第4章 Rの敵、ラックオブアテンション

 翌朝10時に、第5広場に5人は集合した。


 「Gの敵とBの敵に、

見事に対処できた諸君を誇りに思う。

次はRの敵だ。情報提供をする。

検討を祈る。以上」


 5人の目の前に微粒子映像が現れた。

『lack of attention(ラックオブアテンション)』

という名の、Rの敵が表示された。


 「随分、可愛い顔してますね」

 ネズミのような、ハムスターのような、

可愛らしい顔がズームアップされた状態で映った。

 カメラが引いていき、ラックオブアテンションの

全体像が映された。

 それはまるで、5メートル程もある太い毛で覆われた

ハリネズミのような様相であった。


 「うわっ、なんだこりゃ!」

 「・・・ある意味、ホラーですね」

 「ほとんど、『毛』じゃねーか!」

 「毛の先端をよく見てください。

ナイフになっているようです」

 「長すぎる毛の先端がナイフになっている、

可愛らしい顔した動物か・・・・」


 「コスチュームが変わる感じはないな」

 「ということは、地上戦だろう」



 5人を取り巻く環境が、瞬時に変わった。


 「く、暗い・・・」

 「明るくしましょう」

 Gがホログラムで『浮遊電灯』を現出した。

 これで5人の視界は、常に照らされることになった。

 「なんだか、洞窟の中みたいだなぁ」

 どうやら、どこかの洞窟らしい。


 「ここにアイツがいるのか!」

 「いました」


 『浮遊電灯』に照らしだされたRの敵、

『ラックオブアテンション』は、

毛足が5メートルほどもあり、

洞窟の直径を埋め尽くしていた。

 ラックオブアテンションが僅かに動く度に、

毛先の細いナイフが、

洞窟の内側をガリガリと削っていた。


 「痒い」

 ラックオブアテンションは、身体が痒いようで、

上体を素早く身震いさせると、

毛先のナイフが、洞窟内部を削って砂埃がたった。


 「うわっ、ぷっ、す、砂埃だ!」

 「ゲホッ、ゴホゴホッ」

 「こ、これでは、対戦どころではありません!」


 「あ~痒い。外に出よっかな」

 下を向いていたラックオブアテンションは、

ようやく目の前の5人に気づいた。


 「誰だ!そこを退け!俺は外に出たいんだ」

 「俺たちも外に出るよ」


 ラックオブアテンションの

横をすり抜けられるほどの隙間はない。

 あの細くて鋭いナイフに、切り刻まれてしまう。

 ラックオブアテンションが、5人に近づいてくる。

 どうやら、5人の背中の方向に、出口があるらしい。


 「回れ右した方向から微かに風が吹いてくる」

 『浮遊電灯』に照らされながら、

Bの指示通りに、5人は出口目指して走った。


 5人は洞窟の外に出た。

 岩場がところどころに散見する草原だ。


 「しかし、ここがアウトオブコントロールの巣なのかぁ」

 「洞窟の直径はギリギリだな」

 「狭くないのかな」

 「ネズミの類は狭いところを好みます」

 「来たか?」


 洞窟から黒くて大きい毛の塊が出てきた。

 「で、でかい・・・」

 「しかし、身体の部分は、山ネズミ程ですよ」

 「ほとんどは、あの黒くて太い毛なんだな」

 

 「あ~痒い!」

 ラックオブアテンションが、

左右交互に身体を捻って、

あらためて大きく身震いをした。

 すると、一部の毛とナイフの繋ぎ目が切れて、

毛先のナイフが5本ほど飛んだ。


 「うわ、あっぶね!」

 「あのナイフの飛んだ先、大丈夫だったかな」

 「とにかく、あのナイフ、危ないな」


 どのように攻撃すればよいのかわからない。

 とりあえず、Yの唐辛子で刺激してみることにした。


 Yが、ホログラムのカレースパイス用唐辛子を

大量に現出した。


 Gがホログラムのバケツ付きドローンを現出した。


 YがGの出したヘリコプターのバケツに唐辛子を詰めると、

Gがドローンを操作して、ラックオブアテンションの上部に飛ばした。


 ラックオブアテンションは、身体の痒みに集中していて、

今度は腹が痒くなったようで下を向いていたので気が付かない。


 ドローンを操作して、バケツの中の唐辛子を

ラックオブアテンションに向けてばら撒いた。


 唐辛子が毛の先端に

触れた感触が僅かにあったようで、

ラックオブアテンションはまた身震いをした。

 すると、毛先のナイフが唐辛子を刻んだ。

 唐辛子の白い種が、

ラックオブアテンションの目に入った。


 「うわっ!いてえっ!な、なんなんだ!」

 唐辛子の種が目に入った

ラックオブアテンションは、

怒り心頭に発して、

体長を2メートルぐらいにまで巨大化させた。


 「でかくなったぞ!」

 「生身の俺たちじゃ、切り刻まれてしまう。

ホログラム戦法を続けよう!」


 「ああっ、くっそ!目がいてえ!」 

 ラックオブアテンションは涙目になりながら、

しきりに手で目を擦っていたが、

手の爪が、どんどん伸びてきて

30cmほどになった。


 「うわっ、爪も伸びてるぅ」


 ラックオブアテンションは

目が安定してくると、声のする方を向いた。

 「おまえらだな。

何か痛くなるものを仕掛けたのは!」


 ラックオブアテンションが

5人のいる方向に走ってきた。

 「二足で走ってくる!」

 「最近の四つ足動物は二足歩行するものも多い」

 「しかも、速い!」


 追いつかれたYが、長い爪で背中を引っ掻かれた。

 Yのコスチュームに、赤い血が滲んできた。

 「ひぃ~!」

 ラックオブアテンションがさらに巨大化し、

体長が5メートルほどになった。

 そして、Yを右手の巨大な爪で挟むと、上に持ち上げた。


 「Y!大丈夫か!」

 ラックオブアテンションは上から4人を見下げ、

 「こいつを捻り潰してやるぞ!」


 BがYの近くに液体傷薬のホログラムを現出、

傷薬をYの背中に散布し続けた。


 W&Bが、グラウンドに引く白線の

ラインパウダーのホログラムを現出、

ラックオブアテンションの顔の前に散布した。


 「ぷふっ、前が見えない!」


 Gが巨大ドローンのホログラムを現出、

隙を見て、Yの身体を挟んで、救出しようとする。


 傷薬を散布し終えたBが、巨大な手のホログラムを現出、

ラックオブアテンションの脇めがけて伸びていった。


 Rはラックオブアテンションと同じぐらいの

体長5メートルのボクサーをホログラムで現出させ、

準備運動を行わせていた。


 Bの出した巨大な手が、ラックオブアテンションの脇をくすぐった。

 「あはははは、くすぐったい!」

 ラックオブアテンションは、

手に握っていたYを手放した。


 「わー!たすけてー!」

 落下するY。

 ラックオブアテンションをくすぐっていた巨大な手が、

落下するYを掌に乗せ、ゆっくりと地上に下ろした。

 「あー、どうなることかと思ったよ。

ありがとう、B。助かったよ!」


 Rの出した巨大ボクサーが準備運動を終え、

ラックオブアテンションめがけて突進した。

 ラックオブアテンションは、

超絶ロン毛の巨大山ネズミのようであった。


 ラックオブアテンションの毛は、

背中の部分にだけ生えているので、

巨大ボクサーと向き合っている部分には

毛が生えていない。

 しかし、

ラックオブアテンションが後方移動した時、

前方に毛が揺らぎ、

ナイフが巨大ボクサー側に向く、ということはあった。


 「後方移動に気を付けろ」

 Bがアドバイスした。


 巨大ボクサーの右フック、左フックからの

右ストレートが決まった。

 ラックオブアテンションの上体が右側に傾いた。


 左フックからの右ストレート。

 また決まった。


 ラックオブアテンションがフラフラし始めた。


 「とどめだ!」

 左フックを2連続で浴びせた後の

強烈な右ストレート。


 「しまった!強すぎた!」

 ラックオブアテンションの上体が反った。

 背中の毛が前方に向かってくる。


 巨大ボクサーは優れた敏捷性の持ち主だった。

 素早く身をかがめ、毛先のナイフ攻撃を免れた。


 「かっこいい」

 「かっけー」

 YとW&Bが感嘆した。


 ラックオブアテンションは

腕が短いのでガードができない。

 巨大ボクサーは、細かいストレートで

素早く軽く連打し続ける作戦に出た。


 ガードができないラックオブアテンションは、

身体の前面に細かくも鋭いパンチを受け続けたが、

ダメージを受けている様子はない。


 「堪えていない?」

 Rはまるで、

試合中のベンチから見守る監督のような心境で

巨大ボクサーの動きを見守っていた。


 「腹が痒い」

 30cmの爪を引っ込めた

ラックオブアテンションは、

ストレートパンチを浴びている状態で

腹を掻きだした。


 「痒い、だと?」

 巨大ボクサーに、

徐々に怒りの感情が起こってくる。

 巨大ボクサーは、いきなり、

強烈な右ストレートを打ってしまった。

 

 ラックオブアテンションは、宙を舞った。

と同時に背中の毛が激しく前面に向かい、

ナイフのほとんどが巨大ボクサーの方を向いた。


 巨大ボクサーは、斜め後方に

10メートルほど飛んだ。

 ナイフも数本、

巨大ボクサーの方向に飛んでゆく。


 Rは悩んだ。

 「どう倒せば良いのか」


 「散髪するしかないのでは」

 Bが提案した。


 「私の行きつけのバーバーの美容師を紹介しよう」

 Bが巨大美容師のホログラムを現出した。


 Gが巨大な板状のネズミ捕りのホログラムを現出した。


 W&Bが、巨大スライムのホログラムを現出した。

 「ラックオブアテンションの足元に滑り込んで、

前に転ばせるんだ」


 「しっかりと様子を見て、

タイミングを逃さないようにしないと」

 Gがネズミ捕りをラックオブアテンションの前に

巨大ネズミ捕りを敷くタイミングが合うかどうか、

不安になっていた。


 「Slow down the flow of time

(スローダウンザフロウオブタイム)!」


 Yが、ラックオブアテンションに魔法をかけた。

 ラックオブアテンションの動きが遅くなった。


 「これならスライムを、的確に仕掛けられる」

 「スライム、行けっ」

 W&Bがスライムを

ラックオブアテンションの足元に送り込んだ。


 スライムは『状態変化』を起こし、

カーペットのように平たくなって、

『空中浮遊』してラックオブアテンションに近づいて行った。


 「痒い、と馬鹿にされても気にするな!

奴の重心が前に傾くよう、軽く連打するんだ!」

 Rが巨大ボクサーの監督のようにアドバイスした。


 巨大ボクサーはかがんで、

動きがのろくなったラックオブアテンションの

前面を、鋭くて軽いストレートで連打した。


 「う・・・・・うあー・・・・・・」

 ラックオブアテンションが前方にのめった。


 「今だ!スライム、前方に転ばせるんだ!」


 W&Bの現出したカーペット状のスライムは、

素早くラックオブアテンションの足の下に潜り、

ラックオブアテンションの重心が

さらに前に傾くよう、

地表で前方から後方に滑った。


 足の下に敷かれた

スライムカーペットが後方に引かれると、

スライムに足を載せたラックオブアテンションは

足をジタバタさせ、前方に転びそうになった。


 「今だ!」

 Gが巨大ネズミ捕りを、

ラックオブアテンションの前方に飛ばした。


 ベチャッ!


 ラックオブアテンションは

前から巨大ネズミ捕りの上に倒れ、

身体の前面は、強力な粘着テープで固定されてしまった。


 「短髪に整えていきますね」

 うつぶせに固定されたラックオブアテンションに、

Bの現出した巨大美容師が、巨大なハサミで毛の根元から

10cmぐらいのところで全ての毛を切り揃えた。


 「なんですかね。毛先にナイフが・・・」

 「危ないから触らないでください!

毛の処理は我々が行います。

ありがとうございました」

 「またのご来店をお待ちしております」


 Yが少し遠くにホログラムの焼却炉を現出した。

 Gがホログラムの巨大なダンプカーを用意した。

 W&Bがホログラムの巨大な箒と塵取りを現出して

毛をかき集めさせ、ダンプカーに集めた毛を乗せた。


 ダンプカーは焼却炉に向かって走り、

焼却炉の中にナイフ付きの毛を放出した。

 2000度ほどの熱量でモノを燃やす焼却炉が

鉄でできたナイフを余裕で溶かしながら全て焼却した。


 Yが「Slow down the flow of time

(スローダウンザフロウオブタイム)」の魔法を解いた。


 「ううう、動けない・・・」

 ラックオブアテンションの時の流れが標準に戻った。

 「散髪したよ」

 「え?あー、なんかスースーすると思った」


 Gがホログラムで糊剥がしを現出して、

ラックオブアテンションを解放した。

 解放されると、通常の大きさに戻った。

 体長30cmほどの、山ネズミのような、

直立したハリネズミのような生き物になった。


ラックオブアテンションは大人しかった。

 「怒らないのか?」

 「ああ、逆に礼を言うよ。ありがとう」

 

     ◇ ◇ ◇


 「実は、悩んでいたんだ。

 俺は、周りの生き物たちに対して

優しく接したいと思っている。


 だけど、毛先のナイフのせいで、

俺に近づく生き物全てを、

傷つけ続けてきてしまったんだ。

 傷つけるつもりもないのに。


 だけど、毛先のナイフにまで

注意をはらうこともできなかった。


 どうにもならないことだった。

 なるべく他の生き物に接しないように、

傷つけないようにしてきた結果、

洞窟に引きこもることに決めたんだ。

 だけど、身体が痒くなってね。

 ずっとこのままかと思って

ウツになっていたんだ」


 「aware(アウェア)!」


 Bが必殺技を出した。

 この必殺技は、大切なことや

周囲の状況に気づきやすくする脳神経に

変える技である。


 「もう大丈夫ですよ」

 「散髪後の君には、大勢の友達ができるさ」

 「はははは、なかなかのイケメンだな」

 「お前と闘えて、楽しかったぜ!」

 「良かったな。これから草原の仲間たちと

楽しく暮らすんだぞ」


 「みなさん、俺が気にしていた毛を処理してくれて

本当にありがとう。

 これから草原の仲間たちと仲良く暮らしていかれるよ」


 そう言うと、ラックオブアテンションは、

赤色の粒子となって、消えた。

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