第3話 サルドニュクス兵学校
『草木のいい香りがする。』
バークスのトロイト連邦共和国の第一印象は澄んだ空気と針葉樹林の森林で満ちた国というものであった。
トロイト連邦共和国は北東から南西に伸びた細長い国土であり、国民の魔法力は高くはないものの前世の記憶を保持する者がメッサッリア共和国の次に多いことから先進的な産業が栄えていた。
地政学的には北東にプロストライン帝国、北東から南南西にかけてフォルテア王国、南南西から西南西にかけてメッサッリア共和国、西南西から北西にかけては神聖ティモール教国、北西から北東にかけてはパルム公国と5つの国と国境を接しており、紛争の緊張は常に高い状態であった。
バークスがこれから向かうサルドニュクス兵学校はトロイト連邦共和国とプロストライン帝国の国境を成すシェオル山脈の麓にある都市『ヴィルダール』の郊外に位置しプロストライン帝国が進軍した際には迎撃の要として基地機能も保有されていた。
バークスは馬車の中からヴィルダールの街を興奮しながら見続けた。
『こんなに多くの人を見るのは初めてだ。それに皆、笑顔だ』
バークスは物心着く時からつい1か月前までは檻の中か実験室の生活であったため、赤いレンガの建物で建ち並び、街は多くの人で溢れ市場にはマイタスやパパスといった作物や見たこともない野菜に果物、リンデンス帝国から輸入されたメラ―海産の海産物にパルム公国産の日常生活品が販売され活気に溢れていた。
暫くし街の中心部に達したころジャコメッティはロドリゲスとパヴロに指示を出した。
「では、私とロドリゲスはここで下車し待機させている馬車に乗換えて首都マルスダーグに向かう。」
「パヴロ。バークスを頼む。」
指示を出し終えたジャコメッティは顔を右に向けると一転して柔和な顔となりバークスの頭を撫でながら世界を生き抜く言葉を贈るのだった。
「いいかバークス。奥の手は決して誰にも見せるな。自分を命を守るためだ。」
「見せる時は相手をヴァルハラに送る時だけにするように。」
「それと情けに溺れてはならない。常に周囲からの情報をキャッチし分析するように、これがこの世界で生きていくコツだ。」
そう言い放つとジャコメッティはロドリゲスを連れ馬車から降りると別に待機していた黒塗りの馬車に向かって歩き出した。
ジャコメッティ等と別れてから2日後、バークスはサルドニュクス兵学校に到着した。
バークスは、虚ろな目をしていた1ヶ月前とは別人のように逞しくなっていた。
「バークス。ここで少し待っていろ。」
「暫くすれば教官がお前を連れにやって来る。」
2日間、ほぼ何も話をしなかったイグナート・パヴロは餞別なのかバークスにミスリル製の戦闘用ナイフと拳銃を渡すと馬車に乗り込みその場を後にした。
バークスは両手にブラドク製の薄手の革手袋をはめ、右足のホルスターには拳銃を左腰のベルトに吊るしていたホルダーには戦闘用ナイフを収納し、教官の迎えを門の前で待っていた。
『6指のことは誰にも言うなということか』
ジャコメッティに一度切断された毒針である6番目の指は元通りの長さまで戻り、6番目の指の存在を誰にも知られないようジャコメッティからブラドク製の手袋を渡されいた。
澄んだ凛とした空気の中でこれからの事を考えていると教官と思わしき人物が向かってきた。
「貴様がバークス・スティンガーか」
頷くバークスに対し教官はいきなり叱りつけた。
「馬鹿者。上官である私が質問したら声を出して返事をするように」
「私が貴様の教官であるエスメ・パブロ少尉である。私についてこい」
エスメ・パブロはイグナート・パヴロの妹であり見た目は10代後半に見えた。
バークスは更衣室で訓練生服に着替えるとヴィジョン15訓練隊室へ移動した。
トロイト連邦共和国は小隊を15名で編成しその編成を"ユニット"と呼びユニットを組み合わせて中隊、大隊を形成する軍構成を取っていた。
特筆すべきは他国と異なりトロイト連邦共和国は諜報部隊が陸軍、水軍、空軍を兼務していることであった。
そのため、平時は兵士の大部分が他国に潜入し諜報活動を行い、有事になると母国に戻り各ユニットに属する諜報員達の魔法特性や固有能力によって水軍、陸軍、空軍として戦闘を行う稀有な軍構成を運用していた。
ユニット運用より訓練隊も15名で構成されサルドニュクス兵学校を卒業後も実戦部隊としてユニットは継続され他国での諜報活動を行うのだが、バークスが配属されたヴィジョン15訓練隊はバークスを含め5名という異質の訓練隊であった。
バークスは教練室に入ると髪の色がブリュネットで瞳の色がアンバー(琥珀色)の少年と髪の色がシルバーブロンドで瞳の色がブルーの少年、髪の色がアッシュブロンドで瞳の色がブルーの少女に髪の色がレディシュで瞳の色がヘーゼル(淡褐色)である獣人の少年が横長の机に整列して座りながら新たに入隊した自分を冷たい視線で品定めしてきたことに気付くのだった。
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