第6話 破滅の宝石

「おはようございます。今朝のニュースをお伝えします」

 ニュースキャスターの牧嶋絵里佳まきしまえりかがTVに映っている。

 朝と昼のニュース番組の顔であり、アイドル以上の人気を誇っていた。

 透明感のある爽やかな声で、明るいニュースは楽しく、凄惨なニュースは陰鬱に読む癖があり、キャスターとしては不合格なのだが視聴者には評判が良かった。

 歌手デビューや映画への出演依頼も来ているが全て断っている。

「先日お伝えした銀行強盗事件に続報が入りました。人質の証言から犯人とは別に不審者がいたらしく、警察が突入する前に犯人を取り押さえたとのことです。この件について警察は捜査中であり詳しい内容は公表できないと発表しています」


 TVを見ていたフリーカメラマンの樽野公哉たるのきみやがニヤリと笑う。

「どうしたのお父さん?」

 息子の和隆かずたかが心配そうに父親の顔を覗き込む。

 朝食の最中で、折り畳み式の小さなテーブルの上にはトーストとインスタントのコーンスープが用意されている。

「どうやら俺にもツキが回ってきたみたいなんだ」

「ツキ?」

「ニュースの事件な、お父さんが追っている山と同じかもしれないんだ」

「へぇ~すご~い」

「良い写真が取れたらいっぱいお金が入るからな、そしたら美味しい物をい~っぱい食べような」

「うん!」

 六畳一間のボロアパートに父と子の二人暮らし。

 売れないフリーカメラマンに嫌気がさし、妻は男を作って家を出た。

 特ダネさえあれば出版社の専属カメラマンにしてもらえるし、安定した収入が得られる。だが数年間何の成果も出せていない。

 そこへ銀行強盗のニュース。

 数日前から警察署に通い刑事から情報を集めていた。

 もちろん簡単に教えてくれる者などいないが、断片的な話を繋ぎ合わせると露守刑事の追っている男が銀行強盗に関係しているのではないか、という結論に至った。

 露守たちの張り込みに偶然遭遇したわけではない、警察署から出動する覆面パトカーをバイクに乗り尾行したのだ。

 樽野はデジタルカメラからノートパソコンに移動させた写真を開く。そこには久崎と小井戸が写っていた。

「なに見てるの?」と、息子がノートパソコンを覗き込む。

「この二人が犯人かもしれないんだぞ~」

「こわ~い」

 本気で怖がってなどいない、父とじゃれあっているのだ。

「保育園は楽しいか?」

「うん! 今日も美香みかちゃんと遊ぶんだ」

 好きな女の子なのだろう、会話の中で何度か聞いたことのある名前だった。

 息子が食事を終えたのを確認する。

「さあ、保育園へ行こうか」

「うん!」

 ハンガーから園服を取り息子に渡すと、息子はおぼつかない手つきで着るのだった。

 樽野はノートパソコンを閉じる。

「この写真だけじゃダメだ、もっと決定的なシーンを撮らないと……」

「なにか言った?」

「独り言だよ。さあ行こう」



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 久崎くざきは会社で仕事をしながらノミと思念伝達していた。

『どうだ、俺の理想とする人物はいたか?』

 ノミは警察のデータベースにハッキングし個人情報を閲覧している。

『容姿端麗、性格が良く、正義感も強い。そんな都合の良い女性が簡単に見つかるわけなかろう。条件の緩和を進言する!』

『できませんは禁句だぞ、社会人として』

『ワシは社会人ではないし、むしろ目的遂行のための改善提案は称賛されるのではないか?』

『一理ある。なら性格は除外しよう』

『まて主殿、容姿のほうが優先度低かろうよ』

『いや、それが最重要ポイントだ。目指すは美少女戦隊なのだからっ!』

『少女限定など聞いてはおらぬぞ』

『おいおい、ノミがレッドでリーダーなんだから年齢揃えるのはデフォだろうが』

『ワシがリーダーやるの???』

『あたりまえだろ、俺は謎の司令官役なんだから』

『主殿はハーレムに興味ないと豪語しておったのに、なぜ美少女戦隊なんじゃ』

『美少女が怪人に拘束される姿は綺麗だろ』

『は? すまぬ、思念伝達に齟齬そごが発生したようじゃ、もう一度言ってくれるか』

『触手に手足を拘束され身動きひとつとれないのに、怪人を睨む美少女の瞳には正義の炎が燃え盛っているのさ。そこへ助けようと集まる美少女たち、しかし次々と拘束され全員が触手の餌食となる。目に宿る炎が消沈したところへ謎の司令官登場! 必殺武器を託し形勢逆転。美少女たちは謎の司令官ではなく必殺武器に感謝。司令官である俺は背中を向けて泣くのさ』

『わからぬ、主殿が何を熱く語っているのか全く理解できぬ、それのどこが良いのじゃ?』

『好意や感謝を期待して助けたわけではないのに、結果として空気のように扱われるシチュエーションにゾクリと来ないか?』

『性癖が上級者すぎてワシついていけない……』

『やはり道具であるノミには崇高すぎたか』

 久崎はクックックと含み笑いしていた。


「久崎さん」

 ふり向くと小井戸沙来こいどさきがショップバッグを持ち、すぐそばに立っていた。

「これ、預かっていた服よ」

「急に面倒なお願いをして悪かったね、助かったよ」

 久崎は躊躇ちゅうちょなく笑顔で受け取る。

 小井戸は、もし自分へのプレゼントなら袋を受け取らないか、このタイミングで切り出すだろうと予想していた。しかし彼はそんな素振りもなく塩対応。勘違いしていたと悟り、自惚うぬぼれた己を恥じ頬を赤らめた。

「えっと、その、じゃ」

 その場から逃げるように走り去って行く。


 遠くから見ていた他の社員たちには二人の会話は聞こえていなかった。

 事情を知らない者たちは、小井戸からプレゼントを渡し、久崎が受け取り、嬉しさのあまり頬を赤らめて去ったのだと誤解したのだ。

 恋愛の噂は病原菌の感染パンデミックよりも早し。

 久崎と小井戸が交際していると会社中に知れ渡るのに半日も必要なかった。

 学生ならば冷やかし半分で本人に確認するのだが、社会人ともなれば結婚が絡んでくる。

 迂闊にはやし立て破局すれば人生を狂わせた張本人として吊るしあげられるほどデリケートな話題なのだ。

 社員の間で牽制が始まる――誰か確認してくれ――それが一同の願いだった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 定時になり社員が帰宅の準備を始める。

 久崎もパソコンの電源を落とすと、

「お先です」と一言だけ告げて職場を後にした。その手には洋服の入ったショップバッグが握られている。

 そんな彼を遠くから見ていた小井戸は急いで帰り支度をして彼の後を追う。

 さらに、そんな彼女を見ていた女性社員は微笑み、男性社員は歯を食いしばるのだった。


 小井戸は彼に声をかけず少し距離を開け後ろを歩いている。

 地下鉄のホームに到着した久崎だが、マンションとは反対方向のホームで電車を待っていた。

 小井戸は彼の住所を知らないので反対方向だとは気づいていない。

 帰宅ラッシュの時間。ホームは会社員で溢れている。

 電車が到着。小井戸は彼とは別のドアから電車に乗り込んだ。

 辛うじて久崎の頭が見えるほどの混雑具合で、見失わないよう気を配っている。


 電車が出発して四駅目を通過した。

 目的地のわからない尾行は不安を募らせる。

 もしかすると明日は有給を使いこのまま旅行にでも行くのではないか、そんな非現実的なネガティブ思考が小井戸をさらに焦らせるのだった。

 ドアの上に設置されている液晶パネルには次の駅名が表示されている。

 小井戸は液晶パネルと久崎を交互に見ていた。

 ほぼ満員の車内。焦りで挙動不審になった小井戸に近くにいたイケメン男性が声をかけた。

「大丈夫ですか? もしかして痴漢ですか? 助けは必要ですか?」

 普通なら紳士的な男性に感謝するところだが今は尾行中だ。

「い、いえ大丈夫です」と小声で返事をし、久崎に見つからないよう膝を曲げ隠れようとすると。

「気分が悪いんですか?」と、肩を掴まれ持ち上げられそうになる。

「触らないでください!」

 小声で威嚇し男性を睨みつけた。

 周囲の乗客が男性に冷たい視線をおくると、その男性は寂しそうな顔をして彼女に背を向けた。

 誰かさんの性癖の琴線に触れるシチュエーションだが、残念ながら彼女が尾行しているとに気付いていない。

 彼女は心の中で何度も――ごめんなさい――と謝るのだった。




 そんな彼女を監視している男がいる。

 フリーカメラマンの樽野公哉たるのきみやだ。

 久崎をマンションから尾行し勤務先を特定していた。

 今日は定時前に勤務先へ来て張り込んでいたのだ。

 最初のターゲットは久崎だったが、小井戸が後をつけているのに気づいた彼はターゲットを変更した。

 若い女性に尾行される男。フリーカメラマンの血が騒ぐ。これは特ダネの匂いだ、と。

 いつもは野球帽のつばを後ろにかぶっているが、顔を見られないよう前に回している。

 さすがに満員電車の中でカメラを出せば痴漢だと疑われる。

 小井戸の斜め後ろに立ち決定的瞬間まで息を潜めていた。




 久崎は六駅目で降車し住宅街へ向かい歩いている。

 小井戸と樽野の尾行も継続していた。

 閑静な住宅街。人通りも少なく近づきすぎると尾行がバレてしまう。

 辛うじて表情が判別できるくらいの距離をあけている。


 久崎が公園の入り口で立ち止まると木の影からノミが姿をあらわした。

 露守警部補には盗聴器が仕掛けてあるので警察が尾行していないことは確認済みだ。


「目標はここを通るのか?」

「そうじゃ、次の電車に乗っておる。主殿これを」

 ノミはどこにでも売っていそうなメガネを差し出した。

「これが? 想像以上に小さいな」

 プレゼント交換のように、久崎は持っていたバッグを渡し代わりにメガネを受け取る。

「どうだ」

「ふむ、メガネ姿も悪くはないのう」

「そうか。視力は良いから今までかけたことなかったんだ。伊達メガネか、検討の余地ありだな」

「そろそろ来る頃じゃ」


 二人は木の影に姿を隠す。

 街灯は彼らの足元を照らし上半身は暗闇に飲み込まれている。尾行している小井戸からは顔が見えない。

 メガネのブリッジ部分を強く押すと、まるでイソギンチャクが魚を捕食するかのように、メガネから得体のしれないフィルム状の膜が伸び、頭をすっぽりと包み込む。それは瞬く間に高質化しヘルメットに変貌したのだった。

 高性能ヒーローヘルメット。メタリックな光沢のあるフルフェイスのヘルメットだ。

 ボイスチェンジャー内蔵。暗視装置により暗闇でも昼間のように周囲を見渡せる。

「なかなか良いじゃないか」と言いながらヘルメットを叩くと、まるで金属の塊を叩いたような鈍い音がする。しかし重さを感じさせないほど軽い。

「アニメヒーローを参考にしたのじゃが派手ではないか」

「現実離れしているぐらいが丁度いいさ」

 ノミも同じようにヒーローヘルメットを装着する。

 久崎は謎の司令官役なので渋い黒、ノミはリーダーらしく赤いヘルメットだ。




 日もすっかり落ち、街灯なしでは不安になるくらいの薄暗さ。

 そこへセーラー服姿のかわいい女の子が歩いてきた。

 高校二年生、生徒会長、女子剣道部部長。久崎のリクエスト通りの女の子だ。

 二人が木の影から姿をあらわすと、女生徒は悲鳴をあげて逃げてしまう。

 さすが体育会系美少女、スプリンターの走りだった。


「予想どおりじゃ」

「先に言えよ!!」

「主殿に妙案があると思うとったわ」

「断られる可能性は考えていた。まさか話を聞かずに逃げられるとは想定外だよ」

「主殿は女心がまるで理解できておらぬのう。女子おなごは繊細な生き物じゃ。薄氷の上を渡るぐらいの慎重さが必要じゃよ」

「オマエ、姿は女だけど心は老人だろ? なぜ女心が理解できる」

「だてに長く生きてはおらぬわい」

「そもそも生き物じゃないだろが。でもその経験は羨ましいな。これからは敬意を払いラブドール師匠と呼ばせてもらおう」

「究極の変態っぽいからやめてくれい」

「しかし、今の子はもう無理だな、他の候補を探すか」






 ――久崎は変質者だ!

 小井戸は一瞬でその結論へたどりつく。

 携帯電話を握り締め小走りで駅へ向かう。




 警察へ電話するべきなのかな。

 けれど彼を尾行していたなんて誰にも知られたくない。

 そもそもなぜ彼を尾行したんだろう。

 プレゼントをくれなかったから?

 好きなデザインの洋服だったから?

 あの服を誰にあげるのか気になったから?

 カースト下位の彼に冷たくされたから?

 似合わないイヤリングなんてしてしてたから?

 パソコンの画面を見ながら百面相をしてたから?

 独り言が増えたから?

 休憩室の利用回数が増えたから?

 渋いお茶が好きだから?

 なぜこんなに彼のことを知っているんだろう。

 いつから目で追っていたのだろう。

 もしかして……、これが……、ストーカー?

 ダメだわ私のほうが犯罪者っぽい!




 異性に不自由していない女性は簡単には恋に落ちないのだ。

 告白されるのがあたりまえで、姫のように扱われるのがあたりまえで、誰もが自分を好きになるのがあたりまえ。

 少し気になる男性がいたとしても、それが恋とは思わない。

 愛や恋は男性から与えられるもので自ら掴み取りに行く必要はない。

 相手は冴えない中年男性。恋愛脳が誤動作するなんてありえない。

 この日の出来事を彼女は心の奥にしまったのだった。




 三人はL字のような立ち位置だった。

 始点に久崎、曲がり角に小井戸、終点に樽野。

 なので樽野からは久崎が見えていなかった。

 美少女JKが樽野の横を通り過ぎるとき、不審者だと思い彼を睨みつけた。

 さらに小井戸を見て首をかしげ、久崎を見て悲鳴を上げて逃げた。

 間を開けず小井戸が青い顔をして樽野の横を通り過ぎる。

 見えていなかった彼には状況が理解できない。

 曲がり角まで走り久崎を探すがどこにもいなかった。

「くそっ!!!」

 野球帽を掴み地面へ叩きつけたのだった。


 ちなみに、変な仮面をつけた不審者の目撃情報は隣の署の管轄だったので露守警部補の耳には届かなかった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 翌日、久崎は仕事をしながらノミと思念伝達していた。

『主殿、条件にあう女性はおらぬ、諦めるのじゃ』

『どの条件がネックだ?』

『容姿』

『ダメだ』

『そもそも綺麗な女性に正義感は育たぬよ。両親に花よ蝶よと育てられた結果、世界は愛で包まていると信じておる。痴漢などの被害にあうが、捕まえるよりも嫌悪し遠ざけるのが普通なのじゃ』

『そうかぁ? 可愛い子が婦人警官の服を着ているのをよく見かけるんだが』

『それは女優が一日署長をしとるんじゃ!』

『くそっ、なら容姿は諦めるよ』

『もう一つ』

『まだあるのかよ』

『年齢』

『いやいやいやいや、美少女戦隊から美と少女を抜いたらなにも残らないだろ!』

『正義感の強い戦隊が残るじゃろがい! 神が美少女推しだと言うつもりかのう?』

『うぐっ。……天使は美人が多い、よね?』

『それは画家の性癖じゃ』

『ぐうの音も出ないわ。わかった美少女は諦めるよ』

『それなら候補は何人かおる。例えば――』

『いや、いいよ。美少女じゃないんだろ興味が湧かない。人選とスカウトはノミに任せるよ』

『ほんとうに主殿はブレないのう』

『面倒くさい仕事は部下に任せ手柄だけ自分のものとする。これが社会人のセオリーなのだよ』

『それは嫌われる上司じゃ』

『上司は嫌われるのが仕事とも言うけどな』

『そんな会社潰れてしまえ!』



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 ビジネス街のビルに囲まれた小さな公園。

 子供のために建設されたのではないため遊具などはない。

 緑化対策なので木が多く植えられている。

 木陰に収まるベンチはビジネスマンの昼休憩に利用されていた。

 食事や昼寝をする人たちでベンチは半分ほど埋まっている。


 ベンチに座る先客に、

「ここ、いいかしら」と、女性らしい言葉使いを気にしながら声をかけるノミ。

 コンビニのサンドウィッチを頬張っていたOLは顔を見ずに

「どうぞ」と返事をした。

 真一文字に切りそろえられた前髪と、ストレートのショートボブは日本人形を連想させた。

 紺の事務服からは色気がまったく感じられない。

 ノミはベンチに座ると

「すこし話をしてもいいかしら」と話を切り出した。

 思いもよらず声をかけられたOLは驚いた表情で振り向いたが、ノミを見るなり眼光が鋭くなる。

「なにか?」

 声をかけただけなのになぜ睨まれるのだろうと思いつつも、

「正義の味方に興味はありませんか」

「なにも買わないわよ」

 どうやら押し売りか宗教の勧誘と思われているようだ。

鹿熊彩由美かくまあゆみさん、たいへん正義感に溢れた社会活動をされていますね」

「どうして私の名前を……」

「じつはあなたのことを調べさせていただきました。私は正義を執行してくれる仲間を探しているのです。そしてあなたは選ばれた。この世を救う正義の使者に!」

 アニメで予備知識を得たノミは少々演技が臭くなっている。

「なんの冗談よ、頭おかしいんじゃない?」

「そう思われるのは当然です。それくらい慎重な人でなければ務まりませんもの」

 丁寧な口調を意識しているので発音がぎこちない。

「その話し方、気持ちが悪いわ。バカにしているのか、それとも騙そうとしているのか。どちらにせよ話を聞くに値しない人なのは確かよ」

「その嫌悪感、そして闘争本能、理想的です。あなたならきっと悪を滅してくれるでしょう」

「いい加減にして!」

「その怒り、力にかえてみませんか?」

 ノミはポケットから装飾された宝石ジェムを取り出した。

「これがあれば、あなたは正義のヒロインに変身できるのです」

「フンッ、やっぱりそれが売りたいのね。商売にもやり方ってのがあるでしょ」

「誤解しないでください、お金は頂きません。欲しいのはあなたの正義感なのです。さあ」

 ノミは鹿熊かくま宝石ジェムを握らせる。

 次の瞬間、変身ヒーロースーツの機能説明が彼女の頭に流れ込んでいく。

 驚いた彼女はノミの手を振りほどいてしまう。その反動で宝石が地面へ転がり落ちてしまった。

 ノミはベンチから立ち上がり宝石を拾う。

「理解、できましたよね」

 振り返り手を広げるとそこには宝石が乗っている。

「受け取るかは鹿熊かくまさんにお任せします」


 今までの会話は冗談でも嘘でもなく、真実なのだと説得できるほどヒーロースーツの情報が鮮明に記憶された。

 いつの間にか昼の休憩時間は過ぎているようで公園には誰もいない。

 彼女は宝石から視線をそらせないでいた。

 ゴクリと唾を飲み込む音がする。

 受け取れば日常に戻れなくなると心が警告を発している。

 しかし、ヒーロースーツの力があれば理想が現実になる。それはどんな薬よりも強力な幻覚作用を引き起こし判断力を鈍らせた。

 振るえる手がゆっくりと伸びると、ノミの手から宝石を受け取ったのだった。

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