第21話 死神探しの少女 捌
「泊めてもらう側だし、もう謝らなくていいよ」
「本当にごめんね」
はぁ、とため息を吐いためいちゃんにお許しをもらい、社長は頭をあげて正座した。
「あの、ほかの部屋は使えないんですか?この通路だけでも8つの部屋がありましたし、どこか空いてると思ったんですけど」
「いやぁ、それが使ってない部屋はそもそも何が入ってるのかよくわからないんだ」
「…なにが入ってるかわからない?」
社長はバツが悪そうに乾いた笑いを浮かべる。
「実はここの屋敷は僕が譲り受けたものなんだけど、元々の持ち主が凄い変わった人でね……怖くて他の部屋を整備出来てないんだ」
「怖い?おばけがでるの?」
「いや、僕のオーラでも部屋の中が見通せない程の強力な縛りがあって、僕の友人曰く『悪魔が封印されていても可笑しくない』とのことなんだ。もちろん悪魔なんかに負けるつもりは無いけど、なんて言ったって不気味じゃないか……」
悪魔……その存在はもはや文献に記載されるだけの伝説的な存在だ。
その力は悪霊とは比べ物にならない程に強力で、召喚されてしまうと一つの世界が崩壊しかねないらしい。
そんな、最悪のシナリオがこの屋敷に封印されているだなんて到底信じられるものじゃないし、さすがに冗談だと思う。
でも、あれだけ悠々自適な社長が心底警戒しているのには嫌な説得力があった。
その説明を聞いて、向かいの扉をよくよく見ると、その扉に薄く写る文様は特殊な封印にしか見えなかった。
得体のしれないナニカがすぐそばにある、そう考えるとお化けなんかよりよっぽど恐ろしい。
僕の身体をゾクリと寒気が突き抜ける。
「今更そんなこと言わないでよ…」
「わ、わわ、ごめん、封印がしっかりされてあるから外に出ることは絶対に無いよ!だから、スリル満点のビックリ箱くらいに思ってくれればいいよ!」
すっかり怯えてしまっためいちゃんを大きめの声でなんとか社長が励まそうとしているが、いまいちフォローになっていない…
…話題を変えるべきだよね。
「それなら、僕がリビングのソファで寝ましょうか?」
「おろ?いいのかい?」
僕はめいちゃんの泊る部屋の話題に戻す。
僕のために用意してもらっていた部屋だけど、綺麗に維持されていたならメイちゃんが泊まるのになんの問題もないはずだ。
僕はアキトさんの真似をしてめいちゃんの傍で膝をついて話し出す。
「もともと客室に使っていたなら悪魔は関係ないですし、僕もまだ使ってませんから、めいちゃんにはこの部屋に泊まってもらえば…」
「そうだね、ユウセイ君がそう言ってくれるなら、そうするのが―」
「いやだ」
「え?」
僕の提案はめいちゃん本人によって撥ね退けられてしまった。
「こんなところで一人で寝れるわけないじゃん…」
「「あぁー…」」
めいちゃんは不貞腐れた顔で僕たちに訴えていた。
こんな話を聞かされた直後に平気で寝れる人の方が少ないだろう。
もはやめいちゃんにとってこの館は、お化け屋敷みたいな認識なのかもしれない。
「ねぇ、ユウセイと私がここで寝ちゃダメなの?」
「二人がいいならもちろんいいよ!」
「ユウセイ、いや?」
めいちゃんに真っすぐに見つめられてお願いされてしまった。
僕は正直女の子の扱いとか乙女心とかよく分からないから、少し不安なのだけど…お願いされてしまったのなら断るわけにはいかない。
「じゃあ、一緒に寝よっか」
「うん、ありがとう」
「よし!けってーい!」
社長は両手でポンッと音を鳴らして立ち上がる。
そのまま僕たちに近づいてそれぞれの肩をトンッと叩く。
少し間を置いてから、めいちゃんの顔を真っすぐに見据えて社長は優しく話し出す。
「いいかい、めいちゃんはまだ契約を結んでいない。だから、僕たちの中の誰かと契約を結ぶ必要がある。忘れないでね。明日の朝、8:42が殺頼書の期限だ。一晩しっかり考えて期限の10分前までに答えを聞かせてほしい」
そう、時間は迫っている。
「……うん、わかった」
めいちゃんは静かにうなずいた。
夕ご飯からさっきまで皆と楽しい時間を過ごしていた。
それは思い詰めていためいちゃんに対する配慮でもあったのと同時に、めいちゃんの信頼を得るための時間でもあった。
今、めいちゃんが何を考えているのかは分からないけど、地獄で初めて会った時に抱えていた悩みとは違うことだけが感じ取れた。
最後に社長はめいちゃんの頭を優しく撫で、手を離した。
その去り際、僕にもその澄んだ瞳を向ける。
めいちゃんをよろしく頼むよ、そう言っている。
分かってます。
僕はしっかりと頷いて返答する。
社長は僕の頷きを見て、ふっと笑うと、いつもの空気感に戻ってふわふわとドアまで移動する。
「それじゃあ、そういうことで今日はゆっくり休んでね!」
そう言い残すと、僕たちに手を振ったまま空中を横移動して行ってしまった。
扉は勝手に閉まり、白い部屋には僕とめいちゃんの二人だけとなった。
さて、時間も遅いことだし今すぐにでも寝たいところだけど、僕はやらなくてはいけないことがある。
「めいちゃん、先にお布団に入っててもらってもいいかな?」
「え、なんで?一緒の布団で寝ないの?」
ハイテンションで声の大きな社長がいなくなったのもあって、急に静かになった部屋で、めいちゃんは僕の袖をつかんで寂しそうに質問してきた。
「いや、いっしょに寝るよ。ただ僕は荷解きしなきゃいけないからさ…」
そう、僕はまだ背負ってきた荷物を開けていないのだ。
特別量が多いわけでもないし、普通の引っ越しからしたら少なすぎるほどの量なのだけど、目覚まし時計や櫛など、明日から使うものは今日のうちに出しておきたい。
「それなら手伝うよ。私、家事得意だから」
「え、いいの?すごく助かるけど」
「まかせて、何十年も小さい子たちの面倒見てきたから、荷解きくらいなんてことないよ!」
めいちゃんは僕の手伝いに意気揚々と名乗り出てくれた。
小さい子の面倒を見てきたと張り切る姿は見た目通りなのだけど、何十年という言葉の重みが凄い…
僕は壁にかかっていたリュックをめいちゃんの所まで持ってきて、ガバッと口を大きく広げる。
「え、これだけ?」
「うん、僕そんなに趣味が無くてさ…」
「ふーん、じゃあすぐ終わりそうだね!」
めいちゃんは僕の荷物を見て肩透かしをくらったようで、ふっと息を吐いて楽勝楽勝と表情を緩めて中から荷物を取り出す。
「……これなに?」
めいちゃんが最初に手に取ったのは目覚まし時計だ。
黒くて丸々と太った猫がニコッと口を広げて、赤い丸時計の上に顎を乗せているデザインだ。
「あ、それは猫の目覚まし時計だよ」
「ね、こ?え、この黒いでっかいの、猫なの?」
「可愛いよねー、このブテッとした肉感が黒猫のミステリアスさと良い感じに影響しあってて、最高なんだ」
「……かわいい?さいこう?」
めいちゃんは目覚まし時計を少し遠ざけた状態で全体を眺めるが、何故かその表情は晴れない。
僕の説明が下手なのかな…
「それにこの子、凄く目覚ましとしての性能がいいんだよ。きちんと起きられるし、朝から猫の声が聞けて寝覚めが良いんだ」
「ユウセイって、猫が好きなの?」
「うん、動物が好きなんだけど、特に猫が一番好きかなぁ。そうだ、試しに聞いてみる?可愛い声なんだよ」
「あー、うん、明日これで起きるなら聞いときたいかも…」
目覚ましの音が怖いのか、少し引いたような表情で目覚まし時計を僕に渡してきた。
大丈夫、この子の声を聞けば元気が出るはずだ。
僕は黒猫の上顎を上に少し開いて、ゆっくりと離す。
するとじわじわと顎が下りてきて、元のポジションに戻った瞬間―
「にゃ”にゃ”にゃ”にゃ”にゃ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
部屋中に聞き慣れた低くて地鳴りのような鳴き声が響いた。
「わぁ!?なになになに!?とめて、とめてー!?」
めいちゃんは咄嗟に耳を塞いで、とめてと叫んでいた。
たしかにこの時間はうるさかったかも…
少し申し訳ないことをしたと思いながら僕は目覚ましを止める。
「ごめん、少しうるさかったね…」
「え、まって、これが『少しうるさかったね…』で済むの!?ユウセイの耳が心配になるよ!?というか、そこじゃない!!」
めいちゃんは捲し立てるように僕にツッコんできて、びしっと目覚まし時計を指さした。
「ぜんっぜん可愛くない!それどころか、もはやおぞましいよ!?」
「えっ、おぞまし…」
「初めて見た時から思ったけど、さっきの鳴き声聞いて確信した!その目覚まし時計、化け猫時計だよ!?絶対起きれるけど不快感が凄いって評判になった、最強の目覚まし時計じゃん!?」
「ば、ばけねこ…ふかいかん……」
そんなばかな…。
いや、たしかに買うときに絶対に起きれる目覚まし時計で、出来れば猫のデザインが良いって注文したけどさ。
化け猫ということが信じられなくて、僕は手に持った目覚まし時計を改めて見つめる。
……やっぱり、かわいいんだよなぁ。
僕は抗議の意味を込めて目線を―
「…そんな目をしても騙されないからね?」
ダメらしい。
じゃあ明日の朝これを使っちゃ、ダメかなぁ…
「でも、これしか目覚まし時計無いから…」
「…わかった、我慢するから。そんなに悲しそうな眼をしないで」
僕はめいちゃんに頭をポンポンと叩かれて慰められてしまった…
めいちゃんは僕の目覚まし時計をベッドの枕もとの骨組みの上に置くと、ふうっと分かりやすくため息を吐いた。
「切り替えて、さっさと終わらせよ!」
何も見なかったことにしためいちゃんは、リュックから次の荷物を引っ張り出した。
その手に握られていたのは長めの物体だった。
「……また猫だ。え、これはなに?」
「あ、それはね簡易電灯なんだ。僕真っ暗だと眠れなくて、その子は常夜灯の代わりに使ってるんだ」
「あー、えっと、照明ってことだよね?…どうやって使うの?」
「この後寝るときにも使うし、もう点けとこうかな」
僕はめいちゃんから、照明を受け取る。
色味はほんのりオレンジがかったベージュで、背伸びして目を閉じている猫のデザインはすごく愛嬌のあるものだ。
これはめいちゃんも可愛いと言ってくれるはず。
「まず、しっぽを回します。ここで発電するんだ」
「尻尾を回すんだ…」
「…そして、30回くらい回したら、おしりから首筋にかけて背筋を撫でます」
「背筋を撫でるんだ…」
「そしたら、電気がつきます!」
僕の声に合わせたタイミングで、猫の両目がカッと開き、その瞳からオレンジ色の光が発光する。
「ひっ!?いやいや、怖いよっ!?全身が優しく光るのかなって思ったのに、なんで今まで閉じてた目がわざわざ光るの!?」
「猫は夜目が効くからかな?」
「なんかそれっぽい理由出さなくていいから…。……というか、これは、なに?」
「………」
めいちゃんは僕の手にある猫のおでこを指さしていた。
おでこの中心、仏様の白毫の位置から。
……煌々と光が出ていた。
「なんでここも光ってるの…。なんか第三の眼みたいになってるじゃん……。これもう、さっきとは違う種類の化け猫だよ…」
「…………これは僕もわからない」
なんとなく、反射とか構造的な問題が原因だと思ってるけど、買った時からこうだったから、もしかしたらそういうデザインなのかもしれない。
「だめだ、私もう怖いよ、ユウセイ…」
「なんか、ごめん…」
僕の荷物はまだ半分以上も残っていた。
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