02:もっと頑張りましょう
「大体なんでここにいるの!? あなたがいるべきは
彼の両肩から手を離し、ビシッと指差す。
眉間に指を突きつけられて、秀司は目をパチクリさせた。
「もし博物館に不破くんがいたら女子が殺到して経済が回るわ! お土産コーナーで不破くんを模した像なんか発売したらバカ売れ間違いなしよ! 少なくとも私は買う!!」
「買うんだ」
秀司はおかしそうに笑った。
「買うわよ! 四月に不破くんを初めて見たときは衝撃だったもの!! 疑うなら見なさいよ女子たちを! みんなあなたを見てるじゃない!!」
手のひら全体で示すと、こちらを見ていた女子たちは一斉に目を逸らした。
「ね、わかったでしょう!? それだけルックスが良ければ無理に一位を取る必要なんてないって! 不破くんなら立派なヒモになれるわ、私が保障する! たとえ一文無しのニートになったって世の女性が放っとかない、みんな喜んで養ってくれるわよ! だから安心して私にそのバッジを渡しなさい!!」
バッジに手を伸ばすが、秀司はさっと身をよけた。
それからバッジを外し、つまんで掲げる。
「そんなにこれが欲しい?」
「欲しい!!」
「じゃあ勉強しましょう。」
秀司はにっこり笑った。
「……………………」
笑顔でド正論を言われた沙良は石化した。
(……それはそうなんだけど……それを言ったらおしまいというか、身も蓋もないというか……勉強しても勝てないから苦労してるのであって……)
「大丈夫、やればできるよ。委員長ならいつか一位になれるって信じてるから。頑張って!」
バッジを手の内に握り込み、秀司は己の胸の前で拳を作ってみせた。
(くっ……このっ……白々しい笑顔で、心にもないことを……!!)
「……覚えてなさいよおおおお!!」
沙良は泣きながら逃亡した。
といっても、四階にある自分の教室に戻るだけだ。
「待ってよ、にいんちょー」
階段を上っていると、秀司が一段飛ばしで追いかけてきた。
「不破くんにだけはそのあだ名で呼ばれたくないっ!」
階段の途中で振り返り、キツい眼差しで秀司を睨みつける。
「まあまあ、そんな怖い顔しないで。それはそうと、俺、チョコレートケーキが食べたいな」
さきほどの騒動などなかったかのような、いつも通りの飄々とした態度で秀司は階段を上り、沙良の隣に並んでリクエストしてきた。
テストの敗者は勝者にケーキを贈り、その勝利を祝う。
高校に入って初めての実力テストで負けたその日、沙良は秀司に勝負を申し込み、二人でそんなルールを決めた。
ケーキを贈るとは言っても「手作りしろ」なんて指定はなかった。
でも、親からもらった小遣いで買った市販のケーキでは心がこもっていない気がして、沙良は悪戦苦闘しながらケーキを作った。
イチゴを乗せた不恰好なホイップケーキを秀司に渡すのには勇気が必要だった。
秀司の家は金持ちだ。
父親は大企業の重役で、母親はサロンの経営者。
そんな裕福な家庭で育ったのだから、当然舌も肥えている。
少しでも彼が嫌そうな顔をしたらすぐに取り替えるつもりで、一応市販のケーキも用意していた。
けれど、予想に反して秀司は嬉しそうに沙良の手作りケーキを食べてくれた。
それから沙良はテストで負ける度にケーキを作っている。
「了解」
多少冷静さを取り戻した沙良は人差し指で眼鏡を押し上げた。
「いくつか試作品を作るから少し待ってて。金曜日には用意するわ」
そう言って、彼と共に階段を上っていく。
「試作品ねえ。ほんと委員長って真面目だよね」
「まずいケーキなんて食べたくないでしょ? 下手なものを作ってお腹を壊されても困るわ」
「楽しみにしてる」
微笑まれたら悪い気はしない。
「……そう」
なんだか目を合わせているのが気恥ずかしくなり、沙良はさりげなく顔を背けた。
(また負けたのは悔しいけれど仕方ない、やってやるか。今回も『美味しい』って言わせてみせるんだから!)
「委員長って、ケーキ作るの好きなの?」
「どうして?」
教室に入る直前に声を掛けられた沙良は足を止め、左隣にいる秀司を見た。
「なんか横顔が楽しそうに見えたから」
「……そんなことないわよ」
そっけなく答えて教室に入り、窓際にある自分の席に座る。
秀司の席は廊下側の前方なので、用件がない限りわざわざこっちまで来ることはない。
彼の前の席の女子が身体ごと振り返り、秀司に話しかけていた。
また一位なんて凄い、話の内容としてはそんなところだろうか。
視線を外し、沙良は鞄からスマホを取り出した。
(楽しいなんて、そんなわけないじゃない。それがルールだから、敗者の私は勝者の彼のためにケーキを作る。それだけよ。いまだってそう、リクエストされたからチョコレートケーキのレシピを調べてるだけで――このチョコレートケーキ美味しそう。ブックマークしとこ。あ、こっちのケーキも素敵。うーん、これも捨てがたい……迷うなあ……どれが不破くんの好みかな? いっそどれがいいか本人に聞いてみ――って、馬鹿! 『どれが食べたい?』なんて聞けるわけないでしょ! そんなことしたら、まるで私がものすっごく張り切ってるみたいじゃない!!)
左手はスマホを握ったまま机に右腕を置き、その上に顔を伏せて身悶える。
(私は負けたから! 仕方なく! ケーキを作るの! それだけなの!!)
そう。
間違っても、あの日「美味しい」と言ってくれた秀司の笑顔を夢見てケーキを作るわけではないのだ。
……多分。きっと。
◆ ◆ ◆
秀司と沙良がいなくなった三階廊下、掲示板前にて。
「いやー、見せつけてくれたな」
「花守さんも凄いこと言うよね。『不破くんほど格好良い男なんて宇宙に存在しない』なんて。もう好きですって告白してるようなものじゃん。聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を照れもせず、真顔で言い放つんだから、ほんと凄いわ」
「不破くん、嬉しそうだったね」
「ねー。他人にはあんな顔しないのにね」
「本来なら500点満点かぁ。不破の頭の中ってどうなってんだろ。夏休みに遊び呆けてすっかり気を緩ませた生徒にガツンと喝を入れるためだろうけど、今回のテストめちゃくちゃ難しかったよな?」
「全く勉強してるようには見えないのにな。毎回当たり前みたいな顔で一位取っちまうんだから、花守も大変だよなあ。同情するわ」
「あー、それなんだけど」
控えめに手を挙げて発言したのは、秀司の幼馴染であり親友でもある
「秀司って何の苦労もせずにさらっと毎回一位取ってるように見えるだろ?」
「うん」
「違うんだ。プライドが高くて人に努力してる姿を見せるのが嫌いなだけで、実はあいつ、裏で超~勉強してるから。夏休みも一緒に花火大会行かないかって聞いたら『勉強するから無理』ってソッコー断られたし」
「え、そうなの?」
「ああ。あいつはこれまでずっと真面目に勉強してたけど、花守さんに勝負を申し込まれた後の勉強量は桁違いだよ。全ては花守さんに『凄い』って思われたい一心なんだろうな。男としてのプライドってやつ」
「えー、そうなんだ」
「知らなかった。天才だとばかり思ってたけど、並々ならぬ努力でそう見せてるだけなんだね」
「全てはにいんちょのため、か。いやあ、恋の力は偉大だねえ」
「早く付き合えばいいのにね」
「じれったいよなー」
その場にいる生徒たちは口々に言い合い、頷き合った。
秀司のファンは大勢いるが、本気で彼を射止めようとする女子はいない。
『開校以来の秀才』と呼ばれた秀司に白昼堂々沙良が勝負を挑んだ逸話は広く浸透しており、誰もが彼に相応しいのは沙良しかいないと思っているからだ。
互いに好意を抱いているのは一目瞭然。
横恋慕など野暮の極み。
そんな空気の中、生徒たちは生温かく二人を見守っているのだった。
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