第9話、抒情詩・叙事詩・劇詩


 さて、近日の詩において最も勢力が大きいジャンルと言えば抒情詩でしょう。感情を歌うものから思想、主張を歌うものまでさまざまあり、その秀凡の基準を定めることは容易なことではありません。

 ですが、詩を書く際に目標設定をしっかりとしておけば詩を「よりよく」磨くことが容易になるでしょう。例えば、萩原朔太郎は『月に吠える』において「詩の表現の目的は」「情調」や「幻覚」「思想」「それらの者を通じて、人心の内部に顫動する所の感情そのものの本質を凝視し、かつ感情をさかんに流露させることである」と語っています(注40)。それならその通りにすればいいのです。感情が伝わるように、雰囲気や、リズムや、幻覚を用いて、直接的な言葉だけでは表現できないところまで、感情を正確に描写していく。それが『月に吠える』において成功しているのなら『月に吠える』は優れた詩集だと言えるでしょう。

 逆に、特定の詩の欠点を見つけるなら「その詩は目的を達成しているか」「その詩の目的設定は適しているか」について突けばいいわけです。とは言っても、あらを探そうとして詩を読んだり書いたりする目的を見失ってしまっては本末転倒ですが。

 そう言えば、みなさんは叙事詩というジャンルをご存知でしょうか? 中には、ホメロスの『オデュッセイア』や『イリアス』がお好きな方がいらっしゃったりするかも知れませんね。

 叙事詩の定義について辞書で調べてみれば「神話・伝説・歴史的事件・英雄の事績などを述べ語る長大な韻文」とあります(注41)。物語詩とは違って、題材に制限がかかっているんですね。例外はありますが、大抵の場合、作者自らが属すると考える共同体における歴史を扱うことが多いようです。また、その非虚構性も大きな特徴ではないでしょうか。こういうのは民俗学とかの領域になってしまうでしょうので容易なことは言えませんが、神話や歴史ですから、真実として語られるわけです。――それらが本当に真実であるかどうか、歪曲されているかどうかはともかく。

 ではなぜ、そんな傾向の作品群が「物語詩」と区別されているのでしょうか。私は「共同体の意識の高揚」が鍵であると考えています。アイヌユカルなら一部のアイヌ民族の、ダンテの『神曲』なら特定の界隈の、意識に訴えかけるものであるのではないでしょうか。また、こういった作品は主人公の側に肩入れして見ることができれば、その共同体の外にいる人でも普通に楽しむことができるでしょう。

 また、劇詩についてもお話ししましょうか。これは基本、戯曲、台本の台詞を韻文で書いたものになるのですが、まず普通の人はこんな喋り方しません。昔であれば、演説などの改まった場においては周期的な律動を持った喋り方をする人もいたようですが(注42)、日常生活においても韻文で喋る人は早々いなかったでしょう。

 ですから、劇詩における「台詞」の扱いと言うのは、散文劇における台詞とは全く違った扱いを受けます。ラシーヌ(注43)やシェイクスピア(注44)、カルデロン(注45)に見られるようにまるで歌うような長広舌がその最たる例でしょう。


(注40)注4に同じ

(注41)注17に同じ

(注42)戸塚七郎 訳「アリストテレス 弁論術」(岩波書店 1992年3月16日)

(注43)訳者 渡辺守章 ラシーヌ 作「ブリタニキュス ベレニス」(岩波書店 2008年2月15日 第1刷発行)

(注44)シェイクスピア 福田恆存訳「リチャード三世」(新潮社 昭和四十九年 一月三十日 発行)

(注45)カルデロン 作 訳者 高橋正武「人の世は夢・サラメアの村長」(1978年11月16日 第1刷発行)


 その他の参考

  久保正彰「西洋古典学入門 叙事詩から演劇詩へ」(筑摩書房 二〇一八年八月十日 第一刷発行)

  中川裕「アイヌの物語世界」(平凡社 1997年3月15日 初版第1刷)

  訳者山川丙三郎「ダンテ 神曲(下)」(岩波書店 1958年8月25日 第1刷発行)

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