第2章 Gの敵、アバンダン

 5人の居る場所の景色が瞬時に変わった。


 宙に浮かんだ飛行物体の中ではあるが、

5人はVR空間の中にいた。


 多分、広さは

モザンビークの国土ほどはあるのだろうか。

 見渡す限りの山々、

遠くの方にまで山脈が見える。

 山岳地方のとある平原、といった場所だ。


 と、5人の目前に突如、微粒子映像が現れた。


 「これがGの敵、『abandon(アバンダン)』だ」


と、5か国語で字幕が表示され、

アバンダンの動画が表示された。


 ところどころ破れた緑色の衣服を身に纏い、

背中を丸めた、

弱々しい痩せた老婆がトボトボと歩いている。


 「へ?こいつ?」

 「弱そう。婆さんじゃねーか」

 「ははははは。1人目は楽勝って感じだな」

 「みなさん、協力して頑張りましょう」

 「・・・いや、油断はできないかもしれない」


 微粒子映像は消えた。


 そして、5人の前方50メートルぐらいのところに、

さっきの婆さんが現れた。


 「あの前方に歩いている方が、アバンダンですかね」

 「あのお婆様を…少し気が引けますね…」

 「…パンチを浴びせる気がしねえ」


 アバンダンの弱々しさに、戦闘力が削がれる。


 「と、とりあえず、ミッションですから」

 「そうだ、とにかく近づいてみよう」


 5人は共通した超能力『空中飛行』で空中を

飛行物体のように飛んで、婆さんに近づいた。

 5人は地上に降り立った。


 「すみません、アバンダンさんですか?」

 Gが声をかけると、アバンダンは、

徐々に緑色の粒子になり、消えた。

 「・・・消えた」

 「どこいっちまったんだ、おい」


 Bに降りてきた直感のまま、振り返ると、

後方20メートルぐらいのところに

婆さんが立っていた。

 「こっちだ」

 「え?」

 4人が振り返ると、少し遠くに婆さんがいた。

 

 5人は『空中飛行』して婆さんの近くへ。

 「アバンダンさん、ですよね」

 Gが話しかけて、婆さんの肩に触れた。

 質感はある。

 しかし、次の瞬間、また緑色の粒子になって、消えた。

 「また消えやがった!」

 「どうなってんのぉ、もう」


 Bが感覚を研ぎ澄ますと、今度は山の方向を見て、指さした。

 「あの山の頂上を見て」

 4人が山の方向を見た。

 「今度は山の頂上にいらっしゃいました」


 5人は『空中飛行』で、

アバンダンのいる山の頂上へ飛んだ。

 アバンダンは休憩用のベンチに座って

お茶をすすっていた。


 5人はアバンダンの近くに駆け寄った。

 「おい、てめぇ、婆さんだと思って

手加減してやってんのに。舐めてんじゃねえぞ!」

 Rがパンチを喰らわそうと拳を振り上げると

アバンダンは即座に緑色の粒子になって消えた。

 「あーっ!くっっそ!!」

 すると、アバンダンはRの背後に現れ、

手に持った杖でRの頭を叩いて、消えた。

 「くっ・・・っっってぇ~なあああああ!!」

 Rの怒りが、MAXに達した。


 「この婆さん、瞬間移動ができるんだな」

 「『ホログラム現出』を使ってみるのは、どうかな」


 『ホログラム現出』は、5人に与えられた超能力で

5人のメンバーが想像した通りのホログラムが現れ、

想像した通りの動きをさせることができる。


 「くっそ!リベンジだ!」

 Rが両手を前に伸ばし、ボクサーのホログラムを現出した。

 「婆さんがどこに行っても、パンチし続けろよ!」

 Bが日本の伝説の蛇『八岐大蛇』のホログラムを現出した。

 「婆さんに巻き付いて、放すなよ」


 『八岐大蛇』に跨ったボクサーが、アバンダンがいる

遠くの山頂めがけて猛スピードで飛んでいった。


 「『八岐大蛇』に乗るのでしたら、

『浦島太郎』の方が良かったですかね」

 「『亀』ですよね、乗ったのは」

 「爺さんになっちゃうじゃねーかよ!」

 「年齢的にはベストマッチ」

 「乗ってたのって、『亀』ですよね」

 「っていうか、

『浦島太郎』がどうやって戦うんだよ!」


 遠くの山の山頂で、

不意を突かれたアバンダンは

Bの出した『八岐大蛇』に巻き付かれた。

 「う・・・ううっ」


 アバンダンの瞬間移動能力は、

猫背でないと発動しない。

『八岐大蛇』がアバンダンの背中を

反らし気味にするように巻き付いているので

瞬間移動能力は発動しなかった。


 「婆さん、もらったぜ!」

 Rの出したホログラムのボクサーが

アバンダンに殴りかかろうとした、その時、

 Rが両手を開いて前に出し、

両手を握って両腕を下ろした。

 Rの現出したホログラムのボクサーが、消えた。


 『空中飛行』で山頂に飛んで、駆け付けた5人は、

『八岐大蛇』にアバンダンを巻き付かせたまま、

ホログラムボクサーを消して、交渉することにした。


 「ううう、何するんだい!

私は骨粗しょう症なんだよ!

このままじゃ、背骨が折れちまう!」


 「その手には乗らないよ。

背骨を伸ばしておかないと、

また逃げられちゃうからね」


 「私を倒そうってったって、そうはいかないよ!

早く家に帰しておくれよ!その蛇で」


 「あなたを家に戻してしまったら、

もう二度と出てこなくなってしまうでしょう?

それはとても、寂しいことです」

 

 「お婆ちゃん、なんで逃げ回るの?」

 「おや、色黒の可愛いイケメン君だねえ。

私は若いイケメンに、目が無くてねえ」

 アバンダンが、デレっとしている。

 

 「俺はまだ16歳で、人生経験が少ないけど、

お婆ちゃんは、今まで生きてきた中で、

きっと、いろんなことを経験したよね。

辛いこと、悲しいこと、傷つけられたことも

いっぱいあったでしょ」


 「・・・優しいこと言ってくれるねえ。

若くて優しくて、こーんなにイケメンなら、

女の子にモテるだろ」

 「うん、あ、はい、まあ。

バレンタインデーには

毎年たくさんのチョコをもらってます」


 「W&Bに食いついたな」

 「食いついた食いついた」


 「若い頃は、看護師だったんじゃ。

たくさんの患者さんのケアをしてきた。

 しかし、あまり感謝をしてもらえなくてね。


 感謝をしてもらいたくて

やっていたわけじゃないけど、

給料は安いし、医者はこき使い、

セクハラもし放題という、

ひどい職場、ひどい職種じゃった。


 患者さんには物を投げられたり、

同僚には嫌がらせをされたりした。

 若い頃はこれでも美人の側だったからか、

嫉妬されていた。

 美人だったから仕方ないがの」


 「そうだったんだ。辛かったね」

 「だから、人間社会から身を引いた。

もう二度と、関わりたくない世界じゃ。

引きこもることを、選んだんじゃ」

 

 「でもさ、感謝してる元患者さんたちも

たくさんいると思うよ、俺は」

 「ありがとう、優しいねえ。

 しかし、二度と

人間社会には関わらんし戻らんよ。

 もう、あの世界は、

捨てたんじゃ。捨てたんじゃよ!」


 『八岐大蛇』に巻き付かれたままの

アバンダンが突如、ブルブル震え出した。

 

 「なんか、様子がおかしくねーか?」

 「大丈夫だろうか」

 「お婆ちゃん・・・」


 アバンダンが『八岐大蛇』に

巻き付かれたまま、首がどんどん伸びて、

頭部は顔の部分が上に向いてしまった。

首と頭部の間を、ぐるりと360度、

無数の銃口が飛び出てきた。


 長く伸びた首の、のどぼとけの部分に

目玉がひとつ出てきた。

 その目玉から、音声も聞こえてきた。


 「もう、地上と関わりたくはないが、

あの世に逝きたいわけでもないんじゃ。

 天だけを、仰ぎ見たいのじゃ!

 人間は見とうない、

何も思い出したくないんじゃ!」


 バシューン、バシュン、ババババババババ・・・

 「うわあっ、首から大量のマシンガン!」

 「弾丸の雨だ!」

 「これじゃ、上を向けませんね」


 『八岐大蛇』は、長く伸びた首の下で、

アバンダンの背骨を伸ばす役割を

かろうじて遂行していた。

 

 Bに直感が降りてきて、ブルーの瞳が光った。

 「首の目玉が急所だ。

あの弾丸を止めるには、首の目玉を狙うしかない」


 「mirror(ミラー)!」

 Bが魔法をかけた。

 電磁波を含めた全ての物体を跳ね返すことのできる、

ホログラムの大きな鏡が出現した。


 ミラーの陰で、Gは両手を合わせ、優しく広げて、

ホログラムのパチンコとコーヒー豆を現出した。


 Rは横で、筋トレを始めた。


 Yは腹の前で、両手を器のような形を作ると、

ホログラムでカレースパイスとしての

大量の唐辛子を出した。


 GがBの現出したミラーに隠れながら、

首の目玉めがけて、

パチンコでコーヒー豆を飛ばした。

 しかし、マシンガンの弾に当たって

はじき返されてしまった。


 「諦めんな!G!」

 「そうですね。もう一度、やってみます」


 Rは横で、筋トレを続けている。


 Gが首の目玉めがけて、

パチンコでコーヒー豆を飛ばした。

 しかし、大量のマシンガンから、

大量の弾が飛んできて、はじき返されてしまう。


 「諦めんなよ、G。諦めたら、終わりなんだぞ!」

 RがGに声をかける。

 「そうですね。頑張って、続けます」


 Gのホログラムのコーヒー豆は、無限に出てきた。

 Gの指に、少しマメができ始めた。


 「俺にもパチンコ、出してくれるか」

 W&Bが横から声を掛けた。

 「私にも、ひとつ」

 Bも声をかけた。


 GとW&BとBの3人で、

目の前のミラーの陰から、首の目玉めがけて、

コーヒー豆パチンコを打ち続けた。


 アバンダンが、少し疲れてきたのか、

マシンガンの勢いが少し弱まってきた感じだ。


 3人の、指にはマメができた。

 Gの指の血豆が潰れてきた。


 「血が出ているじゃないか!」

 「大丈夫です。頑張ります」


 その声が、アバンダンに届いた。

 「ん?『大丈夫です。頑張ります』・・・か・・・

 昔、仕事中によく言った言葉だわ・・・」


 「image(イメージ)!」


 Yが、唐辛子パワーで

必殺技の『イメージ』を発動した。

この必殺技は、過去の幸せだった出来事、

もしくは、起こりうる望ましい未来のビジョンを

匂い、音声、質感付きのホログラムや

微粒子映像を空間に具現化させることによって

相手にイメージさせることにより、

過去に肯定感を、未来に希望を

持たせようとするものである。


 アバンダンの若かりし頃、

看護師時代の微粒子映像を

アバンダンに見せ始めた。


 「うわ~、ほんとに、美人だわ~」

 映像を両手から出しながら、Yは涎を垂らした。

 「お美しい看護師さんですね」

 「美人だな」

 「き、綺麗なお姉さんだ」

 「こんなに綺麗だったのに、

なんであんなになっちまったんだ?」


 若い美人看護師が、大きな総合病院内で

笑顔で患者に対応したり、医師の指示を聞いて

休む間もなく動いたりしていた。

 「いいい、い、痛い・・・」

 「大丈夫ですよ、もうすぐ良くなりますからね」

 「ほんとかね。わしは死ぬんじゃないのかね」

  末期がん患者のケアをしていた。

 「じゃあ、痛いとこに貼っておきますね」

 モルヒネパッチを貼っていた。


 末期がん患者に対する、献身的なケアに対して、

患者の義理の娘が病院にやってきて

美人看護師に丁重に頭を下げて、礼を言っていた。


 「ああ、そう言えば、

感謝されていたこともあったわ」

 

 感謝された経験を思い出したことで、

アバンダンの攻撃力は弱まっていった。


 「マシンガンの勢いがかなり弱まったな」

 「今だっ!」


 Gのコーヒー豆が、首の目玉めがけて飛んでいく。

 コーヒー豆が、目玉に命中した。


 「ウッ・・・・」


 怯んだところで、Rが『空中浮遊』をして、

首の目玉にパンチ!


 「ギャアアアアアアア・・・」


 上に伸びていた首の目玉が閉じて無くなり、

無数の銃口も全て無くなった。

 首はスルスルと縮んで元に戻った。


     ◇ ◇ ◇


 「アバンダンさん、

僕たちはあんたをやっつけようと

しているわけじゃないんだよ」


 「看護師時代だけではなく、他にもいろいろと、

人間社会に背を向けざるを得ないような

辛い経験をされてこられたのではないかと思います」


 「私たちはあなたに対してそのようなことはしない」


 「あんたにはムカついたけど、辛かったんだよな」


 「アバンダンさんの持つ心の痛みは、

俺たちにも少しわかります」


 「みなさん・・・」


 アバンダンは目に涙を浮かべると、

絆創膏をひとつ、Gに手渡し、

緑色の粒子となって、消えた。

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