口から何かが噴射している音が聞こえるが炎などは見えない。

 ふわりと浮いたかと思うと、遠くに見えていた雲が急速に近づき、あっという間に通り過ぎていく。

 空と宇宙に明確な境目はない。気がつくとそこは真空の宇宙空間だった。


『民間のシャトルが遭難しているはずなんだけど』

 ノミもすでにシャトルの情報を掴んでいた。

『方角を表示するぞい』

 緑のサークルが目の前に表示された。

 宇宙空間に投影しているのではなく視覚情報に上書きされているのだ。


 衛星軌道上を地球の四分の一ほど進むと遭難シャトルを発見した。

 並走しながら手を振ってみると小窓から乗組員の慌てている表情が良く見えた。

『通信できるか?』

『接続したぞい』

「ハッハッハー、俺は夢でも見てるようだ、外にジャパンアニメのロボットが飛んでるぜ」

「落ち着け、まだ悲観する段階じゃない。対策会議をしている、諦めるな」

「俺が錯乱してるとでも? ライブカメラの映像を確認しろよ、ロボットがピースサイン出してるぜ」

「おい、バイタルサインが異常値に達している、いいから冷静になるんだ」

 久崎の勤める商社は海外と頻繁に取引するため、彼もそれなりに外国語を話せる。

「助けは必要かい?」と、ノミの声で質問する。設定上パイロットはノミなのだ。

「通信に割り込み? 誰の声だ!!」

「たぶんロボットのパイロットだ。こちらは燃料を使い果たし漂流中だ、助けてくれるのならぜひお願いしたい」

「了解だ。揺れるかもしれないからシートベルトはしておいてくれよ」

「ハッハッハー、快適なドライブになると嬉しいな」


 ドローン型上昇装置が接続されていたフックにアーガルは指をかけるとゆっくりと下降を始める。

 高速で大気圏に突入することもなく、まるで気球が降下するかのように快適な空の旅だった。

 地上につく前にシャトルは車輪を出し着陸の準備をする。

 アーガルがシャトルをそっと地上へ下ろすと待ち構えていたスタッフが拍手で迎えたのだった。

 インタビューしようと報道陣が集まるが、アーガルは再び上昇し、いずこかへ飛び去ってしまった。



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 翌日の朝のニュース番組はアーガルの話題一色だった。

 どこのTV局でも自称専門家が熱弁を振るっている。

「――ですから国家事業に相当する開発が秘密裏に行われて――」

「――あれは自衛隊が開発――」

「――私が入手したソースによると――」

 どれも妄想の類だが、専門家という謎の肩書で素直な市民は騙されてしまうのだ。

「この株価を見てください六菱重工がストップ高を更新し続けています。ご存知の通り日本での軍需産業トップシェアの企業です。これはアーガルの開発を六菱重工が請負っている証拠ですよ」

 数字を出されるとさらに騙されやすくなるのが素直な市民なのだ。


 久崎は自宅リビングにある液晶テレビで、潜水艦にいるノミは体内のチューナーで同じニュースを見ている。

『六菱重工の株価が凄い値上がりしとるのう』

『俺たちとは無関係なのに不思議なもんだ』

『主殿も株を買っておけば大儲けできたのに残念じゃのう』

『ギャンブルに興味はないさ』

『投資じゃろ?』

『言葉が違うだけでやってることはギャンブルだよ』

『賭け事が嫌いなのかね?』

『好き嫌いではなく興味が無いだけだよ。金の使いかたは自由だ、好きなだけ賭ければいい。俺が興味を持てないのは事前準備に時間がかかりすぎるからだよ』

『事前準備?』

『賭け事は情報戦さ。企業の業績を調べて株を買う。馬の体調を調べて馬券を買う。儲けを出そうとすれば、それに見合うだけの情報が必要だ。俺は金に困ってないし大金が欲しいとも思ってないからな。中年男性の一人暮らしなんて金かからないし、貯金は増える一方だ』

『主殿よ、何が楽しくて生きている?』

『それは楽しみが無ければ生きている意味は無いと聞こえるが』

『その通りじゃ、人間ならば、な』

『俺は楽しみが無くても生きて良いと考えている。無理に趣味を探す必要も作る必要もない。無趣味のヤツよりも、楽しみを追い求めるヤツのほうが世間に迷惑をかけていると思わないか?』

『それは偏見じゃろ』

『否定はしない。偏見もある。例えばコンビニ前で酒を飲んでいた半グレ、あいつらは楽しんでいたよな』

『悪い例を出すのう。確かに迷惑よりも楽しみを優先しておった』

『コンビニ前で飲んだのが悪いと思っていないか? あいつらが自宅で飲めば隣人が騒音被害にあう。飲むのが楽しいのではなく酔って騒ぐのが楽しいんだよ、あいつらは』

『確かにのう。じゃから主殿は酒を飲まぬのか』

『まあな。俺は自分の精神力を過信しない。酔って人に迷惑をかけない自信はない』

『主殿はほんとうに疲れる性格をしとるのう』

『自覚しているさ。だから他人と接触しないよう気を付けているだろ』

『まあ良い。ワシだけは愛想を尽かさんから安心せい』

『やめろ! 嫁みたいな発言は!』

『ふっふっふ、嫌なら結婚相手を見つけるのじゃな』



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 シャニーグループ。日本でも有数の大企業だ。

 家電、造船、保険、不動産、銀行、レジャーなど、あらゆる分野に進出している。

 本社ビルの役員用会議室には主だった重役が揃っており、今まさに代表取締役会長の激を受けている最中だった。

「わが社の業績は悪化の一途をたどっている。なぜか。今更詳しい説明は不要だろう、新規事業がことごとく失敗しているからだ」

 ――それはアンタの采配ミスだろう。

 役員たちは心の中で叫ぶがおくびにも出さない。

「パソコン事業を展開し失敗、自動車メーカーを立ち上げるも失敗。このままでは我がグループの行く末には破滅が待っている。そこでだ、新たな事業を始めることにした」

 役員たちは会長がどのような無理難題を言い出すだろうと冷や汗を流している。

 これまでの事業失敗も彼の強引な指揮が原因で撤退を余儀なくされたのだ。

「これからの時代はロボット産業だ! ライバル企業の六菱重工は軍需産業のシェアを八十%握っている。その牙城を戦闘用ロボットで突き崩すのだ」

 役員たちはなぜ会長がこのようなことを言い始めたのかおおかた予想できていた。アーガルが活躍し連日ニュースで報道されているからだ。

「会長、お言葉ですが、わが社にはロボットを製造できるほどのノウハウはございません」

「わかっておる。そこでだ、例の博士をヘッドハンティングする」

「それは無理かと存じます。彼女はどこへも技術を提供しないと明言しております」

「交渉をしたのか?」

「いいえ」

「ならばなぜ無理と断言した。条件次第では提供してもらえる可能性があるとは考えぬのか」

「あれだけの技術力、個人で制作したとは考えられません。あの子はどこかの企業の宣伝担当と考えるのが自然だと存じます。そうであったなら彼女をヘッドハンティングしても意味がありません」

「ならば背後の企業を突き止め、技術者をヘッドハンティングすれば良いだろう」

「確かにそうですが、警察でさえ彼女の身元を特定できてはいないようです」

「なぜそれを好機と考えぬのだ。まだ誰もコネクションを確立しておらぬのなら、わが社が独占契約できるかもしれぬだろう」

「そうですが――」

「もう良い、お前は言い訳ばかりだな」

 会長は集まる役員の顔を見渡し、

「ふむ……久下ひさか君、この件は君に一任する、博士を探し出しわが社との契約を掴んでくるのだ」

 企画推進部部長の久下竜介ひさかりゅうすけは心で泣きながら、

「お任せください、必ず快い返事を頂いてきます」と力強く返答した。


 ちなみに会長に口答えした役員は僻地へ左遷されたのだった。



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 翌日、総理官邸の閣議室では光宗みつむね総理が深刻な表情をしていた。

 成塚なりづか内閣官房長官が手元の資料を読み始める。

「各国からアーガルは日本の所有物なのかと問い合わせが来ております。無論、我が国とは無関係だと伝えましたが信じてはもらえず、アメリカと中国からは視察団を送ると通告されました」

「面倒なことになった」

「はい、まさか単独で宇宙へ行くとは思いませんでした」

「我が国の状況を考えて行動して欲しいものだ」

「救助された富豪たちから、ぜひお礼を伝えたいと連絡が来ております。もしその方たちと有益な関係が築けるならば多大な国益に繋がると予想されます」

「悪い話ばかりではないと言うことか」

「博士が会談の場に現れてくれればの話ですが」

「身元捜査に進展あったのかね」

「有力な情報は何一つ。オカルト的な噂話なら一件ございました」

「今は噂話に耳を傾ける余裕はないな……。はぁ~どうしたものか。情報を渡さなければ日本の警察は無能だと蔑視べっしされるだろう。いや、故意に秘匿していると疑念を抱かれるほうが危険か」

「総理、博士に呼びかけてみてはいかがでしょうか」

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