第7話 心的外傷
昼の休憩時間。
味噌タレとタルタルソースが両方味わえるお気に入りのメニューだ。
かつとごはんを口いっぱいにかき込み満足そうに
客も見られるようにテレビがついておりニュース番組が放送されていた。
ニュースキャスターの
「こ、これは当方のTV局に侵入している不審者のライブ映像です。特撮ヒーローのようなコスチュームを着ています。け、警備員を投げ飛ばし収録スタジオへ押し入り籠城しているもようです。男性スタッフが暴行され倒れているようです」
スタッフが新たな原稿を横から差し込むと、
「――あ、はい。不審者から要求がありました。マイクをよこせ、そしてこの放送を全国へ流せ、断ればスタッフの命はないと思え、とのことです」
久崎はご飯を喉に詰まらせ激しくむせ返る。コップを掴むと勢いよく水を飲み詰まった物を無理やり胃へ流し込んだ。
『おい、ノミ!』
『どうした主殿、そんなに慌てて』
『お前の体、TVの電波は受信できたよな!』
『無論。主殿が美少女戦隊を作りたいと言うから特撮物を見て学習しておるわ』
『今すぐニュース番組見ろ!』
『藪から棒になんじゃ――あ、これは……』
『理解できたか。お前はそのTV局へ急いで向かえ、俺はダイブの準備をする』
『承知した』
久崎は支払いを済ませると急いで社へ戻り休憩室へ向かう。
だが昼は休憩室が最も利用される時間帯で空き部屋がなかった。
しかたなくトイレの個室へ入り、洋式の便座のフタを下ろし、そこへ腰を下ろす。
体の力が抜けて床へ倒れないよう体を丸めてからノミへダイブした。
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久崎の視界が切り替わると、ビルの屋上が急速に接近してきた。
『あぁ~~~~~~』と、情けない叫び声をあげる。
まるでトランポリンの上で飛び跳ねるように、ノミはビルの屋上をジャンプで移動していく。
「遅かったな主殿、もうすぐ到着するぞ」
『心臓に悪いわ!』
「ワシに心臓はないけどのう」
『そのボケはもう聞き飽きた。で、オマエ。いったいどんなヤツに変身スーツを渡したんだ』
「主殿の要望通り正義感の強い女性じゃよ」
『なぜそいつがTV局で暴れてるんだよ!』
「さあのう。お、話を始めたぞい」
ノミは久崎にも見えるように空中にTVの映像を投影した。
マイクを受け取った変身ヒーローがメッセージを伝え始めた。
「この世界は狂っている! 一部の者だけが優遇され大多数の者が虐げられているのだ! 救うべきは弱者ではないのか! 平等こそが至高である!」
『過激な共産主義者みたいだな』
「悪くはないのじゃろ?」
『難しい問題だな。人間に個性があるように国にも個性がある。それが資本主義や共産主義なんだ。良し悪し含めて個性だから優劣は付けられないし安易に否定もできない。国民全員が納得できる政治なんてあるものか。主義が合わないのなら他国へ行けば良いんだよ』
「人選を間違えたかのう」
『気にするな誰にでもミスはある』
「あ、主殿が優しい……」
『部下のミスは笑って流し、査定でマイナス付けてボーナスを減らすのが社会人なのだよ。へたに叱って逆切れされるとたまらんからな』
「うわっ、少し尊敬したのに幻滅だわい」
TV局の屋上に到着したノミは赤色のヒーロースーツを装備する。
バンクで時間を稼ぐ必要はないので変身は一瞬で完了した。
※バンクとはアニメや特撮などで変身シーンを流用するシステム。制作コストを減らすため尺の長いシーンを使いまわすのだ。
収録スタジオにいるのは青色のヒーロースーツを着た
鹿熊は演説を終えるとニュース番組を収録しているスタジオへ移動し始める。
中継はそこで途絶えTVの映像は『しばらくお待ちください』と表示されている。
ノミは合鍵を作り局内へ侵入する。
『隠れる必要はないから急いでスタジオまで行くぞ』
「了解」
堂々と走って通路を移動する。
騒ぎを知っている社員は同じスーツを着たノミを見て怯えて逃げだし、知らない社員は撮影でもしているのだろうと気にもとめない。警備員は
久崎は体の制御をノミから引き継ぎスタジオの中へ入る。
「やあ!」と、あかるく手を挙げて挨拶する。
逃げ遅れたニュースキャスターの
「ひっ!」、声にならない悲鳴をあげた。
壁際に
「えっ……。そう、あなたもあの女から石を受け取ったのね。私以外にもいたなんて予想外だわ」
ノミは正体を隠すためボイスチェンジャーで変声している。もちろん久崎の声でもない別の女性の声だ。
「こんな所で立ち話もなんだから喫茶店にでも行って語り合わないか?」
「冗談に付き合う気はないわ、邪魔よ帰って」
「君は共産主義者なんだろ、俺もなんだ。話が合うと思うんだけどな」
「はぁ? 誰が共産主義者よ、勘違いしないで」
「えっ??? 平等にするべきだって主張してたよね?」
「資本の分配なんてナンセンスよ。私が伝えたいのは生まれ持った美についてよ!」
「ごめん、ついていけない。説明してくれないか?」
「人間は生まれた瞬間に格差があるのよ。それが顔の造形、美しさよ。美人というステータスだけで甘やかされ、もてはやされ、勝ち組み人生が約束される。そんなの許されると思う? 勉学し良い会社に入り高給を得る、素晴らしいわ! 体を鍛えプロスポーツ選手になる、尊敬するわ! 努力の対価として報酬や
「美人だって化粧をしたりダイエットしてるだろ」
「そんなの私でもやってるわよ! むしろ美人以上に気を付けているわ!! この女がいい例よ、原稿を読むのが下手なのに美人ってだけでニュースキャスターに抜擢される。向上心のかけらもないからいつまでたっても上手くはならない。それなのに人気は上がり続ける。これでも努力してると言える? あ~こいつらが憎い憎い憎い憎い!」
今にも牧嶋へ襲い掛かりそうな剣幕だ。
「憎んでも仕方ないじゃないか、美人をやめるわけにはいかないんだから」
「そうね、その通り。だから勝ち組から引きずり落とすのよ。まずはミスコンを辞めさせるわ、美の祭典なんて格差を生むだけよ。レースクイーンも廃止ね、水着になって傘を持つだけでお金が貰えるなんてバカげてる。雑誌の巻頭グラビアも禁止よ、コンビニで見るたびに本棚を倒したくなるわ。TVCMに女優が起用されるものダメね、幸せそうな顔が怒りを増幅させるわ。美人声優も論外、声だけ出してればいいものをTVに出演するようになった」
「なあ、今あげた女性たち、全員不幸になるだろ」
「生まれてずっと優遇されているんだから、こんなの不幸のうちに入らないわよ!!」
「ミスコンもレースもグラビアも、見なければいいじゃないか」
「目を閉じて歩けと言うの? 町のいたるところに美人が侵食してるのよ。そうだ、美人を起用した広告も廃止すべきね」
「君の主張は納得してないが理解はできた。たしかに解決できない問題だ。でも、だからといって暴力は許せないな。君の足元に倒れているスタッフ、それについては言い逃れできないだろ」
牧嶋を庇い盾になった男性スタッフたちが血を流し床に倒れていた。
「美人を増長させた男たちも同罪よ。広告主、TV局の関係者、応援したファンども、すべて
「この世界から美を消し去ってどうするんだ、灰色のデストピアなんて住みたくないぜ」
「それは男の言い分よ。私からすれば今がデストピアなのよ!」
「そんなに嫌ならこの国を出ればいい!」
「美人のいない国なんてないわ!!」
「あ、そうだね……。君の言う通りだ」
「わかったのなら出て行って! 今からこの女の顔を殴って二度とTVに出られなくしてやるんだから。ハッハッハッハ! 美人に生まれた自分を呪うがいいわ!」
「無理だよ」
まるで操り人形の紐が切れたように、青スーツの鹿熊は膝から崩れ落ちその場に倒れてしまう。
「時間稼ぎ成功。念のためスーツは充電式にしておいたんだ。変身は解けないから安心して。体が動かせないだけだよ」
「そんなの、説明には、書いて、なかった……」
「不利な情報は明記しない。社会人の常識だよ」
ノミは鹿熊を担ぎ上げるとその場から逃走したのだった。
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二人ともヒーロースーツは解除している。
睡眠薬で眠らせている鹿熊を、泥酔している人に肩を貸すようにして引きずりながら部屋へ運び入れる。
ノミの身体能力ならお姫様抱っこも可能だが一般女性を装っていた。
ベッドに彼女を寝かせ、ふぅと溜息を漏らす。
アンドロイドの体なのだから疲れるはずがないのだが、心の疲労は別のようだ。
彼女からは安らかな寝息が聞こえてくる、体に支障はないらしい。
部屋にはダイエットの器具や化粧品が所狭しと置かれていて、彼女が常日頃から努力していたことを証明していた。
ここまでする価値が彼女にはあるのだろうが、久崎には理解できない。
ノミ(久崎)は鹿熊の顔を見ながら、
『そんなに酷い顔か? 俺には普通に見えるんだが』
『ワシもじゃよ。でも美人とは決して言えぬ。そこに彼女の苦悩があるのじゃろう。初めて
『わからん。いや、わかりたくない。俺も二枚目ではないけど他人を呪うほどのコンプレックスはないからな』
『美的感覚は他人と比較できぬからのう。だからそこ解決できぬ問題なんじゃ。彼女の叫びに心が締め付けられたわい』
『解決策がないわけじゃない』
『あるのか?』
『整形手術だよ。他人を傷つけるぐらいなら自分の顔にメスを入れれば良かったんだ。けど俺はどんな顔だろうとその人の個性だと思う、だから反対だし、あの場では言わなかった』
『美少女好きの主殿とは思えぬ発言じゃ』
『ノミよりも美人があらわれても、俺は顔を作り替えろとは言わない。もうその顔は
『よせやい、惚れてしまうじゃろ~』
『黙れ、高級ラブドールが。……しかし、この人には悪いことをした。変身スーツがなければこんな騒ぎを起こさなかっただろう』
『心の奥に隠していた箱をワシが開けてしまったのじゃろうか』
『いや、まあ、それも含めてこの人の心の弱さだし』
『その気づかい。いつもの口癖はどうした? 社会人の常識があるんじゃろ』
『これでも一応ノミを慰めてるんだよ。俺の失敗でもあるし。……そうだな、自分の失敗を素直に認める、社会人ではなく人間としての常識かもな』
『隊員集めはどうする? 心の弱さまで見抜くのは難しいと思うがのう』
『美少女ハーレム戦隊計画は中止だ』
『いままでハーレムなんて一言も――』
『しまった本音が出た』
『ハッハッハ、主殿と思考を共有しているワシに冗談は通じぬわい。変なところで気を使うんじゃな』
『うっさいわ』
『この女性はどうするね』
『放置だ。変身スーツがなければ今まで通りの生活に戻るだろう。はぁ……今回も犠牲者を出してしまった。もう神は許してくれないだろう。俺が消されるか、世界が消されるか、怯えながら余生を暮らそうじゃないか』
ノミは静かに部屋を後にしたのだった。
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警察署の休憩コーナー。長椅子に露守と京本が座っている。
まるで老夫婦のように生命エネルギーが枯渇しており、そよ風でも倒れてしまいそうだ。
理由は捜査に進展がなく完全に行き詰っているからだ。
「通販の件はどうなったんだ」
「彼女へのプレゼントでしょうね」
「その彼女にアリバイは」
「犯行時刻、知人の家に向かう姿が街の防犯カメラに映っていたわ」
「じゃあ幽霊は今だ発見できずにいるのか」
「幽霊ですもの、見えないのは当然だわ」
二人そろって長く大きなため息を漏らした。
「また幽霊の話をしとるのかね。君たちのオカルト好きには脱帽するね」
科学捜査研究所の
「ふぅ、気持ちがいい。こうすると気分が晴れるよね」
「ソレハイイデスネ」と、露守は心のこもっていない返事をする。
あなたたちもこうやって気分転換したら? というジェスチャーだったのだがスルーされた。砂金はふぅと溜息を漏らすと、
「まるで水に入れたリトマス試験紙のように反応が薄いね。そんな二人に少しだけ情報を流してあげよう。全くの無関係でもないしね。TV局を襲撃した犯人と銀行にあらわれた黒タイツの不審者、カメラの映像から割り出した結果、なんと体形が一致するんだねこれが。あ、ちなみに赤いほうね。青いほうはグラビアモデル並みのグラマラス体型だから」
「ほんとうですか!?」と、二人の刑事の顔に生気が戻り始める。
TV局は管轄外なので詳細な情報は知らされていなかった。
放送は途中で途切れたため視聴者は赤スーツの存在を知らないが、警察は証拠として録画データを貰っている。
「私は科学者、嘘をついても意味ないよ。聞くところによるとTV局の警備員は素手で倒されたようだね。それも体術ではなく純粋に力のみで。これってありえないんだ。力は筋肉の量でほぼ決定する、しかし青スーツは細腕だ。ならば考えられるのはスーツの力だよね。黒と青、どちらも高性能のスーツを着ていた。これって無関係とは思えないよね」
「ならコンビニの喧嘩も」
「それは断言できないね。黒と青はボディーラインが見えるから計測できたわけ。まあ服の下にスーツを着ていた可能性は十分考えられるけれど」
「そう言えば、前に秘密の組織が絡んでいると予見してましたよね」
「あの段階では非現実的な事象を否定するだけの根拠のない予測だよ。一度だけ成功した実験など偶然にすぎない。けど二回続けば規則性が生まれ、三回再現できれば法則になる。もう一度スーツの不審者があらわれたら秘密結社の存在は確定だよね」
「どうかな?」と、露守は京本の顔を覗き込む。
「空き巣退治、銀行強盗の阻止、これまでは治安維持に協力してくれていると考えていた。しかしTV局は傷害事件の被疑者だ、同一人物とは思えない」
「ニュースキャスターが赤と青の会話を聞いていたんだ。どうやら二人にスーツを渡した別の女性がいるらしいね。それと青が動かなくなったのは充電が切れたから、だそうだ。おそらく赤は青を止めに来たんだ。秘密結社も一枚岩ではないのかもね。もしくはスーツを盗み出されたか……」
「いったいどこから捜査すれば」
「それは刑事の仕事だから私の範疇ではないね。まあ、しいてあげるなら研究施設かな。スーツを開発するにせよ実験するにせよ場所は必要だよね。事案のほとんどはこの署の管轄内なんだから施設も近くにあるんじゃない?」
「
露守の目はやる気で輝いていた。
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フリーカメラマンの
夕方、ボロアパートを出で久崎のマンションへ向かう。
マンション近くのビルに謝礼を払い屋上へ入れてもらうと望遠カメラを設置する。
ファインダーにはリビングルームでくつろぐ久崎が写っていた。
あいつには必ず何かある。
若い女性に尾行されるなんて普通のヤツじゃない。
痴情のもつれ……。
いや、あの子はかなり可愛らしかった、冴えない中年野郎が好かれるわけがない。
銀行に出没した不審者はあいつなんだろう。
彼女はそれを知り証拠を集めているのかもしれない。
警察に通報しないなんて優しい子じゃないか。
この前の銀行強盗はダブルブッキングで失敗したんだろう。
なら近いうちに次の銀行を襲うはずだ。
犯行の証拠が撮れればスクープ間違いなし。
特ダネさえあれば正カメラマンも夢じゃない。
待ってろ
いつでもシャッターが切れる状態で4時間粘る。
だが久崎は就寝するまで誰とも会わないし、電話もしない。
この張り込みも数日続いていた。
もう後には引けない彼は無駄な時間を延々と消費するのだった。
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