第7話 往還のルール
コンビニの店員はどうやらオーナーらしく親切な人物だった。電話をかしてくれたばかりか、風邪をひいてはいけないとすぐ裏にある自宅の風呂まで貸してくれた。
といってもただのお人よしでもなかったらしく、風呂からあがって借り物の丈のあわない服、正吾は店主のお古、ルジアは店主の娘さんの昔のものというかなり若い人むけのものを着て洗濯機と乾燥機が仕事を終えるのをまっているところに自転車にのった年配の駐在がやってきた。事情聴取するのだという。
眠そうな駐在は彼らの話をきくと「それは災難だったね」と言った。
「しかしなんでまたあんなところで釣りを? 名所でもないし地元の人間が晩酌のつまみを釣るくらいだよ」
二人ともこのときは冷や汗をかいていた。
「いや、実は釣れなくってもよかったんです。二人で邪魔されず話したかったのであそこでおろしてもらってしばらく」
そう正吾がしどろもどろにごまかすと駐在はそうかそうかといいながらしっかり書き留めていた。そして二人の顔写真を撮って眠そうに帰っていった。
「悪いね、気になる客がきたら連絡する約束だったので」
店主は少しも悪びれてはいなかった。総じて親切を受けているので、二人は余計なことを言わなかったが、内心両世界の行き来には注意が必要だと肝に銘じていた。
乾燥器の仕事が終わって、まだ生乾きながら一応きれるようになった自分たちの服に着替えた頃合いで勇者テツヤの車が到着した。
「一旦うちへ。あと、私はたぶん明日は使い物にならんので宿の手伝いをお願いしていいか」
宿に戻った時にはかなり遅い時間になる。宿の主人はこの出迎えで遅くなった分の仕事をしておかないといけない。勇者テツヤも寄る年波には勝てず徹夜に耐えられない自覚があった。
「何があった? いきなりルジア君がいなくなってうちのが心配してたのだが」
眠気覚ましもかねて、彼は二人に仔細をたずねた。
乙世界に入ったこと、召還の間ではなくなぜか百キロ近く離れた魔族の廃都にあらわれたこと。ルジアが「中」にいたこと。そして現れた下級魔族との争いを避けるために彼女に出てもらったところ、あの場所に移動する結果になったこと。
それらを聞いた勇者テツヤはううむと唸った。
「その『中』のことはよくわからんが場所を教えてもらって一つわかったことがある。気が付いたのはうちのだがね」
「なんでしょう? 」
「遠野さん。宿帳にあったあなたの住所と、うちの丁度真ん中だったんですよ。直線距離でだいたい百キロ」
今度は正吾がうなる番だった。ルジアがかわりにその意味を説明した。
「わたしたちがいたのは、サルクの都だ。召喚はチニ王国の神殿だからだいたいそれくらいだ」
「サルクか。身分を隠して潜入したことがあるよ。うちのにあげる髪留めをかったな。見事な細工だった」
「残念なことに、今は廃墟だ」
宿の主人、かつての勇者テツヤは少しの間沈黙し「そうか」とだけ言った。
正吾は思ったことを言ってみた。あんまり言いたくないが事実なら受け入れるしかない。
「つまり、こっちにいる間は俺と彼女はあんまり離れてないほうがいいというわけか」
「そうみたいだね。いっそ一緒にくらしてはどうかね」
「問題は、今の俺が最高に甲斐性なしなところです」
「ほかにやりようがあるかね? まあ、私たちも似たり寄ったりから始めたし、戸籍の取得とかは相談くらい乗れるよ」
やってみなさい、と宿の主人は言った。
少し白み始めたころ、車は主人夫婦の家のほうについた。鶏の鳴き声が聞こえ、家には灯りがはいっている。
「やれやれ、やっとついた」
ルジアと正吾が降りるドアの音が聞こえた。
だが、車を置き場所の古い納屋に車庫入れして出てきた宿の主人が見たのは、出迎えに出た彼の妻がぽつんと立っているだけの姿だった。
「消えちゃった」
彼らはまた乙世界に移動したのだ。
そう思ったら、また二人が現れた。
「ごめんなさい。いきなりあちらに引き戻されました」
ルジアが頭をさげた。
「たぶん、またすぐ引き戻されるのでもうしわけないのだけど、何か持ち歩ける食べ物があればわけてくれませんか」
正吾がそこまで言ったところで彼らはまたふっと消えた。
宿の主人、元勇者はおかみさんのほうを見た。
「どうする? 」
「十年くらいほったらかしの非常持ち出しがあったでしょう。食べ物とか携帯トイレとか水とかはいったの。あれをあげましょう」
それは、そろそろ捨てたほうがいいんじゃないかと思って処分してなかったものだった。新しいものはもう用意してある。宿をやってる関係上、古くてもあったほうがいいかもしれないとも思う気持ちもあって処分していなかったものだ。
二人の姿がまたぱっと消えて五分ほどたってからまた現れた。何か遠くに軽いものの落ちる音もした。
「だいたいわかりました」
ルジアが二人に頭を下げる。
「どうやらこちらにいられるのはあちらですごした時間の三倍くらいです。それがすぎれば強制的にあちらにいくことになります」
宿の主夫妻は顔を見合わせた。
「それはそれは面倒なことですね」
「それと、こちらに戻るとき間隔が短いほど広い範囲の誰かを巻き込んで連れてくるようです。魔族、人族関係ありません」
二人は少し嫌そうに物音のしたほうを見た。
「あれは人族のどうも盗賊ですね。ショウゴを弓で狙っていました。ぎりぎり大丈夫かと思ったのですが」
そうはいっても、誰も愉快そうなそぶりは見せていない。
「手伝うことになってたところもうしわけない。でも、さすがに無関係な誰かを巻き込むかもしれない状態ではむやみに行き来するわけにいかないし、しばらくむこうにいて、範囲が最小化したら戻ってこようと思います」
正吾はあくびのでそうな宿の主人に頭をさげた。巻き込んだのはこの人だから、知ったことではないといってもよさそうだが、過酷な労働に耐え忍べる程度に彼は誠実でもあった。
主人、元勇者テツヤは苦虫かみつぶしたような顔になったが、たてかけてあった古い金属バットを拾い上げて彼にさしだした。
「もってけ。あっちならかなり強力な武器になるはずだ」
聖剣があるが、刃物なのであんまり使いたくなかった正吾はありがたく受け取った。これなら加減を間違えなければ殺さずにすむと思ったからだ。
「あっちでどうするの? 」
おかみさん、乙世界の女神がさっき離れから持ち出した銀色の非常持ち出し袋をさしだす。リュックタイプで二人用なのかけっこうかさばっている。
「人族側で構築者の手がかりをさがします。どうも五年以内に見つけないといけないみたいで」
正吾が受け取り、なぜか前にかかえるように持つ。
「じゃあ、時間はまだだけど行ってきます」
行ってくるってどうやって? と思う主人夫婦の前でルジアが正吾の背中に手をおいた。
「たぶんこれでいいはず」
ルジアが召喚の魔法陣で柱の少女でしたことと同じことが起こった。
正吾の体が縦に開き、真っ暗な空間が見えた。ルジアは女神に一礼、元勇者に手をふると中にするりとはいる。そして穴が閉じたと思ったらもう二人の姿はなかった。
「行ってしまったね。戻るのは何日後かしら」
「何日後でもあんまり関係ないな。私は今寝たいのに、人手がない」
宿の主人、元勇者は急に弱弱しい声でぼやいた。
「がんばれとかいわんでくれ。トシなんだぞ」
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