第3話
父とのやり取りを終えて翌日、ホクホク顔で登校した。ちなみに今まではなぜか王子と一緒に登校していたけれど、近いうちに婚約破棄の話を陛下から聞くだろうしそんな相手と王子もわざわざ登校したくないだろう。ということで今日からは別々だ。そして私が真っ先に向かった先は噴水のある中庭。顔を出してみれば予想していた人物がすでに待っていて、私の顔を見た瞬間大きく手を振ってきた。
「カトレア! どうだった?」
「ものすごくすんなりいったわ!」
私もフリージアの元に駆け寄って手を取り合って二人でキャッキャとはしゃぐ。悪役令嬢だからハードモードかと思いきや、幼い頃から父との交友関係を築いてきていたおかげで少し難易度が下がったような気がする。よかった小さいときに自暴自棄になっていなくて。
「まぁでも王子の説得は自分でするように言われたわ」
「でも王子ってカトレアにそこまで関心がないんでしょ? ――こんな綺麗な人に関心がないなんて意味不明」
「聞こえてるわよフリージア。でもゲームの印象から言うと王子の好みって可愛らしいふんわりした人なんじゃない? ね? ヒロイン」
「うぅっ……嬉しくない……」
何やらフリージアの様子が一気に沈んで、もしかして何かあったのかと俯いている顔を下から覗き見てみる。ちょっぴり涙目になっていてもしかしなくても何かあった。嫌がらせでも受けたのだろうかと慌てた私にフリージアは頭を左右に振る。
「違うのよ……普通にね、普通によ? 一生徒として過ごしていたらよ? 攻略対象者からものすっごく! 声をかけられるの!」
何やら普通に歩いていたら突然声をかけられて急に名前を聞かれたり、少しでも荷物を持っていたら持ちますよと颯爽と声をかけられたり。いきなり名前聞かれるなんてそれなんていうナンパって言いたくなるし、荷物だってノートたった五冊分だったらしい。か弱い女子でも持てるわそれくらい。
そして仕舞いには、急いで移動していたら等々廊下の角で王子と激突したらしい。尻もちをついたところ「大丈夫か?」と手を差し伸べられたそうだ。
「何それ……とんでもないヒロイン補正ね」
「しかも中には『アルストロ令嬢に関わらないほうがいい』とか言い出すキャラも出てくるのよ?! はぁ?! ていう感じじゃない?! なんで友達を急に悪く言われなきゃならないわけ?! 信じられない!」
実はというと、私も攻略対象者から特に私から何かをしたわけじゃないのに毛嫌いされている。廊下ですれ違っただけで嫌な顔をされるのだ。私あなたに何かした覚えまったくないんだけど、と思っていても彼らは私から遠ざかろうとしている。
「私も悪役令嬢補正がかかってるのよね……」
「何それ何それ! ほんっとしょーもないシステムよ! ムカついたからそれからキャラと一言も喋ってないわ! イベントなんて全然起こしてやんないんだから!」
よっぽどご立腹のようで、今後イベントを起こさないため四六時中私の傍にいるとフリージアは宣言した。私は別に嫌じゃない、悪役令嬢補正でぼっちで終わりそうだった学園生活の中で唯一の友達がフリージアなのだ。友達と仲良く楽しく学園生活を過ごしたいに決まっている。それに、私の傍にいたら悪役令嬢補正で攻略キャラは近付きたくても近寄れない。フリージアにとっても悪くない話だ。
「これは乙女ゲームなんかじゃない……友情育成ゲームよ! ねっ、カトレア!」
「フフッ、すごくいいと思う! 思う存分学生楽しみましょ!」
「夏休み何する?」
「まだ入学したばかりだけど?」
この世界にも四季があって、しかも入学式は四月の桜満開の季節。ということで夏もあれば秋もあり、冬もある。学園も夏の長期休暇はあるから、それが所謂『夏休み』になる。
そういえばアルストロ家が治めている領地で海辺があったはず。夏休みに実家に帰って海で泳ぐのもいいかもしれない、と提案してみればフリージアの顔がパッと輝く。それから水着はどうするか、浮き輪とかバナナボートの代えになるやつはないかと話が膨らみそうになったところ一度ストップをかける。
「取りあえず王子に婚約破棄の話をしなきゃ」
「あ、そうだった。一人で大丈夫? 私ついて行こうか?」
「イベント発生するんじゃない?」
「……陰ながら応援しているわ、カトレア!」
取りあえず少しでもイベント発生率を下げたいフリージア。素直な彼女の反応に笑顔になりつつ、フリージアは今のところ平民の子だから気軽に王子に声をかけるのは難しい。結局話をするには私一人で行くしかないのは最初から決まっていた。
「あ、ところでフリージアの好きな人には出会えたの?」
ヒロインとは言え自由に恋愛したいと言っていたフリージア、もしかしてすでにそういう相手がいるんじゃないかと思って聞いてみれば彼女の顔がポッと赤く染まった。なんだ、いたんじゃないと思いつつゴニョゴニョと可愛らしい反応をしているフリージアをにこにこと見守る。
「えっとね……攻略対象者である、サイラス・キャメロン・フロックス……」
サイラスと言えば騎士見習いの体育会系、そういうキャラが好きなのかとふむふむと頷く。
「の、執事のクラーク・オクロック様!」
「えっ?」
ゲーム中にも確かサイラスルートで一瞬映ったことはある、サイラスの執事。渋くて尚且つ物腰柔らかなナイスミドルだった。ということは。
「枯れ専……?!」
「恋に年齢なんて関係ないわ!」
そりゃゲーム中の攻略対象者に彼女がハマるわけがなかった。ならなぜこの世界の元となった乙女ゲームをしたのかと聞くと、実はプロモーション映像で端のほうにチラッと映ったのを見て一目惚れしたのだという。いたっけ……? と思ったけれどその一瞬でゲームを買うことを即決した彼女にはあっぱれだ。
ともあれ、彼女も言っていた通り恋に年齢は関係ない。サイラスルートに入らない程度に彼と関わりつつ、シークレットルートと言えばいいのか、執事のクラークルートに入ろうとしているフリージアを私はもちろん応援することにした。
翌日父から話がすんなり通ったという話を聞いて、ならば早速と私も王子に会いに行くことにした。一応フリージアに今から王子に婚約破棄の話をしてくるねという報告をしてから。彼女はグッと握りこぶしを作って「頑張って!」と私の背中を押してくれた。
学園内で王子の姿を探す。とは言え入学して数日は行動を共にしていたため、どこにいるのかある程度予測はできる。彼は大体自分の幼馴染で補佐役を担っているエディ・ライラックと一緒にいる。ということで片方どちらかを見つければ必ずどちらかがいる。
授業が始まる前だから図書室に向かって、それの帰りかしらと廊下を歩いていたらビンゴ。目の前に二人の姿を見つけた。先にエディが私に気付いて軽く頭を下げてくる。一応エディとも顔見知りの仲のため気まずさはない。ただ唯一困ることと言えば、彼も乙女ゲームの攻略対象者だということだけれど。
「おはようございます、王子。少しお時間よろしいでしょうか」
「……ああ」
笑顔を浮かべつつもやっぱり少しだけ引き攣ってしまう。相変わらず私に対しての言葉は「ああ」とか「そうか」とかたった一言だけ。エディとはよく喋っているようだけれど彼の私に対する長台詞なんて聞いたことない。それに目も合わせないし見えるのは散々見てきた横顔だけ。これが婚約者に対する態度なのだから、私に対してまったく興味がないということだけははっきりとわかる。
「もう陛下から話を聞いたことだと思いますが。私との婚約を破棄をしてくださいませ。あとは王子が頷くだけです」
あなたの与り知らないところで着々と話を進めたのは悪いとは思うけれど、でもどうせ興味なんてないでしょう。寧ろいつの間にかそういう話になっていて喜んでいるのでは? 横顔でもいいから一度頷いてくれれば結構だと黙って待ってみれば、彼は顔を……まったく動かさなかった。
「……王子?」
「急用を思い出した。エディ、行くぞ」
「わかった」
「王子……?!」
何を言い出したかと思ったら、私の隣を通り過ぎてエディとスタスタと歩き始めてしまった。慌てて呼び止めようと後ろから声をかけてみたけれど、彼は少し足を止めただけで再び歩き始めてしまう。
「王子! 少しだけ首を縦に振るだけではありませんか! 何も不都合なことなどございませんでしょう?!」
そう彼にとってもいい話だ。だってこれから彼はヒロインと関係を深めストーリーは進んでいくのだから。まぁそのヒロインは王子ルートだけは嫌だと言っているけれど、それは置いといて。そのために邪魔者の悪役令嬢が自ら辞退しようとしているのに、彼の足は止まらない。
「今日中には承諾してください!」
本当に急用があったのかもしれない、それならば仕方がないと今は一度下がるしかない。ただ本当に一度頷くだけなのだ、手間など取らせない。けれど彼はわかったの一言もなくこの場を去ってしまった。
そうしてその日、彼が首を縦に振ることはなかった。
「一体どういうことなの?」
翌日すぐにフリージアに相談した。すべてのことを整えたというのに王子が頷かないだけで止まってしまった。簡単に行くと思っていたのにここでまさかのブレーキだなんて。口元に手を当て顔を顰めている私と同じように、フリージアも一緒に悩んでくれている。
「婚約破棄できなり理由が王子にはある? 何か他に契約があったとか……」
「うーん……このゲームは別に悪魔とかそう言った類の話は出てきてないから、そっち路線はないとは思うんだけど……」
「まさか王子が頷かないとは思わなかったわ」
「ねぇ、もしかしてなんだけど」
何かを思いついたかのようにパッと顔を上げたフリージアに、頭を抱えながらも彼女のほうに視線を向けてみる。
「王子って実はカトレアのことが好きなんじゃない?」
「それはない!」
「えぇっ?」
何を言い出すのかと思いきや。それはないとブンブンと頭を左右に振る。それはない、絶対にない。だって好きとか愛しているとか、そんな歯の浮くような台詞を言われたこともなければそもそもまともな会話すらしたことがないのだ。小さい頃からずっと傍にいたっていう理由だけで果たして相手を好きになる? それなら彼は作中で少しでもカトレアの言葉に耳を傾けたんじゃない?
そうなると考えられることと言えば、作中に書かれていなかった何かしらのことが王子にあったのか。そもそも幼少期の頃なんてゲームの内容にはなかったんだからそのときに何かあってもおかしくはない。
「私たちの知らない、王子だけの誓約でもあるのかもしれない」
「そうなのかなぁ? 例えば、どんな感じの?」
「婚約破棄したら本当に好きな人と結ばれなくなる、とか」
「うわぁ……本当にありそうで嫌だなぁ」
「悪魔とかはいないけどちゃっかり魔法とか精霊の話は出てくるから、そっち方面かもしれないわ」
攻略対象者の一人に魔法が使える生徒がいたからそういう話もあることはあるのだ。確か、精霊の力を借りて魔法が使えるみたいな設定だったような気がする。いや設定色々と盛り過ぎじゃない? と実際この世界で過ごしてみればツッコミどころ満載である。
ともあれ、その辺りを少し調べたほうがよさそうだ。王子に直接聞くとなるとハードルが高くなる、というかあの王子が正直に喋ってくれるようには見えないので。
「エディに色々と聞いてみるわ。私も一応幼馴染だし。でも……」
「エディも確か攻略キャラだったよね?」
「そうなのよねぇ~っ……悪役令嬢補正が効きそう……」
「……エディなら、私も一緒に行こうか? あ、マズい! って思ったらすぐに逃げるから」
「攻略キャラから逃げ出すヒロイン……」
ゲームならもう破綻しているシステムだけど、残念ながら私たちはこの世界で実際生きているからどう選択しようとも私たちの自由だ。
フリージアがいるのであれば悪役令嬢補正もヒロイン補正も多少緩和されるかもしれない。となればフリージアに遠慮することなくお願いするとしよう。明日早速お願いね? と頼んでみれば彼女は快く承諾してくれた。
ちなみにその日家に帰ると父からどうだったかと聞かれて固まってしまった。きっと父もすんなり行くと思っていたのだろう。王子の承諾を得られませんでしたと肩を下げれば父は軽く瞠目し、何やら考える素振りを見せたかと思うと「まぁ頑張るんだな」とイマイチ応援しているかどうかわからない言葉を掛けられた。
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