第8話 博士

 パソコンを操作しながら書類を整理しノミと思念伝達する。並列作業のできる久崎慧也くざきけいやは、もしかするとハイスペックなのかもしれない。

『主殿、なかなか神罰は下らないのう。やはり神様は我らを試してなどおらぬのじゃ』

『逆なんだよノミ。美少女戦隊を作ろうとしたことが誤りなんだ。トラウマをかかえた女性が選出さたのは偶然ではなく、神の導きによると考えたほうがしっくりくる』

『超理論じゃ!』

『他人に頼るな、己が力のみで遂行せよ。そう下知げじされたのだ』

『主殿が楽観的なのか悲観的なのか、よ~わからんよ。まぁ、神罰に怯えて引き籠らないだけマシかのう』

『偉大なモーツァルトは「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」と言い残し死んだらしいからな。俺も見習って仕事を続けているだけだよ』

『たぶん違うと思うが、まあよい。それで、美少女戦隊は中止するのじゃろ、まだ神に尻尾を降り続けるのかね?』

『群雄ではなく一騎当千。分散管理ではなく集中管理。ビジネスモデルも回帰するのだ』

『意味がわからんわい。で、具体的には何をするのじゃ』

『ロボットを作る』

『は? 今なんと?』

『ロボットだよ、人型作業機械だ』

『ワシのことか?』

『お前はアンドロイド。そうだな7メートルぐらいの大きさがいい』

『デカいのう。そんなものどうするのじゃ』

『人命救助だ。地震や津波などの災害で活躍させる。影のヒーローは精神的に疲れるからな、これからはオープンにする』

『いよいよ主殿が表舞台に出るのか』

『まさか、俺は安定志向だって。もちろんノミが広告塔だ』

『薄々気づいておったわい』

『災害現場にいきなりロボットがあらわれたらパニックになるからな。先に知名度を上げる必要がある。だからコレだ』

 久崎はWebブラウザを開きホームページを表示させた。

『コレ、と言われてもワシには見えんがな』

『近々開催される産業ロボット博覧会。これに出品するぞ』



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 東京のお台場にある展示場にて開催中の産業ロボット博覧会、そこの屋外展示エリアに人だかりができていた。

 その中心に立つのは全高7メートルほどの人型ロボット。

 建設現場などで見かける角ばった重機ではなく昆虫に近い印象を受ける。それは関節部分がアクチュエータではなく筋肉や筋を思わせる生物的な形状をしているためだ。

 少し青みのかかった白い流線形のボディーは神秘的な雰囲気をまとっていた。

 神の使いを意識して久崎がデザインした初稿は、あまりにも天使に近い造形だったのでノミが昆虫のテイストを加え改良したのだ。


 展示スペースには見物客が近寄れないよう等間隔にポールが置かれ、その間をロープが張られている。

 数か所に看板が立ち、そこには『10:00~12:00 説明会』と書かれていた。

 見物客の多くが携帯電話で写真を撮り、知り合いにロボットの説明をしている。


 九時頃。説明会まで時間があるにもかかわらず人が去る様子はなく逆に増え続けていた。

 屋外展示場に入りきらないほど人が集まり、このままでは怪我人が出る恐れがある。

「は~い、すみませ~ん、通りますよ~」

 スーツ姿の男性たちをかき分け小柄な女の子が展示スペースへと近づく。

 ロボットの下に到着すると、手に持っていた手提げ袋からスピーカーマイクを取り出しスイッチを入れる。

「開始時間まで少しありますが、予想以上に人が集まっていますので少し早く始めたいと思います。お集りの皆様こんにちは。私はコンパニオンではございません、このロボットの開発者です」

 スピーカーマイクによって拡声された声が会場に集まる人々に届いた。

 もちろん話しているのはノミだ。

 ショート丈のジャケットにキュロットスカート。長い髪は軽く編んで前に垂らしている。

 高校生ぐらいの子が開発したとは考えられないのだろう、会場がざわついている。

 そんな会場の雰囲気など気にせずノミは話を続けた。

「このロボットの名前はアーガル。全高約7メートル、重量約3.5トン。燃料と動力源については機密事項です。背中のハッチがコクピット入口で、パイロット1名で操縦します。災害時の救援活動を想定し開発してあり、五指による精密作業が可能で、瓦礫の撤去など幅広く活躍できると考えております」

 次々と語られる新技術の説明に会場は置いてけぼり状態になる。

「――と、このように。……どうやら説明が早すぎたようですね。では、ここからは質疑応答に移りたいと思います。スピーカーマイクをお渡ししますので質問のあるかたは挙手願います」

 半数近くの観客が手を挙げた。

 ノミは手提げ袋からスピーカーマイクを二本取り出すと会場の左右へ行きマイクを一本ずつ渡す。質問には左右交互に答えていくようだ。

 スーツ姿の男性が、

「君の名は?」と質問する。

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。でも名前は秘密にさせてください。今は博士とお呼びください」

 質問は一人一問で、リレーのバトンのようにマイクが手渡されていく。

「ロボットは男子の夢ですよね! なぜ女子である博士が作ろうと考えたのですか?」

「ロボット好きの女子もいますよ!」

 なぜか会場から歓声と拍手がおこる。

「空は飛べますか?」

「もちろん飛べます。被災地は道路状況が悪いですからね、空から救援に向かう予定です。ヘリコプターのホバリングなどは強い風を起こしまが、このアーガルは重力制御装置により無風で浮遊できますから被災地を荒らす心配はありません」

 質疑応答が繰り返され、時折冗談を交えた回答で会場に笑いがおこる。

「――はい次のかた」

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべる男性がマイクを受け取った。どうやら噂を聞きつけた新聞記者らしい。隣にはカメラをかまえた男もいる。

「武器はなにがありますかぁ~」

「救助活動に武器は必要ありません。はい次のかた」

「おっと誤魔化さないでくださいよ、それ兵器でしょ、戦争に使えるでしょぉ~?」

 挑発したような口調はわざとだろう。怒らせて口を滑らせる腹積もりだ。

「あなたと平和について議論する気はありませんが、誤解された情報が拡散されるのも困るので説明しましょう。偉大な科学者ノーベルは戦争の抑止力としてダイナマイトを発明しました。しかし結果として戦争の激化を生んだ。核ミサイルも国防のための抑止力と言いつつ、各国で乱造され、いつ発射されてもおかしくない状況になった。問題はどちらも比較的簡単に作れ、誰にでも使えるという点です」

「核ミサイルは簡単には作れんでしょぉ」

「どの国もその気になれば量産できますよ。まあ核戦争が始まれば量産体制が整う前に世界は亡ぶでしょうけどね。ですから私はアーガルの製造方法も技術も公開するつもりはありませんし、どの国にも売りませんし、この機体は私しか操縦できないように作ってあります。よって私は戦争に使用するつもりはありません。これが回答ですがご納得頂けました?」

 にっこりと笑みを浮かべるが目は笑っていない、質問した男性に『もうお前は黙っていろ』とプレッシャーを与える。

 記者はまだ何か言いたげな表情をしているが、周囲の雰囲気がそれを許しそうにない。

「お集りの皆様、申し訳ありませんがお時間が過ぎたようです。説明するきかいはいづれ、また」

 ノミが深々とお辞儀をする。

「まってください、もう少し質問を――」

 他にも記者がいたようで、ノミを懸命にひきとめようとする。


 アーガルの背中のハッチが開くと、足を掛けられるフックの付いたワイヤーが降りてくる。

 ノミが足をかけワイヤーにつかまるとスルスルと引き上げられた。

 コクピットに乗り込むとハッチが閉じる。

 アーガルが膝を軽く屈伸させるとふわりと機体が浮かび上がる。

 エンジンなどの起動音もなく、関節の動きに機械的な動作音もなく、ほぼ無音なのだ。

 さらに飛行機やヘリなどが飛び立つときのように周囲に突風を噴き出すようなこともなく、まるで風船が浮かび上がるような静けさで遥か上空へと昇って行った。

 会場は、ロボットが飛ぶ姿を見れたことを喜ぶ客と、信じられない光景に放心する客に二分された。



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 アーガルは太平洋沖まで飛行すると高度を下げていく。

 それと呼応したかのように海中から巨大な物体が浮上してきた。

 ネイビーブルーの潜水艦だ。

 卵を薄く潰したような楕円形で凹凸が程んどない。

 スクリューや排水口もなく、どのような原理で進むのか外見からは判断できないだろう。

 船体の中央が音もなくスライドしハッチが開くと、その穴へアーガルが降下する。

 ハッチが閉じると潜水艦はゆっくりと海中へ沈んでいった。


 この潜水艦は露守警部補が久崎のマンションを始めて訪れた日の翌日に建造された。

 その日からノミはこの潜水艦の中で生活をしている。

 隠し撮りなどでノミの姿を撮影されるのを防ぐのが目的だ。

 なので久崎とノミは思念伝達で頻繁に会話をしているが、数えるほどしか対面していない。

 家事を手伝うために作成したアンドロイドなのに、なぜか久崎は一人暮らしを続けており、生活は楽になってはいなかった。



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 産業ロボット博覧会は主に製造メーカーが観客となるため開催は平日に行われる。

 久崎くざきは普段通り会社で仕事をこなしていた。

 会場で技術的な説明を行っていたのはノミだが、質疑応答からは思念伝達で久崎がサポートしていた。

『お疲れ~』

『どうじゃった?』

『上出来だ。TV局のカメラも何台か来ていたし、お披露目の効果は十分だろう』

『やはり戦闘に使えるか聞いてきたのう』

『想定内だ。俺だって突然巨大ロボが現れたら驚くし、戦争の道具じゃないかと疑うよ。だからこそ美少女が博士かつパイロットというステータスが安心感を与えるんだ』

『ワシが美少女』

『おまえじゃない、褒めたのは藍川あいかわだ』

『同じじゃろ』

『お前を褒めると付けあがるからな。あ、でも話し方は若い女性らしかったぞ』

『そうじゃろ~特訓の成果よ。ニュースキャスターの、ほれ、あの子』

牧嶋絵里佳まきしまえりかか?』

『そう、その子じゃ。話し方を参考にしとるぞ』

『TV局が襲撃された後、暫く休んでいたが復帰したな』

『あの子が被害におうたのはワシらの責任じゃ』

『そうだな、いつか何らかの形で償えるといいな』

『プレゼントなど、どうじゃ?』

『あの子がアイドル並みに人気があるの知ってるだろ、いまさらプレゼントが1つ増えたところで喜ばないさ』

『ならば困っている時に助けるのはどうじゃ』

『それなら良いかもな、俺たちの目的に即している』

『では彼女に盗聴器を仕掛けても良いかのう』

『まあ聞くのはお前だし良いんじゃないか』

『任せておけ。では行ってくる』

『あ~あと、救助活動が必要なニュースがないか報道機関をチェックしておいてくれ。まずは知名度が上がるまで活動範囲は首都近郊に絞ろう』

『心得た』



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 昼の休憩時間。

 TVが設置してある会議室ではニュース番組が放送されていた。

 弁当を持参している社員はTVを見ながら食事をしている。

 小井戸沙来こいどさきもその中の一人だ。

 ニュースキャスターの牧嶋絵里佳まきしまえりかがアーガルの話をしている。

「――と、空高く飛び去ったアーガルですが行方は掴めておりません。展示会を開催した運営会社は巨大ロボットが出展されるとは聞いていなかったと答えています」

 TVにノミが映し出されると小井戸の手が止まる。




 あの子、この前久崎さんと一緒にいたわよね。

 博士? どういうこと? あのロボットの製作者? 嘘でしょ?!

 そんな凄い人と知り合いなんだ。

 名前は秘密なのね。久崎さんなら知ってるかしら。

 服をプレゼントしてたわよね、……もしかして恋人?

 そんなはずないわ、どう見ても十代じゃない。

 それに凄く可愛いし。

 あんな冴えない男、もてるはずないじゃない。

 見間違いよ、他人の空似よ、なんで私が気にしなくちゃいけないのよ!




 小井戸がはしを鷲掴みにしてお弁当のハンバーグに突き刺すと、隣にいた同僚に

「大丈夫?」と心配されたのだった。



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 警察署の食堂で昼食を食べていた露守つゆもり酒田さかた

「露守さん! あれっ、あれっ!!」

「なによ慌てて」

 TVにノミが映し出されている。

 驚いた露守はスパゲティの絡まったフォークを床に落としてしまった。

「あれ藍川あいかわですよね! なんでTVに出てるんですか!」

「しっ、静かに」

 落ちたフォークを拾わずに食い入るようにニュース番組を見ている。

「いたっ、おい露守! あ、気づいたか」と、京本きょうもとも食堂へやってきた。

「これアイツだよな」

「そうですね藍川だと思います。ほんとにいたんですね。名前は非公開か」

「まさかロボットの開発者だったとはな。砂金いさご研究員の見立ては間違えていなかったようだな」

「京本君は秘密結社がほんとうにあるなんて信じるの?」

「これだけ巨大な物的証拠が出てしまうとな、信じずにはいられないだろ」

「じゃあこれまでの事件はすべてこの博士がひきおこしたと?」

「無関係ではないだろうね」

「信じられない、現実離れし過ぎてるわ」

「TV写りもいいしアイドルと遜色ないですね~。写真も可愛かったですけど、動いているとさらに可愛いですね」

 険しい顔の露守に対し酒田は笑顔だった。

「なに鼻の下伸ばしてるのよ!」

「今は休憩時間なんだし、いいじゃないっすか」

 露守は溜息を漏らす。

「このロボット、銃刀法違反にならないんですかね」

「ロボットを製造している一般企業もあるし、銃弾を発射する装置がなければ違法とは言えないだろうね」

 浮かれる酒田に対し京本は冷静だった。

「弾なんてなくても踏みつぶされそうですけどね。そんな殉職は嫌だなあ」

「もし逮捕するにしても警察じゃ無理だね、これは自衛隊の範疇はんちゅうだよ」

「ドラマならこんな展開は……ないですね、ロボットが登場するシーンなんて」

 露守は落ちたフォークに気付き拾うと、

「まずは事情聴取。展示会の運営会社から出品者の情報を引き出しましょう」

「はいっ!」

 食事を中断し露守と酒田の二人は急いで会場へ向かうのだった。



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 カーテンをひいた薄暗い部屋で死んだ魚のような目をした鹿熊彩由美かくまあゆみはニュース番組を見ていた。

 肌は荒れ目の下にくまができている。

 TV局を襲撃したのが彼女だとは誰にも知られていない。

 しかし犯罪者の心理とは複雑で、いつ警察が玄関をノックするのだろうと酷く怯えていた。

 会社は無断欠勤が続き、心配になり見に来た上司も彼女に会えず帰るほどだ。


 TVの画面にノミが映し出された。

 ノミとは変身スーツの受け渡しで対面している。

「この女、あの時の……。私から全てを奪った……。すべてこいつのせいだ……。許さない、許さない、許さない、許さない、許さない――」

 まるで呪文を唱えるかのように繰り返し許さないと呟き続ける。

「どうせ捕まるのならこの女に復讐してからだわ」

 鹿熊はゆらりと立ち上がると台所に包丁を探しに行くのだった。

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