私たちハピエンを目指します!
みけねこ
第1話
ご機嫌よう。私の名はカトレア・ノーマ・アルストロ。アルストロ家に生まれ、おぎゃぁと産声を上げたときにはすでに自我を持っており父、母、はたまたメイドや執事を目が開くようになってから一発で認識できた、どこにでもいる貴族の娘です。
なんてそんなものがどこにでもいてたまるか、っていう感じなんですけども。赤ちゃんのときにすでに自我があるなんてどういうこと? っていう感じなんだけど自我があったんだからしょうがない。なぜそうなったかと言うと前世の記憶があるせいだろうし、その記憶のおかげでこの世界がどういう世界なのかもすぐにわかってしまった。
この世界は前世でほんの少しプレイしてみた『キラメキ☆ハピネス学園!』という乙女ゲームの設定そのまんまなのだ。今思えばなんだこのタイトル、とツッコミを入れたくなるけれど。なぜ乙女ゲームの世界だとわかるのかと言うと、私の名前「カトレア・ノーマ・アルストロ」はその乙女ゲームの悪役令嬢の名前なのだ。oh、よりにもよって悪役令嬢。
少し吊り目にキリリと如何にも高慢そうな顔、成長するに従ってどんどん磨きがかかっていく美貌、そしてどんどん近付いていく悪役令嬢のビジュアル。ああもう間違いない、まだ悪どいことなんにもしていないのに悪役令嬢。
けれど私はふと思った、おぎゃぁのときから自我があるということはある意味天からの配慮では? 作中では我が儘し放題でメイドや執事を虐げていたけれど、良好な関係を築いていけば少なくともこの家の中では悪女なんて言われることはなくなるだろう。幾つかあるエンディングの中の一つ、使用人からの裏切り死亡エンドは回避できる。ヒロインはハッピーエンドが約束されているけれど、悪役令嬢は大体バッドエンドしかないから一つでも回避したい。
そう、この世界に生まれ落ちてそんな中での私の目標は、少しでもバッドエンドを回避すること! カトレアとして生まれたのはもうこれはどうしようもない、ならばせめて誰かを虐めることなく貶めることなく質素に大人しく生きていこうではないか。
まぁ一番いいのが婚約破棄されてからの修道院送り。これだけ唯一死亡エンドではないためまずはこれ一択だ。作中ではパーティー会場のど真ん中で婚約者である王子から婚約破棄を言い渡される。そんな王子の隣には可愛らしいヒロインの姿。仮初でしかなかった婚約だけれど王子はヒロインとの出会いで真実の愛(笑)に目覚めたようで、やりたい放題でヒロインを虐めていたの悪役令嬢を追放するのだ。公然の場での婚約破棄という辱めを受けるけれど、死なないのであれば問題ない!
でも、でもね? 小さい頃は少しでもそんな王子と良好な関係を築こうと思ったの。私たちが子どものときから決められていた婚約、将来の結婚相手となれば仲良くなってそれなりにいい関係を築きたかったけれど――あの王子はあまりにも私に興味がなさすぎた。何を言ってもやってもうんともすんとも言わない。結局小さい頃私は王子の横顔しか見なかった。なんだあの王子。これならさっさと婚約破棄されたほうがマシだ。
誰も好きとか嫌いとかそんな感情すらない、まったく興味がない相手と一緒に暮らしたいなんて思わないだろう。
さて、乙女ゲームの作中には書かれていなかった幼少期を過ごした私は成長していよいよ本番に向かっていく。タイトルにもあったようにこの世界には学園がある。そこに入学するのだ。ヒロインも同じく入学してきて、そこで王子と出会いゲームはスタートする。
「さぁヒロイン……早々に王子のハートを掻っ攫って!」
あなたを虐めたりなんだりしない、二人の恋路の邪魔もしない、生暖かい目で見守るからどうか死亡エンドだけは回避させて……!
婚約者であるせいか、なぜか学園内でも一緒に行動することが多い。いや学園内だけでも自由にさせて? でも世間体のせいなのかなんなのか、一緒に登校し前を歩く王子の少し後ろを歩く。しんどい。パッと見、見た目だけはいいせいか王子と一緒に歩いていれば絵になるようだけれど。でもそれもヒロインが現れれば。少しでもヒロインの姿が見えればこっちがパッと身を隠すだけだ。
そうして私は今か今かとヒロインの出現を待ちわびていた。ルートにもよるけれど大体ヒロインと王子の出会いはどこかの廊下の角でぶつかる、みたいなありきたりなものだったはず。だから私は王子と歩くとき角に来たらスッと身を引いた。いつでもどうぞぶつかってくださいと言わんばかりに、スッと。でも、待てども、待てども。
「ヒロインが一向に現れない?!」
一人になった頃を見計って中庭で思い切り叫んでやった。そういくら待ってもヒロインが現れてくれない!
「え、まさか入学していない……? そんな……でもヒロインも確かに入学したわよね……? え……?」
確かヒロインは母親と小さな弟の三人暮らし。家族のために学園にも行かず働こうとしていたところ母親に説得され、渋々入学したはず。そしてそこで王子もしくは他の攻略対象に見初められめでたく玉の輿に乗り、母親と弟も裕福に暮らすことができてのハッピーエンドだった。
だからそう、家族のことを思うのであれば入学していなければならない。というのに、未だにヒロインのヒの字も見ていない。
「嘘でしょまさかどこかで事故った……? そんなことある? ゲーム始まらないけどそんなことある?」
いやもしかしたら私が見ていないところですでに出会っているかもしれない。私だって別に四六時中王子について回っているわけでもないし、こうして一人でいる時間だってある。え、友達? 友達は追々作るとして。今は死亡フラグ回避のためにヒロインを待つしかないんだけどそのヒロインが今どこにいるのかわからない!
「……えぇーい! まずはヒロインを探しましょ! そうしましょ! 見つけたらストーリー進むかもしれない!」
なぜ攻略するヒロインではなく悪役令嬢の役割配置されている私が頑張ってストーリーを進めようとしなければならないのか。大変不服ではあるけれど仕方がない、取りあえずヒロインを探そうと学園内をくまなく見て回ることにした。
食堂中庭図書室はたまたグランド、あらゆる場所を探してみたけれどヒロインは見つからなかった。これはもしかしたら本当に、入学していない可能性があるかもしれない。ヒロインがいなければゲームは始まらないけれど、もしかしてゲームが始まらないイコール私の死亡エンドも始まらないかもしれない? でもいつ何が起こるのかわからないのだ。もしかしたら王子が私のことすっごく嫌いで色んな手を使ってでも死亡エンドにしようとするかもしれないし。
そこまで嫌われるようなことした覚えまったくないんだけど。生理的に受け付けないとか言われたらどうしようもないんだけど。それ言わたら王子を一度殴ろう。
「はぁ……ヒロイン……どこにいるのよ……私の頼みの綱……」
私を破滅に導く人物に活路を見出そうとしているなんておかしな話だけど。でも死亡しないルートがそれしかないんだから必死にもなる。あと一つ、探していないのは噴水のある場所だ。ここを探してもいないとなると手当たり次第に生徒に聞いて回るしかない。
一歩足を踏み出してみれば爽やかな風が吹き抜ける。噴水があるせいかみずみずしく感じて思わずホッと息をつく。なんだかリラックスできる場所、そう思って辺りを見渡したときだった。
「ヒロイーン!!」
いた、ヒロインいた。噴水の近くに腰を下ろしてまったりしてる彼女は間違いなくヒロイン。
「ちょっとヒロイン何してるのよ早く王子にぶつかってほしいんだけど?! お願いだからストーリーを進めてどのルートでもいいから取りあえず王子とぶつかって?!」
唐突にこんなこと言われても、言われたほうはなんだこいつ頭狂ってんのかと思うに違いない。けれどそんな考えが及ばないほど私は追い詰められていた。それもそうだ、自分の生死が掛かっているのだから。
ツカツカと詰め寄った私にヒロインはきょとんとした顔をしたかと思うと、急に眉間にギュッと皺を寄せてものすっごく嫌そうな顔になる。そんな毛嫌いされるようなことまだやったつもりはない。
「王子ルートなんて絶対に嫌なんですけどぉ?! なんで婚約者を大切にしない人を選ばなきゃいけないの?!」
「そんなこと言ってもそうしないと何も始まらなっ――……え?」
お互い必死だった顔をしていたんだけど、目を丸くする。このヒロイン、なんて言った? 王子ルート? 選ばなきゃいけないの?
まさか、と口をあんぐりとさせる私に対し、ヒロインも同じような顔をしていた。
「まさかあなた……転生者?!」
「もしかしてあなたも?!」
なんということでしょう、まさかヒロインと悪役令嬢二人とも転生者だったとは。しかもヒロインのほうもどうやら前世の記憶があるらしいのと、そしてこの乙女ゲームのプレイヤーでもある様子。
「きゃーっカトレアも転生者? うっそ嬉しい! やだ本物本当に綺麗! あ、サインもらっていいですか?」
「悪役令嬢にサインって何?! というか、ヒロイン……えっと、フリージア・エーデルだったわよね」
「そうそう、この物語の……ヒロイン……」
「ヒロインがすっごく嫌そうな顔しないで……」
ヒロインということもあってフリージアはとても愛らしい顔をしている。これはどの攻略対象者もデレデレになる。そんな可愛らしい顔がまるでヒロインがすっごく不服だと言わんばかりにぐしゃぁと表情を崩すのだから、こっちがなんとも言えない気持ちになった。
「好きな人ぐらい自分で選ばせて……」
「そ、そうよねごめん私が悪かったわ……でもほら、王子と会わないとストーリー始まらなくない……?」
「別に始まらなくてもよくない……? 私別に逆ハーレム作りたいとかまったく思ってないし、また学生やれるんだから学園生活楽しみたいの……」
「そうなのね……」
てっきりヒロインは逆ハーレムでも目指しているんじゃないかと思っていたけれど、どうやら私の見当違いだったみたい。そもそもヒロインも転生者とは思ってもみなかった。でも中身が転生者のであれば、言っていることはごもっとも。
「でも私死亡フラグは回避したいのよ。そうなると婚約破棄が一番でしょ? だからヒロインには王子に会ってほしかったんだけど……」
「……カトレアは私を虐めるの?」
「そんなことするわけないでしょ?! 私だって平和に暮らしたいわ。だから遠くから見守る気満々だったの!」
「カトレアが私を虐めなかったら断罪イベントなくない?」
「……確かに」
あのイベントは悪役令嬢がヒロインを虐めたことによって起きるイベントだ。そのフラグを立てなければ発生はしない。おっとこれは盲点だった。
それならどうやって婚約破棄をするイベントを起こさなければならないのか。さてどうしようかと顎に手を当ててウンウン悩む私の隣でヒロインであるフリージアはパッと顔を上げて表情を明るくさせた。
「ねぇ、お互い前世記憶持ちであることだし、ここは手を取り合って一緒に攻略しない?」
「え?」
「私たちはゲーム通りには進まないわ! そうでしょう?」
本来敵対する相手、とでも言えばいいのか。ヒロインと悪役令嬢なんてまさに水と油。その二人がお互いの利益のために手を取り合う、なんてことゲームの中では決してありえない。
手を差し出してきたフリージアに頷き返してガッと固い握手を交わす。そんなもの。
「願ったり叶ったりだわ! 私たち共闘戦線張りましょう?!」
「私は自分の好きな人を選びたい!」
「私は死亡ルート回避!」
「よろしくねカトレア」
「こちらこそフリージア!」
こうしてヒロインと悪役令嬢は互いのハッピーエンドのために手を組むことにした。取りあえず、ヒロインがいい子でよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。