終幕 もう一度会えますように
第23話 もう一度会えますように 壱
チューリップ畑にはうっすらとした霧がかかり、館の中まで澄んだ空気が入り込む。
未だ陽が触れる前の空気は、夜とはまた違った冷たさがある。
ツンと身を焦がすようなその冷たさは長く大切な一日を急かすようだ。
「さて、めいちゃん」
キッチンを背に立つ少女に、横から少年が声をかけた。
朝食を食べ終わった死神達は、そのまま大広間に残っていた。
その場にいる魂を刈る者たちは、それぞれ真っ黒なスーツを着て少女の正面に立つ。
「約束の時間だよ」
階段傍に立てかけてある時計は8:30を示している。
「答えを聞かせてもらえるかな」
少年は少女の横に屈み、ゆっくりと促す。
殺頼書を両手に持った少女は、目の前に立つ三人の友人をそれぞれ見て、数秒間目を閉じた。
「うん」
顔をあげた少女は、両手で殺頼書を持って選択肢に歩み寄る。
そして、手が届く位置で立ち止まり、真っすぐに見上げた。
息を落ち着かせて見上げる少女の瞳は、たしかに死神を映していた。
誰よりも純粋で真っ白な死神を。
「ユウセイ、お母さんの殺頼書をお願いします」
「鎮魂依頼、お受けします。………必ず、鎮魂してくるから」
「うん、信じてる」
そう言って仄かに笑った少女と、死神は契約を交わす。
小さな手から、その手より少しだけ大きな手へと、黒い契りが渡される。
両者の手が殺頼書に触れた瞬間、紙は散り散りになり、空中に大きく広がった。
契約を祝福するかのように舞い散る黒い欠片は、ゆっくりと風に乗るように死神の首元に収束する。
そして、黒は細く、鋭く、堅く、円となる。
死神は首元に熱を感じて、初めて契約が成立したことを知った。
タトゥーのように首に刻まれた契約は、不可侵の禁則であり、不変の誓約だ。
二人の契約を見守った死神達は、今朝から決めていた決意を新たにする。
「ここに契約は成立した」
契約の成立を粛々と宣言した少年は、館の入口の扉へと歩き出す。
「今回のユウセイ君の鎮魂任務にはアキト君、リュウキ君の二人はサポートに回ってもらうよ。協会からの情報とキヨシ君は間に合わなかったから、具体的な作戦は用意してあげられない。三人の現場判断を何よりも優先して欲しい」
「あぁ、わかった」
少年は死神達を横目に指示を出しながら通り過ぎる。
すれ違いざまに赤髪の死神が少年に頷いた。
「全体の指揮はアキト君にまかせるよ。ただ、撤退判断はユウセイ君に委ねるね」
「えぇ、まかせて」
扉の前で立ち止まった少年は背後にいる死神達に話し続ける。
緑髪の死神は少女に優しく微笑んだ後、胸を張って応えた。
「そして、―必ず成功させてくること」
「はい」
片手を前にかざした少年が、静粛に厳命した。
白い死神は揺らぐことも無く、真っすぐに意志を示す。
「僕たちは死神、迷える魂を導き、誘い、迎える者」
少年は厳かに死神の在り方を説く。
少年の手に触れた扉は、黒く発光し、ゆっくりと開く。
「さあ、時間だ。行っておいで」
そして、開ききった扉の奥から差し込む光を背負い、少年は自分の死神達に道を示す。
その道を進み、死神は魂を刈りに行く。
その背中に少女が呼び掛けた。
「ユウセイ」
死神が振り返る。
「私をお母さんと会わせて」
変わらない唯一の願いを死神に託す。
「うん、約束だから」
彼は大切な約束と思いを忘れない。
死神は微笑んだ。
三つの影は光の中へと消えていく。
さぁ、死の審判が始まる。
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