第27話 もう一度会えますように 伍

 グラついた。


 真っすぐに見据えていた視線、幻視すら出来た首を通る刃の軌道、叶えられたはずの願い、全部が一瞬で崩壊した。


 なんだ、これ。


 身体に伝わる、何かにぶつかったとしか思えない強烈な振動。


 研ぎ澄ましていた集中力で、一瞬も逃さなかった僕の視界が辛うじて捉えたのはだった。


 サイズの間合いがビーストの首に届くちょうどその位置、陽炎のように揺らめいていた、盾。


 小さなテーブルくらいのサイズの盾が僕の鎌の軌道上にあったのだ。


 その盾はどの瞬間でも完全に透明だった。いや、存在すらしていなかったはずだ。


 でも、ぶつかる瞬間、僕の白色とは違う別の白色が僕を撥ね退けた。


 それはビーストのものでは無いことを直感する。


 そう、ビーストのオーラは例外なくべっとりとこびり付く様な黒色だ。


 こんな透明で白いオーラなんてありえない。


 ビーストの攻撃では無いのなら、最悪のタイミングで起きた不慮の事故なのだろうか。


 ハザマが産んだ異常か、溢れたオーラの衝突による空間の歪みなのか。


 一瞬で色々な可能性が脳裏に過る。


 それでも、僕が知っているハザマでの現象にはこんな透明な盾なんて存在しない。


 僕が想定外の出来事に足を引っ張られる数舜で、ビーストは既に動き出していた。


 目がゆっくりと開き、口が震えている。


 まずい。あれは、咆哮の前兆だ。


 このままだと、完全に隙が無くなってしまう。


 リュウキさんが作ってくれた、これ以上ないチャンスだったのに。


 分かっていても、僕の身体は前には進まず、慣性を受けて後退していく。


 ダメだ、今しかないんだ!


 ビーストがハザマに留まる時間は限られている。


 もう、あとどれだけ時間が残っているのか分からない。


 これ以上のチャンスはもう来ない。


 それは残り時間だけの問題では無い。


 こんなビーストの首が地に堕ちるなんてチャンスは二度と来ないのだ。


 なぜなら、使のだから。


 オーバーヒートはいつでも勝敗を決定づける。


 それは、理外の威力を持って勝利をもたらす必殺の一撃になるからだけではない。


 その一撃を使用した死神はからだ。


 だから、もう一度は、あり得ない。



 前に、前に…!


 僕の意志と反比例するように、身体はもう来ないチャンスから遠ざかる。


 前に、動けよ!


 こんなの、いやだ。


 こんな意味の分からないことで、終わりたくない。

 

 チューリップの皆に、託されたんだ。


 めいちゃんと、約束したんだ。


 前に、前に行けよ!クソ野郎!



「  hahaha  」


 誰かの笑い声が聞こえた。



「……は?」


 昂りが静まり返る。


 わらいごえ、だれの…?


 誰か、僕達とは別の誰かが、ここにいる?


 まさか……。


 そして僕はグラつく視界の端で、透明で見えなくなっていたはずの盾を見てしまった。


 気付いてしまった。


 盾が、一瞬だけ白色になって、消えていった。


 僕との衝突以外では一切存在を主張しなかった盾が。


 ずっと透明だったのに。


 何の意味も無いはずのこのタイミングで、白くなった。


 阻んだ白色を僕に見せつけるように。


 それは、まるで僕を揶揄うようだった。


「…ぁ」


 そうか、そうだったのか。


 ようやく分かった、いや、最初から分かっていたのかもしれない。


 阻まれた瞬間から僕はだと気付いていた。


 盾は、人が使うだ。


 これは事故なんかじゃない。悪意だ。


 あの盾は、誰かが意図的に僕を阻害しようとしたものだ。


 仕組んだんだ。


 誰かが、ビーストでも死神でもない、別の誰かが。


 邪魔したんだ。


 僕たちの命のやり取りを、邪魔した。


 誰かが、ビーストになったの人間の命を、バカにしている。


 誰かが、人を、命を、自分の為に利用しようとしているんだ。


 誰かが、理不尽に悲しい終わりを押し付けているんだ。


 だれが?







 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕の○○○○○で、×××が××そうに×××いた。



 『あははは、くっせぇな。死ねよ。その生ゴミ達と一緒に燃えて、死ね』


 

 そして、僕は―――


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――







 イヤダ。


 続けろ、刃が届いていないんだから。


 ここでやめたら、全部が許せなくなる。


 僕も、世界も、何もかも。


 ふざけるな、こんなこと、許されるわけないだろう。


 誰もが幸せになっていいはずなのに、幸せにならなきゃいけなのに。


 なんでこんな死が許されるんだ。


 目の前の命が、理不尽に奪われなくちゃいけないんだ。


 ふざけるな、ふざけるなよ。


 そんなこと、あっていいわけない!


 だったら…


 ボクが殺してやる―




 

「あああああああああ!!!!!!」


 力の限り叫ぶ。


 僕は抗おうと、全力で前に意識を、視線を、身体を、オーラを向けた。


 前に、前に、前に!


 たとえ前に進まなくても、前に進むために全力を注ぐ。

 

 その瞬間、再び僕の鎌の軌道上にゆらぎが生じた。


 やっぱり、誰かが僕を見ている。


 僕を前には進ませないつもりだ。


 

 前に進めないのなら、後ろに進めばいい。



 壁を認識すると同時に、 僕は一心不乱に身体を逆向きに振り回す。


 前に進めない衝撃は今も僕の身体ごと鎌を縛っている。


 だから僕は後ろ向きに衝撃を利用する。


 反射された分で出来る限りの一撃に変換するんだ。


 オーラを、極限まで。


 足を空中に投げ出し、後ろ向きの加速を下に向ける。


 刃の向きを変える。


 身体を軸に、回転する。


 そして、僕の身体の下を通過する鎌は再び前を向いている。


 上からサイズを振り落とすのではなく、下から振り上げる。


 あの盾が誰かの悪意によるものなら、その悪意を利用できる。


 騙すことが出来る。


 その軌道上に邪魔する盾は存在しない。


 首を振り、身体よりも先に顔を正面に向き直した。


 そんな悲しい終わりは、認めない。


 そんな終わりになるくらいなら。


 ボクが殺シテヤル―


 諦めない、絶対に。




 チューリップは、屈しない。




 その時、僕の眼前で赤と緑が爆ぜた。


 咆哮を封じる緑色の爆撃と、首を地に沈める赤色の重撃。


「うおおおお!!!」


 ソウルズを持たないリュウキさんが、両手で直接頭を再び地面に叩きつけていた。


「ユウセイ!」


 咆哮は届かず、首が刃に届く。


 壁は、


 白い狂暴な刃が首に触れた。


 ギイインンン


 硬い物同士がぶつかり合った重く嫌に高い音が響く。


 それは、一回目に弾かれた時と同じように。


 でも。


 「いけぇぇええ!!」


 白刃は止まらない。


 ようやく届いた死神の鎌は、高鳴りながら尚白さを増していく。


 多くの思いを乗せた死神の刃は拒絶する首を斬りつける。

 

 誰かが幸せになる、理不尽な死は許さない。


 悲しい死を迎えるくらいなら。



 ボクガコロシテヤル―



 「ガアアアアア」


 もう邪魔する盾は無い。


 チャンスに伸ばした手は届いた。


 その時、白才ユウセイは十分に、死神だった。



 人を殺す、理不尽な死を運ぶ死神としては。





 



 「にげ―」


 ドッドゴオオオオオオオオオン



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る