第2話
「ところで聞かれたくないかもしれないけど、カトレアは前世どういう人だったの?」
「普通の社会人だったわ。でもある日、川に溺れていた猫を見つけて……猫は助かったんだけど、私足攣っちゃって……」
「え……」
噴水の前で隣同士に座った私たちは自然にまずはお互いのことを知ろう、ということになり取りあえず自分たちがヒロインそして悪役令嬢でないかの確認を行った。そのあとにフリージアがポロッとこぼした言葉に、ほんの少しだけ前世のことを思い返してみた。人生を全うしたわけじゃないから心残りはたくさんあるけれど、猫が助かってよかったと思うようにしている。
するとその話を聞いたフリージアが涙目になり口元を押さえている。不幸話はあんまり聞きたくないわよね、と苦笑しつつフリージアはと聞き返してみた。
「私も社会人。でもすっごく疲れた日があって、階段上ってたらそのまま足を滑らせて……」
「そんな……」
お互い不運すぎる。そんな人生百年と言われている中私たちその半分にも満たさなかったなんて。お互い手を取り合って涙目で頷き合う。ならばこそこの世界が乙女ゲームあろうがなんだろうがヒロインだろうが悪役令嬢だろうが、今度こそ人生を全うする! と思うのは自然のことだと思う。
「ところで、カトレアの計画聞いてもいい?」
結構ハードモードだし大変じゃない? と心配そうな顔をしているフリージアにそうなのよと溜め息をつきつつ頷く。
「やっぱり婚約破棄が一番いい手だと思うのよ」
というか婚約破棄ルートでしか生き残れないから。これから強く生きようとしているのに破滅ルートを選ぶわけがない。私の言葉にフリージアも「それしかないよねぇ」と言いながら一緒に頭を抱えてくれている。
「そもそも王子って酷くない? ヒロインから密告があったからって小さいときからずっと一緒にいた令嬢の言い分一つも聞いてくれないんだよ? 酷くない? 少しは令嬢の言葉信じてあげてよって思わない?!」
「まぁ、そうでもしないとストーリー進まないからね。しょうがないんじゃない? 大人の事情ってやつ?」
「大人って汚い」
ストーリーのためなら多少のご都合主義はしょうがない。だからこそヒロインのほうは盛り上がることだし、実際ゲームの中の悪役令嬢はその名の通り悪役だったためある意味スカッとする話に仕上がっている。実際プレイしていて「何この令嬢腹立つなぁ」と何度も思ったことだし。ただし、それが自分の身となるとたまったものじゃないんだけど。
「でもさっきも言ったようにさ、婚約破棄ってまずは令嬢がヒロインを虐めなきゃいけないじゃない? でもカトレアは私を虐める気はまったくない」
「うんうん、その通り」
「そしたらイベントも起こらない。どうするの?」
「私に考えがあるの」
目をパチパチしているフリージアの前ににっこり笑ってみせて、ピッと人差し指を立てる。
「あなたが私に虐められたとでっち上げるの。それを聞いた王子は『婚約破棄だー!』って」
「それって、カトレアが悪役になることには変わりないってことよね?」
「まぁ……そうね」
寧ろそうしないと婚約破棄されないんだからそのためなら喜んで悪役令嬢になってやるんだけど。生き残るためだ、しょうがない。と、思っている私に反してフリージアはいい顔をしてくれない。もしかして嘘をつくのが嫌いって言う心優しい人なのだろうか。流石はヒロイン、いやだからこそのヒロインか。
でもここは一つお願い、と両手を合わせるけどやっぱりフリージアは首を縦には振ってくれなかった。別にフリージアに何かをするわけじゃない、ただ「コイツから嫌がらせ受けました!」って言ってくれるだけでいいんだけど。でも彼女は腕を組んでプイッと顔を横に振った。
「お断りします!」
「えぇ?! なんでぇ?」
「だって私はカトレアに悪役なんかになってもらいたくないもの! 他の方法考えようよ! カトレアが悪役にならずにすんで尚且つ婚約破棄してもらう方法!」
「他の方法って……」
それがあったら私だってその方法を取るに決まってる。だって死亡エンドを回避するためであって好きで悪役になりたいわけではないし。生き残るためなら悪役になるっていうだけで。他に考えられる方法なんて、と頭を捻る。
「……普通に王子に婚約破棄をお願いする」
「それがいいと思う」
「うーん……家同士の諸々の事情で婚約ってことにはなっているけど、そうね……まずはお父様に相談してみるわ……って、フリージア?」
「お父様……やだカトレア、やっぱりお嬢様なんだ……! 素敵っ」
「何が?」
確かに前世は私は一般人であったけど、おぎゃぁと生まれてから一応教育はされてきたから令嬢としての立ち振舞はそれなりにできるようにはなっている。それに悪役とは言え一応令嬢なので、父親のことを「お父様」と呼ぶのも今の私にとっては普通。
一方フリージアは一般家庭で生まれ育っているからそういう感覚は前世とあまり変わっていないのかもしれない。綺麗なドレス着たりとかパーティーとかにも出席したことある? という質問に頭を縦に振った。どっちも令嬢としてやらざるを得ないことだ。でもフリージアは楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
もしストーリー通りに進んだらあなたがそれをやらなきゃいけなくなるんだけどね。と口にすれば楽しんでいた顔が一瞬で石化した。
「取りあえずお父様に相談してみるわ。結果はあとで報告するから」
「うん、わかった。あっ、そうだカトレア!」
「なに?」
「わ、私たちお友達……ってことで、いいよね? 同郷のよしみ、っていうか。同じ志を共にするっていうか!」
「盃でも交わすの?」
「なんていう任侠」
お互い顔を見合わせて、クスクスと笑う。こんなネタ通じるなんてきっと他には誰もいない。私と同じように前世持ちで生まれてきたフリージアだけだ。
そうして悪役令嬢とヒロインは共同戦線を張りそして戦友となり、普通の友達になった。
さて、学園から帰って自分の家。もといアルストロ家の屋敷。カトレアの父親は公爵で実はかなりの手腕の持ち主。先祖代々受け継がれてきた土地を維持するどころかしっかりと繁栄させ、今やこの土地で採れる鉱石で財を成している。驕ることなくしっかりと領地の民たちのことを思い政策している様子は王族まで届き、だからこそその娘である私が王子の婚約者として選ばれた。
ただこの父親、決して子煩悩というわけではない。それほどの手腕を持っているからこそシビアな面も兼ね備えている。無駄とわかればすぐに切り捨てるし慈悲などない。だからか、ゲーム内でのカトレアの父親は娘のやらかしたことに弁明することなく、たった一人の娘だというのに助けることなく切り捨てた。
「お父様に相談、というより……説得、と言ったほうがいいかもしれないわね」
廊下を歩きながらウンウンと唸る。一応そういう父親の背中を見て成長してきたから父親のやり方はそれなりにわかっているつもりだ。取りあえず利益があるかどうか、不利益がないかどうか。私の婚約破棄という望みに対しお父様がどういう判断を下すか。
扉の前で立ち止まりノックをする。中から返事が聞こえてくるまでジッと待っていたらやれしばらくして声が聞こえた。失礼します、と一言かけて扉を開けばそこにはデスクであらゆる報告書と向き合っている父の姿。ちらり、と私を一瞥して短く「何だ」と問いかけてくる。
「お父様、一つお願いがあるのですが」
「手短に」
「はい。王子と婚約破棄をしたいです」
「婚約破棄?」
ようやく父の視線が報告書から私に移る。ほんの少しだけ怪訝そうな顔をしたけれどそれ以上表情は崩すことなく、そして声を荒げることもない。この父は常に冷静で状況によって感情が揺れ動くことがあまりない。
「唐突だな」
「そうでもございませんわよ? お父様だって見ていたでしょう? 幼き頃より王子との関係性を築こうとしていたけれど尽く玉砕している私の姿を。王子って、まったく、これっぽっちも、私に興味ございませんの」
「確かにあれの周囲に対する興味のなさは異常だな。で、それだけの理由で婚約破棄したいと?」
「お父様は自分に関心がないお相手と結婚したいですか?」
「……」
こう見えてこの父、実は恋愛結婚だったりする。お母様を溺愛していてそれはもう周りが照れてしまうほど大切にしてきた。だらこそこういう風に尋ねられたら言葉が詰まってしまう。
「……別にこちらは破棄しても構わん。ただ困るのが王族というだけで」
「そこでお父様、婚約破棄はしていても提携は破棄しないで頂きたいのです。今後とも王族にご助力願えればと」
言うなれば私の婚約はそのための契約なのだ。婚約破棄となるとその提携も破棄されたものと見なされる。そうならないために今一度、父には王族と契約をしてもらいたい。婚約という話を抜きにして。
「ふむ……それだとお前は貰い手を失うが? 行き遅れるぞ」
「構いません」
「社交界でも立場が弱くなる。何もできない女だと後ろ指を指されるだろうな」
「まぁ。お父様、一体どれほどお父様の背中を見て育ったとお思いで?」
ただのお飾りの令嬢になるつもりはないと、目を細め口角を上げる。この家の子は私一人、今のところ跡継ぎ不在となっている。
けれどこの父は実力主義、実力さえ見せつければ今後どうなるかはわからない。ただそれも、命あってこそだ。このまま王子の婚約者となるとそれが叶わない可能性が大きいから、何が何でも婚約を破棄してもらわなければ。
何かを考える素振りを見せた父は新たに紙を取り出し、サラサラと何かを綴っていく。声を掛ければ執事長が一礼して部屋に入ってきて父からその紙を受け取った。
「恐らく話は通るはずだ。ただし王子の説得はお前がしろ、いいな」
「……! ありがとうございます、お父様!」
意外にもすんなり話が通って思わず喜びを露わにする。確かに婚約破棄をされて困るのは王族であってアルストロ家ではない、それが大きかったのかもしれない。これがもし逆であれば何が何でも利益のために父は私を結婚させようとしただろうから。代替案が父から提示されたとなると、恐らく王族もすんなりそれを通すかもしれない。
ホクホク顔で書斎をあとにしようとする私の背中に父の声がかかり、振り返る。ほんの少し呆れたような、けれどどこか楽しそうな顔。
「お前は一体誰に似たんだろうな」
「あらお父様」
そんな父親に私もにっこりと笑みを向けた。
「この頭脳はお父様から、そして――この美貌は亡きお母様からのものですわ」
一瞬瞠目した父はフッと顔を綻ばせ、小さく「確かに」とこぼした。この父、子煩悩というわけではないけれど我が子を嫌っているというわけでもない。父と娘の関係性は良好だった。
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