第17話
目を覚ましたときの気分は最悪だった。だってただ男友達とバイクのニケツをしてたらアイツ勝手に事故りやがって。最悪。これからまだまだ楽しいことあったっていうのに誰かのせいでこうなるとは思いもしないでしょ。
でも時間が経つに連れて、じわじわと喜びのほうが勝った。だってこの世界、前世でプレイしていた『キラメキ☆ハピネス学園!』の舞台だったんだから! 攻略するのは面倒くさくて妹に押しつけたけど、ストーリーは一通り見ている。ただ知っているのと違うなって思ったのがわたしの姿がヒロインのフリージア・エーデルじゃなくて、次回作の主人公として発表されていたリリー・ナスターシャのほうだった。次回作のヒロインってことで結構かわいい顔だし黙っていてもホイホイ男が釣れそう。
ってことはこの世界は次回作のほう? ってわけわかんない状況だったけど、学園の案内は来ていたから取りあえず入学するほうでこっちの両親と話を進めていた。こっちの親は特に取り柄もなく普通も普通。まぁでもそんな貧乏なほうじゃなくてよかった。あんまり贅沢できないのが不満だったけど。
一応学園に入学するとして、それよりも色々と調べなきゃ。わたしがリリーってことは前作から二年後の世界なのか。新しくキャラが追加されるとかも言っていたけど、二年後だったらまだ前作のキャラもいる。どのキャラを攻略するか迷うし、それに逆ハーレムにするのもありだし。ってことで風邪で休んだフリをしてちゃっかり学園に来ていた。
「わっ、なにこれ……! 前作のキャラしっかりいるじゃん!」
こっそり確かめてわかったのは、ここは前作の世界だった。そしたらなんで二年後に現れるはずのリリーもといわたしが、二年前の新入生であるかはわかんないけど。でも細かいとこはどうだっていい、わたしにとっては最高なことが起きるってことなんだから。
前作で一番好きだった王子であるレオ・ヴィクター・スターチスの攻略が可能ってわけ!
次回作だと前作のヒロインと結ばれちゃって攻略キャラから外れてたけど、二年前の世界だと前作のヒロインに取って代わってレオを落とすことができる。あのキャラは悪役令嬢キャラである婚約者とものすっごく仲悪い。メインストーリーだったこともあって攻略もチョー簡単! レオと結ばれれば玉の輿に乗ることだってできるし、お姫様になったら贅沢もできる! マジでこの世界イージーモード!
あ、でも二年前ってことは前作のヒロインもいるわけか。先にレオに近付かれたら困るし、前作のヒロインがやるはずだったイベント全部潰してやって代わりにわたしがイベント発生してあげよ。そしたら前作ヒロインもただのモブになる。前作ヒロインも別に嫌いじゃないけど、でもやっぱりわたしのほうが可愛いし。きっとわたしのほうが攻略キャラたちも嬉しいでしょ。
そしたら早速動かなきゃ。まずはお金持ちだけど頭がバカなフィリップ・ルカ・ウィンクル、陽キャだけど単純だから可愛く言い寄ったらすぐコロッといくはず。きっと利用できるから好感度上げておかないと。
あとは魔法が使えて便利そうなシミオン・オーキッド、こっちは頭はいいけど陰キャで友達がマジでいない。少しおだてあげればすぐ心開いて懐くんだから、こっちも簡単。
二人と出会いイベント発生して、そしてあとはあの邪魔な悪役令嬢をどうにかしなきゃ。適当に悪い噂流しておけばすぐに勝手に自滅するに決まってる。ワガママで金遣い荒くて、使用人もイジメてる設定だったからみんなすぐに信じるでしょ。まずはクラスメイトにそれとなく「あの人って性格悪いんでしょ? クビにされた人がいっぱいいるって聞いた」とか言えば噂好きの女子は勝手に話を広げてくれる。それに、お喋りのおバカもといフィリップにも「あの人怖い」って目をウルウルしながら言っておけば簡単に信じてこっちも勝手にでっち上げた話を広げてくれる。
あ~、ほんと、ヒロインっていう立場のおかげで何もかもチョー簡単。悪役令嬢を嫌ってるエディも出会いイベント発生できたし、あとはサイラスなんだけどこっちはなかなか会えないのよね。ま、体育会系のキャラだったし暑苦しいのは苦手だからこっちは別にいっか。レオは悪役令嬢の噂がある程度広まったあとに会えば、勝手に好感度が上がってくれるはず。
授業も適当に過ごして、クラスメイトのお喋りにも笑顔で適当に相槌を打っていれば好感度上がるんだからほんとラク。ただお喋りフィリップとジメジメシミオンの相手をして好感度下がらないようにしなきゃいけないのが面倒。
「ほんとにさぁ~、あの女の噂色々聞くけどろくなことないよ! 高飛車で高慢らしくてさ、あんなのが婚約者だなんてレオも可哀想だよね~」
「ダメだよフィリップ、そんな、人の悪口言うなんて……」
「リリーは優しいね。あんなヤツのことも庇ってあげるんだから。リリーが婚約者だったらレオも今頃幸せだっただろうにね?」
「わ、わたしなんかが王子様の婚約者だなんて、そんなの務まらないよっ」
「あっはは! かっわいい~リリー」
にこにこしながら近寄るな暑苦しい。必死に笑顔浮かべて猫被ってるっていうのに、こっちの苦労もわかってほしいわ。まぁわかったら攻略できなくなっちゃうからこのままバカでいてほしいけど。フィリップと適当に喋ったあとはシミオンのほうに行かなきゃいけないし。
「ごめんねフィリップ、ちょっと用事思い出したから行くね」
「ちぇー。どうせシミオンのとこでしょ? あんなヤツと一緒にいるよりボクと一緒にいたほうが絶対楽しいのに」
「だってシミオン先輩、一人ぼっちで可哀想でしょう? お喋りしてあげないと」
「ほんっとリリーは優しいな! 寧ろ優しすぎる、かな? どっかのバカ女も見習えばいいのに~」
見習ってもらったら困るのよ、悪役令嬢は悪役令嬢らしくワガママに振る舞ってもらわないと。ワガママであるほどわたしの印象がよくなるんだから。
おバカなフィリップには作り笑顔で手を振って、シミオンが魔法の研究をしている教室へと向かう。なんか魔法を使うことができる生徒は周りの迷惑にならないようにって、一人ずつ小さな個室が割り当てられてるらしい。なにそれサボり放題じゃん。魔法使える人が少ないからって結構優遇されてんのよね。
いつもと同じようにシミオンの部屋をノックしたら、どもりながら出迎えに来る。ただドア開けてくれるだけでいいんだけどね。こっちも適当にお喋りして、ヨイショしてあげるのも忘れない。可愛いわたしから褒められたら嬉しいでしょ? わたしに何か困ったことがあったら助けてくれる? って上目遣いで聞いてみればすぐに顔を真っ赤にするんだから。
さて、色々とうまくいってることだしそろそろ王子のレオの攻略にいってもいいよね。様子見てみたら前作のヒロインどこにも見当たらなくて、わたしがヒロインになったことでうまくモブキャラになってくれたみたい。噂も広がってあとはわたしがレオの好感度を上げたらそれでハッピーエンド。清々しく断罪イベントやってあげようじゃない。
あ、でも断罪イベントだと悪役令嬢って生き残るんだっけ? あれ、どうだったかな。ほとんど死んでたからどうせ断罪イベントあとに国外追放されて盗賊に殺されたりしたっけ。それはまた別のイベント? ま、どっちにしても悪役令嬢がどうなろうと知ったことじゃない。どうせただのゲームのキャラなんだから。
「あのバカ! なんてことしてくれたのよッ!」
寮暮らしだから自分のベッドに思いきり枕を投げて叫んでやった。バカだとは思ってたけどまさかここまでバカだったなんて。悪い噂を流すだけでよかったのによりにもよって殴ったりする? 未だに王子の婚約者なんだから殴るんなら断罪イベントあとにしてよッ!!
そのせいであのバカ謹慎くらって噂が広がりにくくなってる。こうなったらシミオンの魔法で色々と助けてもらわなきゃ。見ないと思っていた前作ヒロインはなんかサイラスと一緒にいるみたいだし。まぁこっちは別に攻略してるわけじゃないからどうでもいいんだけど。勝手にどーぞって感じで。
ただあのお喋りわたしのことベラベラ喋ってんじゃないかって、そっちのほうが気になる。わたしから噂を聞いたって言ったらどうする? 一体誰から聞いたかって聞かれる可能性もあるんじゃない! もう、面倒なことになるのは絶対にイヤ!
「こうなったら早くレオとの好感度上げなきゃ……! 出会いイベントすませたし、あとは一緒にいるだけで大丈夫でしょ……!」
一緒にいれば勝手に好感度上がるんだから、こうなったらほぼ毎日レオの傍にいなきゃ。噂のことを聞かれても「わたしはフィリップから聞いた」とか適当に言えばいい。
それからはもう、ひたすらレオ攻略の日々よ。一緒にいても嫌がってるようには見えないし、名前呼んでも大丈夫そうだったから好感度は上がってるはず。ただ焼いたクッキーは食べてくれなかったのが気になったけど。でも王族ってそういうものなのかも。何が入ってるかわかんないから勝手に食べたらいけません、みたいなこと言われてそう。窮屈で面倒くさそうよね、王族っていうのも。
悪役令嬢がレオから離れるようにってシミオンに頼んで嫌がらせもしてるし、向こうが何を言おうとも周りの好感度が低いんだから「それはあなたがわたしにやったんでしょ」とか言えばきっと周りはすぐにわたしの味方をしてくれる。断罪イベントが発生するパーティーも数日後だし、謹慎中のフィリップもシミオンの魔法で隠れてこっちに来てるから何があっても大丈夫。
そう、すべてうまくいくはずだったのよ。なのになぜか断罪イベントは失敗に終わって、婚約破棄を望んでいたのはまさかの悪役令嬢のほうで。モブになっていたはずの前作ヒロインはなぜか悪役令嬢と友達ごっこしてるし。エディとサイラスの好感度を上げなかったからこうなったの? 噂を流していたのも悪役令嬢に嫌がらせをしていたのもわたしだってこと、エディにバレてしまった。結局断罪イベントで自分が恥をかいただけだった。
「まずい……まずいこのままじゃ、玉の輿どころじゃなくなっちゃう!」
あの会場にいた生徒たちは一斉にわたしに冷たい視線を向けた。一般の生徒の好感度も上がっていたはずじゃなかったの? だってわたしはこのゲームのヒロインなのよ、みんながわたしのこと好きになるはずなのに。
「フィリップ、シミオン……助けて!」
わたしを待っていた二人に抱きついて泣くフリをする。パーティー会場であの悪役令嬢に嫌がらせをされたって、恥をかかされたって伝えたら二人は単純だからそれをまるっと信じた。
「……やっぱりろくな女じゃなかったね、あの女――殺しておけばよかったかなぁ?」
死んでる目でそう笑いながら言ったフィリップに、わたしもハッとした――そうよ、あのキャラは元は死ぬはずのキャラなんだから。だからきっとあの女がいなくなればすべてうまくいく。レオだってわたしのこと本当は好きなのに、あの女が邪魔をするからこんなことになっちゃったのよ。
「……ねぇ、フィリップ、シミオン。それって、今からでも遅くないんじゃない?」
「え……?」
少しきょどってるシミオンを無視して、フィリップに笑顔を向ける。
「フィリップって家いっぱい持ってるのよね? そしたら牢屋がある家なんかもあるんじゃないの?」
「……あったまいいね~、リリー」
「シミオンの魔法があれば、簡単に運べるよね?」
「運べるけど……相手は公爵令嬢だよ、バレたら流石に騒ぎに……」
「バレないように出来いるよね? シミオン。それともわたしのお願いは聞けない……?」
「こんなところでヒヨんないでくれる? それともアンタはリリーのこと好きじゃないわけ?」
「そんなことはっ……!」
二人を言い包めるのってとっても簡単。あの悪役令嬢がなかなか一人にはならなかったけど、わたしが男子生徒にエディが先生に呼ばれてたってことを言えば簡単に引き剥がすことができる。あとはシミオンの魔法で他の生徒を遠ざけて一人になったのを見計らって、フィリップが薬がたんまり染みてるハンカチで鼻と口を押さえて気絶させてもらった。
気絶させるのに魔法を使えばいいじゃないって思ったけど、シミオンが言うには魔法って使った痕跡が残るらしいからあんまり多く使わないほうがいいらしい。それもそれで面倒ね。
「イイトコロ知ってるから、そこに運んじゃおうよ。ついでに監視のためにそのへんのヤツらを金で雇えばなんとかなるよ」
「姿は簡単に隠せるしね……」
「ありがとう、フィリップとそしてシミオン……二人がわたしの味方でいてくれて、よかった」
目をウルウルさせて、両手を組んで見上げれば二人は顔を赤くして嬉しそうな顔をする。
あ~、やっとうまくいきそう。あの女をすぐに殺さなかったのはきったない牢屋の中で惨めな思いをさせてあげたかったから。あれだけわたしに恥をかかせたんだからそれくらいの思いはしてもらわないと。あとはどうしよっかな? ムチで打ってあげるのもいいし空腹状態にしてあげて弱るのを眺めるのもいいかも。わたしの憂さ晴らしにとことん付き合ってもらわなきゃ。
なんで今わたし、レオに剣を向けられてるの? 周りは騎士がたくさんいるしフィリップとシミオンは連れて行かれた。一体何がどうなってんのよ。
だってわたしはこのゲームのヒロインなのよ? みんなわたしを愛してるしわたしは愛されなきゃいけない。それなのに、レオの剣がわたしの首に当たってそこから血が流れてるのがわかる。どういうこと、ここってゲームの世界なんでしょ? どうして血が流れるのよ。
「レ、レオ様っ、わたし、わたし違います! わたしはあの二人に騙されてっ」
「俺の名を呼ぶな」
身体が勝手に震える。だっておかしいでしょ、メインルートである王子はいつもキラキラしてて、ヒロインに優しい顔を向けて。だからこんな、嫌悪感丸出しの雰囲気でヒロインに剣を向けるなんて、そんなこと。
「なっ……なん、で、だって、レオ様、わたしのこと好きなんでしょ? 愛してるんですよね……?!」
「お前のような女、誰が愛するものか」
イタイイタイイタイ、どうして首がこんなにも痛いのよ。それ以上力を強めないで。本当に、このままだとわたし――死んじゃう。
「俺とカトレアを見くびりすぎたな」
どうして王子は仲が悪くて嫌っていた悪役令嬢をわざわざ助けに来たのよ。
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