わたしのだから!

ずっと前から、好きな人が居た。



バレンタインに贈ったチョコには、名前を書いてなかったからお返しが来なかった。

毎年、彼が欲しいものをリサーチしておいてクリスマスプレゼントとしてひっそり家に置いておいたし、誕生日には幾らかの現金を手書きのカードと共に渡した。


面と向かって、まともに喋った事もない人間から手渡しされても困るだろうと思っているから、そこはきちんと理性に従って差出人不明の置き配みたいな形態になっている。

それは以前も、今もそう。



何年か気持ちを閉じ込めたままだと、彼を別の臭い女に取られる行為も少なくなかった。その都度邪魔な奴を排除するのも飽きてきた頃、一つの考えが脳裏によぎった。


わたしだけのものに、してやろうって。




恋愛感情を覚えてからは実に行動が早かった。


最初は、彼が落とした物を偶に届けたり、渡らなかったら自分の家で保管しておいたり。

少しだけ、彼が他の女と話してる間に、彼の家の鍵を借りた事もある。入ってみた部屋は綺麗に整理整頓されていて、何より彼の匂いで充満していて出たくなかった。仕方なく鍵は返したけれど、次は合鍵を貰おうか、だなんて考えていて。


いつしか持ち物だけでは満足しきれなくなって、壮大なアプローチが始まった。私は遅かったのか、彼と親しくなった新参の女が仲睦まじく隣に座っているのを見て、またいつものごとく消していく。彼の瞳が私で染まっていく日を夢見ても、訪れる事はなかった。




ある日の帰り道、偶然にも、前方を歩く彼の姿が見えた。

思わず飛びついてから、抵抗できないように少しだけ脅した。



「私に両脚だけ差し出してくれるか、一生私の隣で仲良く過ごすか、どっちがいい?」


既に切り込みを入れていた大腿の付け根とその切れ味でも痛覚したか、すぐに私と一緒に暮らす判断を取ってくれたのが実に喜ばしい。

今考えると脚を失くしても、現代医療の発達から見て義足なんて珍しくもないものだから、当時の彼の脳が正常に働いていなかったのか、それとも私の事が好きだったのか。


どちらでもいい。私と仲良く同棲できているのは事実である。



どっかの企業に勤めさせて、飲み会にでも参加させるのが嫌で仕方なかったから、当分は大学生のままで居てもらった。

勉強好きの彼の事だから了承してくれたし、家で出来る仕事を探してきたから収入については何ら問題ない。


万一、彼が脱走しても逃げ場はないのだ。

もう随分と前に、彼の両親は世間では行方不明になっているし、交友関係も全て断ち切ってもらった。


ついに、ふたりだけのせかいは、実現していた。

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