第20話 死神探しの少女 漆
「あ、おかえりー、お風呂どうだったー?」
「すっごく気持ち良かったよ」
「ね、ね!すっごく良いよね!」
僕は社長とお話した後、めいちゃんとアキトさんに続いてお風呂に入らせてもらった。
お風呂は浴槽だけでなく、浴室全体が木で出来ていて大きな木の幹に寝そべっているような感覚に陥るほどだった。
めいちゃんは、お風呂から帰ってくるとすぐ、僕と社長に「アキちゃんが特別にいい匂いの入浴剤入れてくれた!」と嬉しそうに話してくれた。
よっぽどお風呂に感動したのか、僕が戻ってきても凄くテンションが高い。
このはしゃぎ方を見ると、見た目相応の子供のように感じる。
「どんな感じなんだい!?」
「木の良い香りがすごくて、僕の身体にも良い匂いが残ってます」
「あと、綺麗な緑と小さな葉っぱみたいなのが浮いてるよ!」
社長は、待ちきれない様子で僕に近づいてきてクンクンと首筋あたりの匂いを嗅いできた。
……自然と受け入れてしまったけど、近いです。しゃちょう。
「アキト君の入浴剤は毎回すごく良い香りだよね!今回のもお手製なのかい?」
「ふふ、そうよ。うちのお風呂に初めて入る二人がいたから、今日のは森林浴を意識した入浴剤よ」
「なるほどなぁ、楽しみだ!」
言葉を言い終わるよりも先に、スキップ…いや、宙に浮いて足だけをスキップさせてお風呂場へと直行して行った。
「ふたり?私以外にもお風呂初めての人がいるの?」
「えぇ、ユウちゃんは今日入ったばっかりの新人だもの」
「え!?そうなの!?」
めいちゃんは本当にびっくりした!と、目を見開いて僕を見る。
「実は僕もチューリップの人たちとは今日が初めましてだったよ…」
僕は少し気まずくなって、苦笑する。
「みんな、仲が良いから全然そうとは思わなかった…!」
…仲が良い、そう見えてるのか。
「ま、まぁね…」
「あれ、照れてる?」
「て、照れてないよ!」
「照れてるじゃーん」
けらけらとめいちゃんは愉快そうに笑う。
さっきまでの気まずさと、仲が良いと言ってもらえた嬉しさと、それで照れていることを見破られた恥ずかしさで、つい僕は強めに否定してしまった。
「ユウちゃんは可愛いわねぇ」
隣同士に座っていためいちゃんとアキトさんは二人で見合って「ねー」っと笑いあっている。
僕は余計に恥ずかしくなって、お風呂上りとは別の意味で体温が上がるのを感じる。
二人を見れなくて、僕は乾いた喉を潤すためにもコップをとりにキッチンに入る。
「ユウちゃん、お水用意してあるからこっちにいらっしゃい?」
アキトさんは僕の行動を予測していたのか、予めメイちゃんの隣の席に置いてあるコップを指さした。
「チューリップについてアキちゃんに教えてもらってたの!一緒に聞こうよ」
めいちゃんは足をるんるんと揺らしながら僕に呼び掛ける。
「さっきまでね、社長さんがパンツ一丁でそこの隙間に挟まった時の話をしてたんだよ」
「何それ気になる」
「あそこだって。意味わかんないよねー」と言いながら、メイちゃんは二階の通路の下の部分、キッチンの上の方にある、人が入るかどうかくらい三角形の隙間を指さしている。
…どうやったらあんなとこにパンツ一丁で挟まるんだ。
僕はお礼を言って水を受け取ってから、二人のお風呂上がりの歓談に参加した。
「さいっこうだったよ、アキト君」
「……なら良かったわ!」
「よそ見してんじゃねぇよ…!」
「…ふぬぅっ!」
お風呂から戻ってきた社長は、ふよふよと湯船に浮いたような体勢だった。
「おみずおみず~」と言いながら棚からコップを取り出し、僕たちの頭上を通り過ぎていく。
「…ねぇ、ユウセイ、死神ってみんな空を飛べるの?」
死神のソウルズやオーラの組み合わせ次第で出来ることの可能性は無限大だ。だから、空中に浮くことが出来る死神もいるけど。
「うーん、出来なくはないけど、こんなにふわふわ飛ぶのは社長だけだと思うよ」
「まぁ、そうだよね…」
「ぷはー」っと水を飲み干す社長を観察しながら僕たちはお互いに肩をすくめて笑いあった。
僕とめいちゃんはこの短時間ですごく仲が良くなったと思う。
それはアキトさんが僕たちに質問したり、僕たちが自分の考えを発言する機会を与えてくれたお陰だ。
やっぱりアキトさんのコミュニケーション能力は非凡で特別なものだと再認識する。
僕は机の奥でプルプルと震えているアキトさんに静かに感謝の念を送る。
「ほら、アオちゃん、戻って来たわよ。さっさとお風呂にいったらどうかしら?」
「負けそうだから、無効試合にしたいだけだろ……!」
「ばかねぇ、せっかく逃げるチャンスをあげたのに……!」
「…よく疲れないね」
「…仲が良いんだよ」
「男子って何歳になってもよく分からないね」
めいちゃんは僕の視線の先にいる二人を見て呆れたように呟いた。
筋トレから帰ってきたリュウキさんとアキトさんは何故か腕相撲をしていた。
どちらも引くことの無いプライドファイトは始まってすでに5分は経過している。
二人ともオーラまで出して、首筋に血管を浮かべ、耳まで真っ赤になっている。
「ユウセイ君、めいちゃん、ぼちぼち良い時間だから二人とも寝室に案内するよ!」
キッチンから僕たちに呼び掛ける社長の声を聞いて時計を見ると、日付が変わるのが近づいてくるような時間になっていた。
「わ、もうこんな時間なんだ!」
「じゃあ、おねがいします」
「よーし、僕について来て!寝室は二階なんだ!」
手をオーッと伸ばした社長は、そのまま二階の通路まで飛んで行った。
「こっちこっちー!」と呼ぶ社長のもとに行くために部屋の反対にある大きな階段まで移動する。
「じゃあ、お先に失礼しますね…」
その際、なんだか熱気を感じるエリア、二人きりの土俵を通り過ぎる時にぺこりと頭を下げて挨拶していく。
「えぇ、おやすみなさい、っ、改めて二人ともこれからよろしくね!」
「あぁ、お疲れさまっ…!」
二人は律儀に僕たちに視線を向け、労わる雰囲気を醸し出してくれた。
…まぁ、その二人の手はごりっごりの殺意しかないのだけど。
「………がんばってね」
僕の後ろをついて来ていためいちゃんは形だけの応援と、残念なものを見る哀しい視線を残して、それ以上は二人について触れなかった。
「はやくー!」っと二階から社長の声が降ってきて、僕たちは一階を後にした。
階段を登りきった二階は明かりが点いておらず、リビングの光を浴びている通路以外は奥が見えないほどに真っ暗だった。
めいちゃんが少し僕との距離を詰めたのが分かって、僕は怖くないよと伝えるために隣に行き、優しく頭を撫でる。
「あ、ごめんね暗かったね」僕たちを見てすぐに、社長は奥の通路に向かって手を振る。
すると、ふっと柔らかなオレンジ色の光が通路の壁に灯る。
めいちゃんに「わぁ…」と感嘆の息を漏らさせた光は、空中に浮いていて、電球やろうそくの火とは違う別の何かだ。
「二階は僕のテリトリーだからね、この光は僕のオーラなんだ。一番奥に昨日掃除したばかりの綺麗な部屋があるから、そこまで行こっか」
社長にいざなわれるように僕らは通路を進む。
社長が立ち止まった場所は本当に通路の一番奥で、二階には左右合わせて8つの扉があった。
右側の部屋の扉だけ、薄く複雑な模様が浮かんでいて、妙な存在感を放っていた。
「ここがユウセイ君のお部屋になりまーす!」
僕たちが扉の前につくと同時に、社長は両手を広げる。
それに合わせて部屋の扉が勝手に開き、部屋の中から白い光が溢れた。
僕とめいちゃんは二人そろって入り口から部屋の中を覗き込む。
「「おぉーー」」
僕たちは歓声をあげた。
部屋の中は壁全体が真っ白で、奥の壁に大きめの窓、右手には小さめの窓が取り付けてあり、部屋の大きさは一人が生活するのに丁度良いくらいの広さだ。
家具は奥にグレーの布団付きのベッドが一つ、左手奥に木製で薄いクリーム色の棚が一つ置いてあるだけの至ってシンプルな部屋となっていた。
そして、入口のすぐ左の壁には僕が背負ってきた荷物が置いてあった。
ここが本当に僕の部屋になるのか…
新入社員の僕にはもったいない部屋のように感じてしまうほどに綺麗だ。
「もとは緊急のお客さんのための部屋で、家具はほとんど無いから、どんどん自由に追加していってね!壁紙も好きに変えていいから!」
「すっごくキレイな部屋でびっくりしました…新入社員は古い寮で生活するものだと教えられたので」
「あはははは、そういうところもあるかもね!どうかな?満足してもらえたかな?」
「はいっ、大事に使います!」
「よかったね!」
社長とめいちゃんの笑顔を見て、僕はここが自分の部屋だという実感が少しだけ湧いて来て、ウキウキが抑えられなくなってニヤついてしまう。
チューリップの、僕の部屋だ。
「ねぇねぇ、私の部屋は?」
「あ、めいちゃんの部屋はね、こっちだ……」
めいちゃんが自分の部屋も気になったのか、社長に問いかける。
社長は案内しようと通路の奥を見た。
ん?そっちはもう行き止まりなんじゃ…
「………ったんだけどなぁ。あれぇ、おかしいな、部屋が一つ減ってる?」
社長はしどろもどろになりながら僕たちを振り向いてとぼけたことを言い出した。
そういえば、さっきこの部屋はお客さん用の部屋だったって……。
…まさか。
「…………」
「…………」
めいちゃんも全てを察したのだろう。無言で社長を見つめていた。
社長は見たくないと言わんばかりに目をギュッとつぶって顔を右上に向けていた。
めいちゃんの視線がどれだけ冷たいものなのか想像に難くない。
「社長、ここ、だったんですか?」
「…………………はい」
「………ごめんなさいは?」
「ごめんなさいっっ!!!!」
めいちゃんに詰め寄られて、社長はすぐに空中に浮いた状態でうつ伏せに寝そべった。
……まごうことなく、幼女に詰め寄られて逃げ道の無くなった社長の、情けない土下寝だった。
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