逃げれない、のは、何故?
別れ、たい。
小さく呟いた声は、果たして彼まで行き届いたのだろうか。
彼自身の耳には残ったかもしれない、まぁ心の底に留まって欲しい理由など、私には無いに等しいのだから。
「別れたいん?どしたん急に、なんかあった?」
『もう、限界で』
「最近の俺は嫌々、のお前に振り回されとっただけなん?」
元を辿ると、告白したのは私だった。それで言いにくかったのもあるし、口を閉ざすよう彼に忠告されていたのもある。
告白前は束縛なんて無い人だと身勝手に思っていたし、付き合いたての頃だって、今ほど愛情は深くなかった。
「俺はな、お前を守りたいだけ。それでも俺を拒絶するんか?」
『ちが、単純に、疲れて、』
「どっかの誰かに唆されたんやろ?お前のことは怒らんから、誰に言われたか話してみぃ」
純粋で賢いお前が、そんなん自分から言わんもんな。
ぞわり。背筋が粟立つ。
私の名前を忘れたのか、と理解するほどお前、お前ばっかり。実際に、名前を呼ばれてでもいれば心が堕ちていただろうに。
「だれもわる、く、ない。わたしが全部、じぶ、で、考ぇた、だもん」
息も絶え絶えに、言葉を紡いだ。酸素が薄く感じる部屋は、もしや本当に練炭でも燃やしているのかとも思っておかしくはない。
「でも、俺のこと大好きやろ?なんで別れたいなんて言うん?」
また振り出しに戻った。今までの自分なら此処で諦めていた、けれど変わったから。
『いま、だってえ』
「な、 」
微かに名前を呼ばれた。気がしただけかもしれないけれど。
「……ふはっ、名前呼んだだけで、すぐどろどろやん」
ほんとうだった。幻聴じゃなかった。
腰が砕けて、力が抜けて、身体は床に伏せていた。
既に瞳は水分を帯びて蕩けており、正確には異なるが臍の奥が芯を持ったように赤黒い熱を放出していた。
「これが最後になるかもしらんから、いっぱい愛したげるな。
次は嫌い、なんて言わさへん、失敗せんから」
そして首輪の錠が、彼の手でいとも簡単に崩れていった。
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