第8話 首輪といふもの

  月日は百代はくたい過客かかくにして、行き交ふ年もまた旅猫なり。


 吾輩の名は『たま』である。


 命尽きたと観念したあの日以来、何の因果か卑しくも生き永らえてはや半月。今の住処すみかは吾輩を『たま』とよぶ、優しき娘の住処とする所となる。

 狭き檻に入れられ、保健所といふ所に暮らしてひと月ほど。ある日その娘が飼主といふものになる。


 その娘、吾輩を風呂といふ所にて、奇妙なにほいのするボデイソープと呼ぶ薬を吾輩の身体に擦り付ける。温かい湯をふりかけると、たちまち吾輩の毛並みは、幼き日のようにふわふわとなる。吾輩はそれをいたく気に入る。

 朝夕あたへられるじきはまさに至極。この暮らし、うつつにあらず夢と思ふも、もはやあの日、命尽きて極楽にいくものとおぼえる。


 ぱせりといふ娘、日ごろ学校といふ学舎まなびやにかよふ。いく日かある休暇に吾輩を、前に住処とした公園に連れたつ。


「たまぁ〜、ボール投げるから取っておいで」


 そういふと、吾輩の手に余るほどの球体を投げ、吾輩をうつくしき笑みで見つめる。じっと佇む吾輩を嬉しそうに見つめる。


「もう、何やってるの、たま。ボールを取ってくるの。わかってる?」


 ぱせりといふ娘、たのしそうにその球体を拾い上げてはまた投げる。

 いくばくか時が過ぎ、吾輩をかかへて住処へとかへる。擁られた吾輩、えもいわれぬほど至上のさいわひにうれしきことこの上なし。


 とある夕刻、ぱせりといふ娘、なんとも満面の笑みで吾輩に近寄る。手に持つのは燃える夕陽のごとき緋色ひいろの輪っかである。吾輩を擁て、吾輩の首のあたりにその輪っかを括り付けようとする。

 吾輩、首をその輪っかのごときもので、斬り落とされると悟り、つひに吾輩の命も尽きたと観念する。

 思い出されるのは、ぱせりという娘の優しさにあふれた日々。はじまりは人を恐ろしきものと思ひて暮らし、最後は人を安らぐものと思えて本望。せめて乞ひ願わくば、また『たま』と呼ばれることのみ。


 吾輩は眼を閉じる。


「たま、できたよ」


 最後の願い叶ふに至り思ひ残すこと微塵もあらず。


 おや?!


 吾輩の首、未だ離れず。緋色の輪っかは首にくくられるのみ。


「たまも見てみる?」


 ぱせりという娘、吾輩を擁たまま吾輩を映す鏡といふものの前に立つ。吾輩の首に緋色の輪っかくくられており、白い毛並みに、えもいわれぬ緋色のうつくしさが際立つ。


「すごく似合うでしょ」


 ぱせりというふ娘の笑みは、えもいわれぬはどのうつくしさである。


 人は、親愛なる証に首輪といふものを首にくくるそうな。


 白き雲 秋の夕陽に 映える緋

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