第4話 召還の儀式

 ルジアは輝く翼の民という純粋魔族の一族に生まれた天才だった。

 魔法、武芸に優れ血筋も純粋。一族の中には下級魔族との間に生まれたものが多くなっていたが、彼女は長の地位をえるのに文句なしの条件を備え、向上心も強く努力も怠らなかったので、実力文句なしで若くして輝く翼の民の長となった。そればかりか数度の戦争の結果、魔族の長の会合で首席をしめる地位についた。

 人族側からは魔王とかよばれる地位で、古来、召還した勇者による暗殺の対象となる地位だ。

 三年に一度の再調停の時に当たり前のように召喚してぶつけてくる勇者をどうにかするのが歴代魔王の頭の悩ませどころだった。

 罠にかけて殺す……一度だけ成功しているが他は全部失敗だった。勇者はでたらめに強く、たまたま殺せたのは子供の勇者でつけこめるところが多かっただけ。

 罠にはめて遠くにおいやってその間に調停の条件合意を少しでも有利にとりつける。二回ほど成功している。だが、追い払った勇者が戻ってくるまでの間に、人族側にそれを悟られることなく話をまとめるためにましではあるが十分な条件で結びなおすことはできなかった。

 他はだいたい負けで魔族側は煮え湯を飲まされ続けている。それでなくとも純粋魔族は純粋魔族同士の結婚でもなかなか生まれてこない。四人もうけて一人で残りは能力に偏りがあり総合力では純粋魔族にひけをとる準純粋魔族か、全体に劣った劣化魔族。これらは世代を追うごとにごくまれな例外を除いて劣化していくだけなので、勇者に純粋魔族の長を殺されるのは種族として大きなダメージだった。それがなければ魔族は繁殖力が高いが純純粋魔族より明らかに弱く、平均的な人族にさほど負けることはないと両者ともに思っている。

 実際、遠い昔はじわじわ魔族のほうが押していた。押し切れず押し返されることもあったが、調停は魔族やや有利で結んでいた。少なくともそう伝えられている。

 勇者は不利な戦いを強いられた人族が発見した起死回生の手段だった。これで魔族の長と有力者を討ち、弱い下級魔族を殺戮して優位を得る。

 魔族が立ち直れないほどのダメージを受けないのは人族側も一枚岩というわけではないという事情によるものだった。そして、どうやるのかわからないが調停の後、勇者はすべて姿を消した。そして調停の三年間、人族同士で争う。

 ルジアは考えた。勇者がいるからいけない。召喚をなんとかできないか。

 長になる前から彼女は武者修行をかねて各地を回り、時には姿も変えて人族の地にもぐりこんで勇者召喚についての情報を集めた。 

 召還術の構築者の存在を知り、構築者が残したという古文書の断片をいくつか入手した彼女は重要な情報をいくつかひきあてた。

 召還には柱と呼ばれる人間が一人必要なこと。この人間が召喚の門の役割をはたすこと。

 召還は一度行われてしまったら二年は行えないこと。無理にやっても柱が死ぬだけで終わるらしい。

 勇者は彼女たちの世界では無双の強さをほこるが、あちらの世界では凡人であること。

 そして門の開き方。

 ルジアは計画を練った。召喚をただ妨害しても終わってないので次の柱を用意して実行されてしまうだろう。だから召喚は行わせる。

 ただし、あちらでは凡人の勇者を殺してその死体を召喚させたらどうだろう。

 虫の息にとどめてこちらで即時殺すのでもいいだろう。

 そのため大胆な計画を立てた。

 召還の直前に突入し、門をこじあけてあちらにいき、勇者を殺すか虫の息にしてこちらに戻ってくる。

 召還の時期と場所の情報、そして妨害を排除して突入、撤退できるだけの少数精鋭の戦力。

 魔族の知恵者、下級であっても腕自慢のものたちが集められ、計画は実行された。

「わたしの間違いは、甲世界から乙世界に渡ることで勇者が力をつけると思い込んだことだ」

 苦々しい顔で彼女は女神と元勇者に話した。

「そうではなかった。人族の強敵たる魔族の勇者たちが一瞬でつぶれて死ぬほどの呪詛に満ちた世界の人間が、呪詛の制約からただ解き放たれただけだった」

 そうであろう? と聞かれて宿の主人はうなずく。

「その通りだ。そして補足させてくれ。柱とは人柱。勇者と呼ばれる召喚者をあの世界につなぎとめるための支えなのだ。もしそれが殺されたらどうなると思う? 」

 ルジアの柳眉が逆立った。

「まさかと思うがそのような外道な」

「人柱は大事に保護され隠される。私の時のは辺境の王族とはいえ姫君だったので、そういうものかと思ったが、あれは勇者からも守っていたのだと思う」

「帰りたければ勇者が殺せばいい。帰りたくなければ勇者が守ればいい。どちらもさせぬということか」

 外道な、とルジアは憤慨した。

「だが、魔族としてもそうとわかれば厄介な勇者より柱を狙うだろう」

「狙わざるをえんの。今回も正吾を呼びつけるのをまって即座に柱の小娘を殺せばよかったのだな」

 外道なことをさせようとせんでくれ、と彼女はまた憤慨した。

「ついていけないが、一つ疑問に思うことがあるんだが」

 恐る恐るといった感じで正吾が手をあげた。

「なんでしょうか」

 主人がどうぞ、という。

「それで、今回の召喚って失敗したことになるんだろうか」

 言いたいことが一同すぐ伝わった。主人はおかみさんの顔を見る。彼女はかぶりをふった。

「その様子はないわ。召喚は終わったことになったか、まだ途中か、いずれにしろ次ができる状態じゃないみたい」

 ほっとしたような不安なような空気が流れた。

「さて、そろそろどうして女神さまがここにいるのか教えていただいてもいいかしら」

 今度はルジアが質問した。

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