第6話、イメージに関わる「あや」


 私たちは詩を読み、また耳から聞く際、脳裏に「イメージ」を浮かべながら鑑賞することでしょう。イメージは、使う言葉や言葉の使い方に大きく左右され、同じ内容を言い換えても、浮かぶイメージは全く異なることがよくあります。今話では、その現象をうまく利用するための「あや」を紹介していきましょう。

 まず、比喩。これは少し立ち入るだけで直喩、隠喩、提喩、換喩……と切りがなくなってくるので、実用的な面において二つに分けましょうか。それは「喩えるものと喩えられるものとの差が大きくても大丈夫なもの」と「喩えるものと喩えられるものとの差が大きいと機能不全に陥るもの」です。

 直喩は前者に当たります。「ティラノサウルスのような服屋さん」と全く関係のないものを結び着けても我々は「恐竜みたいに顔のいかつい人なのかな?」とかそんな感じで受け入れることができますからね。最悪「微分方程式のようなニシュタマリゼーション」と言われても、甲が乙に喩えられている、という関係性は分かります。全く違うものを結び着けることによって、イメージを従来浮かぶはずだったものと大きく引き離すこともできるというわけです。無意味にしてもいいことはないでしょうが、うまく使えば作品の複数の主題をひとつに結び付けることもできます。

 また、隠喩や提喩は後者でしょう。「剣」を「花」と言い換えて通じるひとは滅多にいないでしょうからね。せめて「傷つけるもの」とか「鉄」とかみたいに関連性のある言い換えをすべきでしょう。

 ですが、隠喩においても「喩えるものと喩えられるものとの差が大きくても大丈夫」なパターンがあります。例えば「ティラノサウルスのような服屋さん」と直喩した直後なら二つの間に関連性が生まれるために、服屋さんのことを「ティラノサウルス」と呼んでも問題ないわけです。また、直喩を用いなくても作品において一貫して「剣」を「花」と言い換えれば読者は「剣を花で喩えてるのかな?」と推察することができるでしょう。

 また、掛詞や縁詞もこうした「比喩」と似たような効果があると言えるでしょう。

「イメージ」は古来より詩において重要視されてきました。象徴詩や和歌の一部などはこうした「比喩」や「掛詞」を始めとする「本来その文章になかった印象を与える」「あや」によって支えられています。オクタヴィオ・パスは「詩においては、言葉の多義性を全力で活用するが、散文においてはこれを抑え込み、意味を一つに絞ろうとする」という雰囲気のことを言っています(注32)。

 また「言い換え」と言うのはそれが比喩でなくとも効果を発揮します。例えば「愛情」と言う言葉、これは「愛しみ」「ラブ」「アフェクション」と言い換えることができますが、どれを使っても違う雰囲気をもたらします。

 和語を使えば柔らかな雰囲気を、漢語を使えば硬派な気配を、西洋語を使えば意識高そうな感じを、もしくはポップな感じを与えられる、と言えば雑な分類、ステレオタイプにはなりますが、一見同じ言葉でも与えるイメージは大きくことなることが分かるでしょう。

 他に、色を思わせる語の多用なども、与える「イメージ」を操作するための「あや」の一つです。「金」「赤」「蘇芳」などが字面を埋めればカラフルな感じを与えるでしょうし、「密林」「翡翠」「ケツァール鳥」と書けば「緑っぽい」印象を与えることができるでしょう。

 これは色でなくとも構いません。「口蓋化」とか「奪格」とか「グリムの法則」のような言葉を散りばめれば「言語学っぽい」雰囲気を与えられるでしょうし、地質学っぽい言葉を使えば地質学っぽくなります。また、これは実際に地質学について話していなくても問題はないのです。「恋愛」を「地質学」で喩えた「恋愛」の詩だってあり得るわけですから。


(注32)注3に同じ


その他の参考

 訳者 松本仁助 岡道男「アリストテレース 詩学・ホラーティウス 詩論」(岩波書店 1997年1月16日 第1刷発行)

 戸塚七郎 訳「アリストテレス 弁論術」(岩波書店 1992年3月16日 第1刷発行)

 佐藤信夫「レトリック感覚」(講談社 1992年6月10日 第1刷発行)

 

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