第4話
急用があるからと断られることがないよう、前もってアポイントを取っておいた。昼休み昼食が終わったあと、図書室近くで落ち合おうということになりその図書室に向かう前にフリージアを迎えに行ったときだった。
いつものように噴水のあるところに行けばなぜかフリージアが絡まれている。よくよく見てみると絡んでいる男子生徒は攻略対象者の一人、弟キャラであるフィリップ・ルカ・ウィンクル。私たちと同じ歳なのに弟キャラってどういうことよ、って思うけれどその愛嬌のあるキャラは女性たちのハートを簡単に射止める。
「美味しいお菓子があるから一緒にどうかと思ったんだけど、ダメ……?」
「何度も言ってるけど、私先約があるからっ……!」
「そんなのすぐに終わるでしょ? ね、一緒に行こ?」
首傾げて目をくりくりと丸くさせている様子は母性本能をくすぐるんだろうけれど、でもそれを向けられているヒロインであるフリージアは盛大に顔を歪めている。ものすごく嫌そうな顔をされているというのに彼は気付いていないのだろうか。ヒロイン補正、恐るべし。
ただフリージアも言っていたように彼女には先約があるため、フィリップに呆れつつも大股で二人に近付いてフリージアの手を取った。途端にホッとした顔をするフリージアに、顔を顰めたフィリップ。
「待たせてごめんね、フリージア。行きましょ?」
「カトレア!」
まるで天の助け! と言わんばかりに涙目になりつつパッと顔を輝かせたフリージアは私の腕にしがみついた。するとそれを見ていたフィリップが歪めた顔を隠そうともせず小さく舌打ちをする。でもそれもフリージアに見られてたと気付くとすぐにパッと愛嬌のいい顔になった。
「もしかして君、脅されてるの?」
「え?」
「そうだよね、だってその人いい噂聞かないよ? 好き勝手にお金使って贅沢して使用人も虐めてるとかさ。性格悪い女だもん。怖い思いしているんならボクが守ってあげるから」
唐突に何を言い出したんだこの男は。ついさっきのフリージアの反応を見て何も思わなかったのだろうか。如何にも私が来てから彼女はホッとした顔をしていただろう。そもそも彼にそんなこと言われる覚えなんてまったくない。これだから悪役令嬢補正はとついひとりごちてしまう。
けれど怒りを露わにしたのは言われた張本人ではなく、私の背中にサッと隠れていたフリージアだった。目を吊り上げて、私がストップをかける前にスパンッと子気味の音が鳴り響いた。
「いきなりなんなのよアンタ?! 私の友達悪く言うのやめてくれる?! ちゃんと知ってるわけでもないのに噂だけで判断しないでよ!!」
「……えっ、いや、ボクはっ」
「二度とッ!! 私にッ!! 話しかけないでッ!! この性悪男ッ!!」
真っ赤になっている頬を押さえつつ唖然としているフィリップ、怒りに任せて怒涛の如くぶちまけたフリージア、そして目を丸くして口をポカンと開けてしまった私。一瞬時が止まり、時が進んだのはフリージアが私の手をガッと掴んでズンズンと歩き始めてからだ。
「信っじられない! なぁにが弟キャラよ! 一体どっちが性格悪いんだか! あんなのが攻略キャラなんてこのゲームイカれてんの?!」
「お、落ち着いてフリージア……」
「落ち着いてらんないわよ!」
私のことを思ってプリプリ怒っているフリージアに、つい笑みがもれてしまう。急に吹き出した私にフリージアは「どうしたのっ?」って慌てたけれど、その反応すら可愛らしい。だってそうでしょう、悪役令嬢のためにヒロインがここまで怒ってくれるなんて。
「フリージア、私あなたがいればこの世界で生き残れそうだわ」
「えっ、あっ、そ、そう? そうかなぁ? えへへっ」
はにかむフリージアにこの子って本当にヒロインなのだなと益々実感する。でもさっきのフィリップの反応は乙女ゲームではある意味正解なのかもしれない。悪役令嬢からヒロインを守ろうとしただけの結果なのだろうし。確かめもせず噂話を真に受けて人をいきなり貶すなんて、人間としてどうなのとは思うけど。
まぁ彼のことは忘れるとして、それよりも大事なのはこれからだ。エディを待たせるわけにもいかないしフリージアと急いで図書室へ向かった。
急いで駆け寄ればすでにエディの姿がそこにあって、慌てて頭を下げた。待たせてしまってごめんなさいと告げれば彼は一瞬目を軽く見開いたあと、普段のポーカーフェイスに戻り「いいえ」とだけ短く返してきた。幼い頃から一緒にいたら主に似てくるものなのかしら。
エディの目が私から隣にいるフリージアに移る。「友人なの」と紹介すれば彼は軽く会釈してフリージアも同じように反応を返す。
「よかったですね、ご友人ができて」
「ええ、大切なお友達よ」
「そうですか。立ち話もなんですし図書室に入りましょう」
攻略対象者であるにも関わらず最初からフリージアに言い寄ることはない。きっとこれが普通でさっきのフィリップが凄まじかったのだろう。
「結構普通だね」
「一応幼馴染だしね」
コソコソと話しかけてくるフリージアに同じように小声で返す。幼い頃からずっと一緒にいるため、噂のように使用人を虐めたこともないし散財しているわけでもないということをエディは知っている。だからこそ例え悪役令嬢相手にも彼は普通のやり取りをしてくれるのかもしれない。フリージアもフィリップのようなことにならなかったことにホッとしつつ、三人で図書室に入り空いている席に座った。
「聞きたいこととはなんでしょうか」
「単刀直入に聞くわ。王子って婚約破棄されて困るようなことでもあるのかしら?」
「……本人に聞いてみたらどうですか?」
「王子とまともに会話したこともないというのに? 私が聞いてすんなり教えてくれるかしら」
「それは……」
私の前にエディ、そして隣にフリージアがいる状態で早速本題に入る。確かに婚約話であれば当人たち同士で話し合えと周囲は思うだろうけれど、それができないから彼をよく知る人物に聞くしかない。エディの言葉にきっぱりと返せば彼は案の定言い淀んだ。幼馴染であるからこそ、私たちがまともな関係性を築けていないのを誰よりも知っている。
「でも、突然婚約破棄の話が出てきたらレオの身からしたら予想外のことでしょう?」
「……そうかしら?」
「そうですよ。幼き頃から決まっていたことなんです。余程のことがなければ予定変更などないと思っていて当然でしょう」
こっちはその余程のことが起こる前に予定変更をしたいのだけれど。前世記憶持ちでゲームプレイヤーだった私とフリージアは若干顔を引き攣らせた。確かに彼らはまさかパーティー会場ど真ん中で婚約破棄を言い渡すなんて思いもしないだろうし、そうでなければカトレアは死亡エンドになってしまうなんて予想することもできない。
チラリとフリージアの視線を受けつつ、軽くコホンと咳払いをしてエディに向き直る。
「でも婚約破棄なんて、王子にとっても悪い話ではないでしょう?」
「……それは、カトレアにとっても悪い話ではないということで?」
唐突にエディの声色がワントーン下がる。もしかしてなけなしの好感度も一緒に下がったかもしれない。なぜ今下がるのかわからないけれど、戸惑いつつ小さく首を縦に振る。
「双方に何も不利益が出ない条件を提示したわ」
「そこまでレオを嫌っているんですか?」
嫌っているかどうかと言われたらそうではないとはっきりと言い返せる。一応小さい頃から一緒にいたんだからそれなりの愛着はある、私には。
「嫌っているのは王子のほうでしょう? 私と一緒にいても全然楽しそうではないし、そもそも会話もしない」
あなたとはいつも楽しそうにお話しているのにね、と笑顔で付け加えると今度はエディが戸惑った。今ちょっとだけ悪役令嬢っぽいことをしてしまったかもしれない。フリージアがハラハラした様子で私たちのことを交互に見ている。
少しだけ軌道修正を、とフリージアに心配かけさせないよう小さく笑みを向けて同じようにエディにも笑顔を向ける。
「私はね、王子には心から愛する人と一緒になってもらいたいのよ。愛のない結婚なんて、きっとお互い虚しいだけだわ」
本心、これも紛れもない私の本心。決して死亡エンド回避のために必死に取り繕っているわけではない。ええ、そうですとも。
そもそも私も純愛だった両親を見ていたせいか、夫婦はやっぱりこうであるべきだと思っている節がある。今の私と王子なら決してそのようなことになることはない。となればここは潔く婚約破棄、王子にはフリージアとはまた別の女性と愛を育んでもらって幸せになってもらったほうがいい。
笑みを深めればエディが初めて私から視線を逸らした。こういう反応をするときって大概後ろめたいことがあるときなのよね、と私は視線を逸らさずにジッと見つめる。しばらくして、彼は小さく口を開いた。
「……一度、レオと話し合うべきだと思います。あまりにも、唐突過ぎたので」
「話してくれると思う?」
「難しいとは思いますが、本当に婚約破棄を望むのであれば辛抱強く話しかけたほうがいいかと」
「……そう」
話はそこで終わってしまい、エディはいち早く立ち上がると「それでは」と手短に挨拶をして図書室から出て行ってしまった。そんなエディの後ろ姿を見送って、フリージアと溜め息をついたのはほぼ同時だった。
「なんだか、うまくいかないわね」
「結局王子がなんで婚約破棄しなかったかわからなかったしね。でも私的には、エディはまともそうで安心した!」
エディは攻略対象者の中でもクールキャラ、悪役令嬢とも幼馴染でもあったけれど作中では彼女の数々の悪行に彼は嫌悪感を抱いていた。けれど私はゲーム設定とは違って悪行なんてやらずに慎ましく、それこそ令嬢として恥ずかしくないように過ごしてきたため今は好感度はあまり低くはない。そのせいもあったのかフリージアに対するエディの反応は可愛らしいヒロインに対して、と言うよりも私の友人として見ているようだった。
エディルートで死亡することはなさそうだとお互いホッと息を吐いたけれど、それよりも厄介なのがやっぱり王子だ。
「王子の意図がまったくわからないわ。エディも言葉を濁してしまったし」
「精霊との契約とか、そういうのなさそうじゃない? なんか王子一人で色々と考えてる感じ?」
「例えば?」
「うーん……やっぱりカトレアのことが好き?」
「王子にそんなこと言われたら私失神するかも」
頭でも打ったんですか?! 診察は?! お医者様にはきちんと診てもらいましたか?! って失礼を承知で言う自信がある。そう思ってしまうほど殺伐とした仲なのだからしょうがないじゃない。
ともあれエディから聞き出そうとしたものはまったく聞き出せなかったため、本当に王子に直接聞くしかないみたい。今度も一緒についてきてくれる? と聞いてみれば今度こそ要らぬフラグが立ちそうだから遠慮すると笑顔で断られてしまった。彼女も彼女で必死なのだから仕方がない。
「婚約破棄ってこうもうまくいかないものなの?」
ゲームではあんなにすんなりといったのに。まさかここまで苦戦するだなんて。もういっそパーティーが始まるまで何もしないほうがいいんじゃないかと思ってしまうけれど、お父様と陛下にはすでに話が通っているためそういうわけにもいかない。
ままならないなぁ、と小さくこぼしたのと同時に予鈴が鳴り、フリージアと急いで図書室をあとにした。
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