第11話
「少しいいでしょうか」
私の隣にヌッと現れたエディの視線の先にいるのは、置き去りにされたリリーだ。
「リリー・ナスターシャさん。貴女はカトレアから嫌がらせを言っていましたが」
「そ、そうです! わたしずっと怖くてっ」
「それを見た生徒の名前を教えてください、確認しますから」
「え……?」
「見た生徒がいたんでしょう? 誰ですか。嫌がらせの目撃した大切な証人ですので貴女も名前ぐらいは聞いたんじゃないんですか」
「そ、れは……」
そもそも私が実際嫌がらせをしていたわけではないから、目撃した生徒などいないはずだ。ただし、彼女が誰かにお願いしたりしていれば恐らく「見た」と言う生徒は出てくるだろうけれど。けれど今のところその生徒が名乗り出てこない。
「気が、動転していて、お名前聞いてないです……」
「そうですか。ならばカトレアとフリージアさんが一緒にいたところを見たことがある人、いますか」
「はい、私見ました」
「俺も見たぜ。噴水のある中庭だろ?」
「下校時間も大体一緒にいますわよね」
一方、こちらの目撃証言はたくさんある。私とフリージアが一緒にいるのは事実だし、身分の差など気にせずに一緒にいたため見たことがある人は大勢いるのだろう。
「そんなのっ、だからその人がそっちの人に嫌がらせの指示をしたって言ったでしょう?!」
「ちなみにですが。その嫌がらせは私物の紛失に放水、あとは、階段から突き落とされそうになったと」
「そう! お願い、エディさん……わたしを信じて」
手を組んで上目遣いのお願いポーズ、流石はヒロイン。そして私の隣にいるもう一人のヒロインはものすごく引いていた。いやあなたも同じことできるしそれにきっと可愛い。嫌がる男性はいないだろうしサイラスなんてものすごく喜ぶに決まっている。
ただし、そんなヒロインのお願いポーズをされたにも関わらずエディは特に表情を変えることなく淡々としていた。
「ものすごい偶然ですね。実は同じ嫌がらせを受けた人を知っているんです。そうでしょう、カトレア」
「えっ?」
突然話を振られてつい声をもらしてしまったけれど、エディはジッと私に視線を向けた。
「私物の紛失、それに上から水をかけられそうになった」
「……どうしてエディが知っているの」
「そしてカトレアは嫌がらせを受けたことを周囲にもらしたことはない。なのでカトレアがどんな嫌がらせを受けていたのか誰も知らない。ものすごい偶然ですね、あなたが受けた嫌がらせとカトレアが受けた嫌がらせが同じだなんて」
エディはもうすべて調べているのだろう、しかし私が嫌がらせを知っていたのは本当に御者一人だけ。御者に話を聞かないことには私が嫌がらせを受けていたということは知りようがないし、そしたらそもそもどうして御者に話を聞こうということになったのか。エディが行動を起こしたきっかけが私にはわからない。
「く、口からでまかせでしょう? エディさん。もしカトレアさんが嫌がらせを受けていたとしても、それを見た人も知っている人も誰もいなかった、ということですよね? エディさんの勘違いじゃないんですか? その嫌がらせを受けていたのがカトレアさんではなくて、わたしだったんですよ」
「私は、カトレアが階段から突き落とされそうになったときその場にいました」
「ッ……?!」
「カトレアの背中を押した人物は見えませんでしたが、彼女は決して足を踏み外したわけではなかった。それに落ちそうになったところを見たのは私だけではなく複数の生徒が目撃しています」
確かにあのとき下から上ってきた生徒が落ちそうになった私と受け止めたエディの姿を見て驚いていた。他の嫌がらせの証言はできなくても、突き落とされそうになったという証言ができる人は多々いる。反面、リリーが突き落とされそうになったところを見た人はいない。
ここまで来ればこの場にいる人たちはわかるだろう、彼女が私に嫌がらせを受けたというのはまったくの嘘。そして逆に嫌がらせを受けていたのは私。そして一体誰がその嫌がらせをしていたのか。内容を知っていたのは調べていたエディと嫌がらせをやっていた当人だけ。
生徒の冷ややかな視線が一斉にリリーに向かう。儚い雰囲気をまとっていたヒロインは表情を歪め、追い詰められていた。
「そんなの、そんなのその女が悪いんじゃない! 婚約者だなんて言って好き勝手にやっていたんでしょう?! 高慢で高飛車、そんな噂を信じている人はたくさんいるわ?!」
「お言葉ですが、私は幼少期からずっと一緒にいたためカトレアがどんな人物なのか知っています。噂のように金遣いが荒いことなどまったくなく使用人を虐げたことなど一度もない。彼女は使用人を大切にし、またアルストロ家に誇りを持っていつだって令嬢として正しくあろうとした」
「それこそエディがそう思い込みたいだけじゃない!」
「これ以上は不敬と見なして貴女を訴えます。もちろん、この場でカトレアを嘲笑った者たちも。顔と名前は覚えていますから。それに」
一度言葉を切り、エディは鋭い目つきでリリーを睨みつけた。
「なぜそんな噂が広まったんでしょうね」
リリーは顔を真っ赤にして歪め、そして視線に耐えられなくなったのかパーティー会場を飛び出していった。まだまだ騒がしい会場、貴族の中では色んな言葉が飛び交い、そしてあまり自分には関係ないと思っている一般の生徒の中には食事に戻っている者もいる。確かに今からは自由時間でどうしようかはそれぞれ自由だ。
私は振り返るエディに視線を向ける。一体どこから、と口を開こうとする前に突然隣から引っ張られ、慌ててそっちに視線を向ければ頬を膨らませているフリージア。
「嫌がらせを受けてたの?! カトレア!」
「え、ええ、まぁ……」
「どうして言ってくれなかったのよ! 私は何があってもカトレアの、味方だってっ……!」
「カトレアは自分で解決しようと思っていたんです。アルストロ家として、父親に不甲斐ない姿を見せたくなかったのでしょう」
流石はエディ、小さい頃から一緒にいただけはある。私の考えなんてお見通しだったのねと苦笑した。私物の紛失や水をかけられる程度の嫌がらせなら放置しておくつもりだったけれど、流石に階段から突き落とされそうになったとなると調べなきゃいけないとは思っていた。
そもそも私は悪役令嬢で、嫌がらせぐらいはあるだろうと小さいものに関してはあまり気にはしていなかった。そうでなければ死亡ルートばかりある悪役令嬢を生きていけない。そういうことで、身の危険に関しては若干無頓着であったと少し反省している。それを見越してエディは色々と調べてくれていたのだろうか。
「手を煩わせてしまってごめんなさいね、エディ」
「いいえ。正直、私もあなたが突き落とされなければここまで調べようとはしませんでした。きっと自分で解決すると思っていたので」
「仰るとおり」
「でも言ってよ! 私の知らないところでカトレアが嫌がらせされてたって、私相手のこと許せないよっ?!」
「ご、ごめんね? フリージア。心配かけさせちゃって」
「本当よっ!」
「それよりも、これからどうするんだ?」
そういえばサイラスの存在を忘れていた。彼の言葉に私たちは顔を見合わせた。あんな騒ぎがあってフリージアはもう何かを食べる気にはなれないらしい。それよりもムカムカして大声を出しながら走りたい気分だそうで。それだけはやめようね? と苦笑しながら窘める。流石にヒロインと言えどそんな奇行に走れば変な目で見られる。
「……カトレアの家でお喋りでもしたらどうですか? 学園にいるよりは安心だと思いますが」
「ナイスアイデアエディくん! 私カトレアのお家に行ってみたかったし!」
「それもそうね、ご招待するわ。サイラスも一緒にどうかしら?」
「いいのか?」
「いいと思います。寧ろ、女性二人よりはいいかと」
「……なるほど」
私はただ単純に誘っただけなのだけれど、エディはそうは思っていないみたい。私が嫌がらせを受けていた、そしてその犯人は恐らくリリー。そのリリーは頭に血が上った状態で会場をあとにした。これで彼女が反省して何もしてこなければ安心できるけれど、果たしてどうだろうか。ヒロインの配役は代わり、結局断罪イベントは起こった。悪役令嬢の私の身にこのまま何も起きないことなど、あるだろうか。
だからこそエディは騎士見習いであるサイラスを護衛として行くように勧めたのだろう。エディって本当にここまでカトレアにとって過保護だったかしら、と再三思ってしまう。確かに作中ではおっちょこちょいのヒロインのことを心配していたことはあったけれど。
「ではそれぞれ教室に鞄を取りに戻って、そして正門前で集合というのはどうでしょうか」
「私のクラス離れてるから急いで行かなきゃ!」
「カトレアはあまり一人でいないように気を付けてください」
「わかったわ」
「それじゃ、行くか」
そして四人でパーティー会場から出てそれぞれのクラスに向かう。一人フリージアだけ別行動になってしまうため、念の為にサイラスには遠回りになってしまうけれどカトレアに付いて行くようにお願いした。もしかしたら私と共犯者にされそうになったフリージアも何かされるかもしれない。それこそヒロインとしてのイベントが発生してもおかしくない。
私も途中までエディと共に行動する。教室は別々のため途中で分かれてしまうのだけれど、途中の廊下で待っていてくださいと言われて大人しくそれに従うことにする。いつもなら「そんなの大丈夫よ」と言えるけれど、私には心配事が一つあった。
唯一の生存ルートである断罪イベントが、恐らく失敗に終わっている。
王子はあんな大きな声で婚約破棄などしないと言ってしまったし、本来であればイベントのあと王子とヒロインとで行われるイベントもなくなってしまう。断罪イベントが失敗に終わったということは、悪役令嬢にとってはあとは死亡ルートしか残されていない。
それに、これはあとでフリージアに言わなければと思っていることなのだけれど。多分、リリーも転生者だ。
色んなバグが発生しているため本来あるべきだったイベントがなくなっていたり、また配役が変わったりいないキャラとなぜかいるキャラとと随分滅茶苦茶になっている。そんな中、リリーは断罪イベントを見事に発生させている。本来ヒロインのフリージアが起こさなければならないイベントを代行できているのだ。しかも彼女は私がフリージアを虐めているものと思っている様子だった。
「……っと、エディはまだか」
すぐに支度を済ませて教室を出てきたせいか、エディがまだ来ていない。もしかして他の生徒に捕まったのか、別の用事が出来てしまったか。取りあえず大人しく待っていましょと視線を上げたときだった。我が目を疑った。
「シミオン・オーキッド……?!」
今まで一度も目にすることがなかった、攻略対象者の一人であるシミオン・オーキッドが視線の先に立っている。一応この学園の制服は着ているようだけれど、ならばなぜたった一度もその姿を見ることはなかったのか。
彼は光が宿っていない目を私に向け、なぜかゾクッと背筋に悪寒が走った。あれが本当に、乙女ゲームのキャラだっていうの?
「なっ……?!」
突然背後から鼻と口を布で覆われる。咄嗟に何かの薬かと思ったけれどすぐに意識が朦朧としてきた。目の前にいたシミオンの仕業ではない、ということはもう一人誰かがいたのか。
せめて何か残さなければ、とボタンを引き千切ったと同時に私を意識を手放した。
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