第19話 死神探しの少女 白
「おいしいーー!」
「これが、ロールキャベツ…!」
僕とめいちゃんは薄黄金色のスープで満たされたロールキャベツに感動していた。
キャベツの若葉色、薄くスライスされた人参の朱色、ホクホクなジャガイモの薄黄色、全体的に彩度の高い盛り付けは一目で僕たちを引き付けた。
綺麗な盛り付けを崩すのがもったいなくて、こぼさないように優しくスープを一口飲むと、それからはもう止まらなかった。
胡椒が効いたスープは色々な野菜の味を崩すことなく、食欲を掻き立て、しっかり火が通ったジャガイモは口の中でスープと混ざり絶妙な触感となる。
そして何よりジューシーな肉とそれに負けない甘みのある柔らかなキャベツ。
僕はロールキャベツを食べたことがほとんどなく、訓練校で冬に数回食べたくらいだった。
その記憶も目新しくて楽しいというものしかなく、もちろんおいしかったのだが、味が痛烈に記憶に残るなんてことは無かった。
しかし、このロールキャベツの味はもう忘れないだろう。
今好物を尋ねられたら、ロールキャベツだと答えてしまうくらいには衝撃的においしい。
「「ごちそうさまでした…!」」
僕とめいちゃんは無心で食べ進め、気づいたら同時にご馳走様を告げていた。
「二人とも一心不乱に食べてたわね。どうだった?クマさんのロールキャベツは?」
「この味を忘れられないくらい、おいしかったです!」
「今までで一番おいしいロールキャベツだった、ありがとう、クマさん」
「ありがとうございましたっ、ご馳走様です」
ぽけーッとと放心していた僕はめいちゃんに遅れてキヨシさんにお礼を言った。
「そうだろうそうだろう、おいしかろう」
「お粗末さまだ、きちんと食材にも感謝するんだぞ」
社長はうんうんと誇らしげに頷き、キヨシさんは造作もない様に僕たちに食材への感謝を説いた。
「なーにカッコつけてるのよ、いつも通りがははって高笑いすればいいのに」
あれ、かっこつけてるのか?
そう思ってキヨシさんを見ると、何とも言えない少し唇を尖らせた表情をしていた。
図星らしい。
それを見て、頬杖をついていたアキトさんが頬を上げ楽しそうに笑った。
「てぃーぴーおーを弁えてるだけだ。それだけ元気あるなら、皿洗いも率先してやってくれるんだろうな!」
堪らなくなったのか、"TPO"という言葉がやけに間延びした弁明と、皿洗いの脅しを大声で捲し立てた。
「めいちゃーん!お風呂案内してあげるわ!ここはお風呂も凄いんだから、全部木で出来てるのよ!」
「えっ、ヒノキ風呂!?いく!」
皿洗いと聞くや否や、スッと席を離れてめいちゃんを伴ってお風呂へと逃げて行った。
ここのお風呂って、ヒノキ風呂なのか…すごく気になるけど。
「あ、じゃあ僕が洗いますよ」
「お?いいのか?」
「はい、それくらいしか出来ませんし」
僕はお皿洗いをさせてもらう。
死神稼業でも日常生活でも僕が活躍できるのはそこくらいだろうと思っていたから、入社する前から決めていたのだ。
午前中はバタバタしてしまって出来なかったけど…
「だったらこっちに来い、やり方をみっちり叩き込んでやろう!」
「はい!」
「ユウセイ、皿洗いを率先してやってくれる優しい死神はお前くらいだ。必ず立派に仕立て上げるからな!」
洗い場に立つや否や、両肩がめりめりと軋むほどの力でしかと握られる。
「あ”いっっす!」
あいった、という悲鳴を喉奥で潰して気合の返事を返す。
「アキトもリュウキも皿洗いとなるとどっかに消えていくからな。困ったやつらだ」
リュウキさんは食べ終わるとすぐに屋敷の外にランニングに行ってしまった。
今日の筋トレで出来ていない分を取り返してくるらしい。
「アキトさんも嫌がるのは意外でした」
「そうだなぁ、アキト、これだけは絶対にしようとしないからな。何か嫌な思い出があるのかしらんが、それとこれとは別問題だ。いづれあいつらにはしっかり洗わせてやる」
いたい、痛いです。そう言って瞳にメラメラと炎を宿すキヨシさんの握力はドンドン増している。
「しっかり頼むよ、ユウセイ君?」
「……がんばります!」
社長はご飯を食べ終わってから、席を立たずに僕たちの成り行きを見守っていた。
キヨシさんに教わる食器洗いは僕が今までしてきた食器洗いとはまるで別物だった。
3種類の石鹸の使い分け、金属製のナイフとフォークは水垢にならないようにお湯につけて清潔なタオルで水をふき取る、調理器具は細かいところまで二度洗い。
思っていた何倍も大変な食器洗いに、じんわりと汗が滲んできていた。
真剣にやったおかげか、筋が良いと褒められたのはちょっぴり嬉しい。
ようやく終わった時にはすでに20分が経過していた。
キヨシさんは出た生ごみを肥料にすると裏口から出て行ってしまい、ダイニングには僕と社長だけが残っていた。
「大変そうだったね」
「僕の今までしてきた食器洗いが情けなくなりました…」
「あはは、キヨシ君は凝り性だからねぇ」
社長にトントン、と隣の席を叩かれそこに座る。
そして一息つく。なんだかとても静かな時間だ。
「…ねぇ、ユウセイ君」
社長がゆっくりと僕をみて、話しだす。
「さっきのは、ダメだよ」
「え?」
思いがけない注意に、ドキリとする。
何のことだ…思い返すと、色々やらかしている気がして、余計に分からない。
社長は僕をまっすぐに見ていた。
その正直な瞳に、僕は引き込まれるように、力が抜ける。
「さっき、めいちゃんが悩んでいる時、隠れたでしょう。選ばれないように」
「―ッ」
僕の汚いこころが、見透かされていた。
社長の言葉が喉をきゅっと絞めたように錯覚する。
「……」
言葉がでない。
そうだ、僕はさっき、逃げたのだ。
自分の保身のために、悩んでいる少女を見放した。
「分かってるみたいだから、これ以上怒ったりしない。だからそんなに自分を責めようとしないで」
社長はうつむいていた僕の顔を優しく持ち上げて目を合わせる。
その瞳は僕だけを見据えて話さない。
「ただ、僕の話をきちんと聞いて欲しいんだ。できるかい?」
社長は僕が向き合えるように、落ち着いた語調で話す。
自分を責めず、話を聞く。
それだけだ。
そのくらい、やらなくてどうする。
僕は熱くなった目頭と頭を理性で押さえつけて、逃げずに社長の瞳と対峙する。
「……はい」
よし、と社長は表情だけで頷くとゆっくりと僕に響かせるように言葉を発する。
「僕はユウセイ君がソウルズを使えないことも、卒業試験が不合格だったことも知っている。それでユウセイ君が、鎮魂を失敗するんじゃないかって思ってしまうこともよく分かる」
……社長は、やっぱり、全部知っている。
僕は、死神として不十分だ。
今日チューリップのみんなが、僕のことを死神だと認めてくれた。
それは僕にとって大きな誇りに、自信になった。
でも、僕自身が変わったわけじゃない。
僕は変わらずソウルズが使えない、死神の中で最底辺だ。
弱い自分が嫌になる。
「だから、高難易度の鎮魂依頼を失敗することが怖いから、めいちゃんから隠れた。そうだね?」
そうだ、依頼を失敗させる。
僕は、きっとそうだ。
「……僕は、どんな鎮魂依頼でも達成できないと思います」
難易度なんて関係ない。
死神としてやっていける根拠がどこにもない。
どうしようもない。
そう思う弱い心も、みんなに認めてもらったのに変われない自己懐疑も、全部僕の欠点だ。
僕は死神失格なのだ。
「たしかに、今のユウセイ君が成功できる鎮魂依頼は無いかもしれない」
社長は何も隠すことなく、僕に事実を示す。
わかっている、わかってるんだ。
僕は鎮魂できない。
それが悔しくて堪らない。
目を逸らしたくなる。
泣きたくなる。
でも、社長の目が、僕を見ているその目が僕を繫ぎ止めていた。
「ユウセイ君は鎮魂が出来ない。たとえそれが事実だとしても、それがユウセイ君の本心なのかい?」
僕の心になにかを訴えている。
「めいちゃんの依頼から逃げたい。めいちゃんの願いを叶えたくない。それがユウセイ君の願いなのかい?」
…ちがう。
それは絶対に違う。
出来ることなら、めいちゃんの願いを。
―みんなの願いを、全部を、叶えてあげたい。
「違うでしょ?僕が訓練校で見た君は、どこまでも貪欲で、誰よりも純粋に願っていたよ」
そう、そうだ。
僕は死神として不十分な自分が嫌だった。
それは皆と比べて劣っているという劣等感じゃない、もっと純粋な願い。
「”みんなの願いを叶えてあげれるようになりたい”って、そういう死神になりたいって。君は願っていたはずだ。僕は知ってるよ」
卒業試験で失くしていた、僕の願い。
僕は死神として全ての魂を助けたかった。
「だからね、ユウセイ君は絶対に逃げちゃダメなんだ。依頼人のためにも、自分自身のためにも」
「鎮魂依頼を受けて、成功するかもしれない。もしかしたら絶対に成功させるという言葉が嘘になるかもしれない。それはやってみないと分からない、結果で変わるものだ。でも、僕たちの本心だけは変わらない。変わっちゃいけない。隠しちゃいけないんだ」
「あなた達を助けたい。だから、”あなたの愛する人を、殺させてください。”その想いだけは本気であるべきだ」
―何で、忘れていたんだろう。
――僕のたった一つの願いだったのに。
「ユウセイ君、僕はどこまでも欲張りで優しくて綺麗な君の願いと、どこまでも前を向く君の姿に惚れたんだ」
「だから、君をチューリップに招待した。あの場で唯一僕を魅了した君が、たかだか試験一つで自分を見失わないでくれ。最後まで僕を惚れさせ続けて欲しいんだ」
そう、社長は僕を口説く。
どこまでも僕を見据えて、僕を離さずに。
僕は、霞む視界も震える身体も関係なく、社長の言葉を心で精一杯受け止める。
「ユウセイ君は誰よりも死神足り得る。この僕が保証する」
チューリップのメンバーは僕の努力を、能力を、死神として認めてくれた。
そして、社長は僕の誰より我儘な願いを、死神として尊重してくれた。
「だから、もう逃げたり隠れたりしちゃダメだよ」
そして最後に社長はほわりと笑った。
「はい”っ……!」
そうだ、僕は、死神だ。
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