だ。

 自堕落な生活の後には必ず毛先から煙草の臭いがした。

前髪から滴る水は程なく床へ落ち下水へと流れて行く。


決まってそういう日は晴れていたりして、煌々な太陽は恐らく明日と変わらず煙に巻かれていた。



今日は珍しく昼過ぎにシャワーを浴び、あまり臭いが沁みていない前髪を流し丁寧に乾かした。

更には丁寧に髪の毛を整え、着替えた上に洗濯機を回した。



先日干した洗濯物を掻き分けて空を眺めると、こちらにも明日と変わらないであろう青空が広がっていた。

やけに狭くなった空は向かいのアパートメントに遮られ、それらに囲まれる中庭には鬱蒼と木が植えられていた。


合間にある浄化槽が風情を台無しにしている気もしたが、そう考えるとそもそも木も乱雑に植えられているような気がしてならない。

小さな鳥居でもあったら良いのに。


「旅に出よう」と意気込んで向かった先は小さなライブハウス。


小さなドラマーのMCに頬が綻ぶ。

雪に照らされた皮膚が痛む。


私はと言えば顔ギリギリで止まる照明を回避しては安心、回避しては安心を繰り返し、そんな事はないのに顔の日焼けに気を遣っていた。



表現の仕方が気に食わないボーカル、

全くキーの合わないギター、

ひたすら勢いのあるドラム、

動きが癪に触るベース、

揃わないメンバー。

何かをしている事自体が素晴らしいと気取ったりもした。


そう言えば洗濯を回したきり、干すのをすっかり忘れていた。

ここ5年程、ネックレスをつけたままなのも思い出した。


溜まった食器は洗った。

荷解きもした。

ギターを弾いた。煙草を買ってきた。


歌が聴こえてきて耳を傾けてみるとあなたはあなたらしくと歌っていた。


そんな下手糞な歌で何を言うのか。嘲笑う。


ただ明瞭なのは、ステージの上は明るかった。


帰りに吹く風は嫌に冷たい。


冷めた煙草の臭いは駅へと走っていた。

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