勉強もそこそこに
試験前だというのに勉強する気になれなくて、動画だったり音楽だったりを開いてしまう。現在時刻午前2時。
また過去最低点を記録することになるだろうとは思ったが、手は動かないし意欲は湧かないし、勉強出来たとて頭に入らない。そのとき、スマホの震えが黄緑のアイコンの着信を知らせた。
流れでアプリを開いてみると、親戚のお兄さんから「試験勉強がんばりや」とチャットが来ていた。
頑張れない自分の腑抜けさ、というか頑張ったところで成果はないと考え込む自分に嫌気が差す。
慌てて返信を送ろうとしたが、時間帯にしても勉強中と思われている建前にしても返さない方がよいか。
ぽこ、と音が聞こえて画面を下にスクロールする。
「既読ついたけど、こんな時間まで勉強しろとは言わんで?」
罪悪感が心を取り巻く。この調子だと無言の嘘をついてしまう。
違うの、とキーボードを打ったのが表示されると、画面は電話を知らせる着信に切り替わった。
幸いにも自分の部屋の中で、家族は他の場所で寝ているしバレないだろうから、と後ろめたさを感じながらも緑を押して答える。
『も、もしもし』
「美華?元気してるか?体調崩してないか?」
『だ、大丈夫、だよ。元気』
前に正月の集まりで会って以来に聞く声なのに、何故か久しぶりに思えた。
「美華は昔から頑張り屋さんやからなぁ…無理しすぎんようにな」
優しく囁いてくる声が耳に届いて、無性に甘えたくなってしまう。
「ちょっと声聞きたかっただけやし、美華の用件無いっぽいなら邪魔なるし電話切るけど」
『あや、兄、ほめて』
口から出たのはたったそれだけ。
意図を汲み取ってくれたのか、小さな乾いた笑いが聞こえてから、甘ったるい綾兄の声が聞こえる。
「美華、今までお疲れさんやったやろ?偉いなあ、それでこれからも“いい子”でいようとしてんのが偉い。
別に無理する必要はないし、学校嫌なんやったら辞めりゃええし。俺で良ければ養ったるしな」
『そんな、ん、いわれたら…もっと、がっこ…嫌んなる』
「まあ皆、嫌よな。そん中でも美華は頑張って、親にも友達にも優しくして、勉強も怠らんようにしてさ。
いちばん、すごい」
自分とは正反対に、次から次に言葉で溢れかえる綾兄の声が脳で反響する。
部屋で唯一する音は綾兄の話し声。私の息も、涙も、鼻を啜る音も、何一つ知らない。
耳と画面との距離が無くなっても、めり込ませるように音の隙間を近づける。
「我慢した方が、終わってからの楽しみが増える。またどっか遊びに行こうな」
相手が電話を掛けた理由はなんだったか、考えもせずに一方的に電話が切れた。
不器用なお兄さんの、精一杯の応援。
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