第18話 死神探しの少女 伍
「ふむふむ、なるほど。残時間がほぼ半日…緊急依頼というわけだね」
「そうなの、だから協会の事前調査はあてに出来ないじゃない?」
「そうだねー、正規手段じゃまず間に合わないだろうね」
社長とアキトさんか話し合っているのを聞いて、訓練校で学んだことが思い出された。
死神が依頼を受けて、完了するまでの流れの中で、鎮魂対象の事前調査というものがある。
事前調査とは僕たちが実際に現場にいって、その人物の魂を調べるのではない。
死神協会がその人物の人生を辿り、魂の形を測定し、どのような悪霊として顕現するのかを予測してくれるのだ。
その調査をもとに、派遣会社は所属している死神で誰が鎮魂に適しているのかを判断して担当を決める。
そのため、調査があるのと無いのとでは成功確率も、鎮魂効率も段違いであり、派遣会社は鎮魂難易度においては殺頼書よりもこの調査結果を重要視している。
その仕組みは秘匿されており、噂ではとある死神がたった一人でその調査を行っているとも言われているが、あくまで都市伝説的な説だ。
そのせいか、事前調査は最短でも1日を必要とするため、派遣会社が依頼を受けるのは調査依頼をして結果を受け取ることが出来る3日前までが常識となっている。
「とりあえずダメ元で直接依頼してみるよ。僕のお願いなら優先してくれると思うし。まぁ、それでも間に合うか微妙だけどね」
「そうしてくれると助かるわ」
「リュウキ君、そこにある紙とペンをとってもらえるかい?」
「はいよ」
ペンと紙を受け取ると、社長はサラサラと殺頼書の内容を書き写していく。
「調査が間に合わないとなると、誰が担当するのか困っちゃうわね」
「あぁ、それは大丈夫だよ。調査があってもなくても方針は変わらないから」
「実力順ってことですか?」
実は担当者の決め方は各会社で微妙に異なっている。最終決定権が社長ではなく事務職にある会社や、ポイント制をとっているところもある。
最もポピュラーなのが調査から適性を見出して決めるものなのだが、例えば中華香朱などは完全に実力順で依頼が割り振られていると聞いたことがある。
しかし、僕の問いに社長は「いや、そうじゃなくて」と書き続けながら否定した。
「僕の、というかチューリップの個人で請け負った鎮魂依頼の担当は、依頼人に決めてもらうことにしてるから」
「え?そうなの?」
「…おい、初めて聞いたぞ」
リュウキさんとアキトさんが二人してツッコむ。
…チューリップは出来たばかりだと知っていたけど、ここまで手探りだと少し不安になってくる。
「え、レベルにあった依頼を選んであげないと鎮魂できない?」
社長はペンを止め、リュウキさん、アキトさんの二人を見上げて抑揚の抑えられた声でそう煽る。
クルリとペンを指先で回しながら、どうなんだい、と挑戦的な目線を向けている。
「出来るに決まってる」
「なんでも成功させるわよ」
「ふふ、なら問題ないじゃないか」
社長の言葉に、間髪いれずに二人はそう返答する。
それぞれの勢い良い意気込みを聞いて、社長は嬉しそうに笑う。
この答えが返ってくることが分かっていたから、社長は今まで触れることすらしてこなかったのだろうか。
チューリップのメンバーって煽りに対して問答無用で切り返すのが当たり前だよなぁ。
そんな負けず嫌いなメンバーを見て苦笑すると、社長が「ユウセイ君も例外じゃないからね」と釘を刺してきた。
「へぁ、僕もですか?」
「ここの社員だよね?」
「は、はいっ」
「ふふふ、がんばろうね」
そう言って嫋やかに笑う社長の雰囲気と表情は Yes 以外を良しとしない圧があった。
僕もここの社員なのだから、当然といえば当然なのだけど、新人だから除外されるのかと思っていた。
正直、卒業試験に落ちた時と自分の能力が変わったわけじゃないから、どんな鎮魂依頼も成功できるなんて到底自信はない。
それどころか、簡単な依頼ですら怪しいのだけど、ここの社員かと問われたら反射的に頷くしかない。
「これでよしっと」
社長は殺頼書を写し終わると、書き終わった紙を持ち上げくるッと手首を返す。
「わっ」
すると紙がボッと深紅に燃え上がり、社長の手の上から消失する。
めいちゃんが突然あがった火の手に驚いて軽く仰け反った。
炎で焼くなんて転送法が存在するのか定かではないけど、多分、社長は調査依頼を協会に送ったのだろう。
「さて、めいちゃん。そういうことなんだけど依頼する死神はもう決めているのかな?」
「……私が一人選ぶんだよね?」
「うん、いまこの屋敷にいる死神なら誰でもいいよ」
社長は両手を広げて、誰でも大歓迎だと表現している。
それを見てめいちゃんは口を数回開きかけたが、まだその小さくなった背中からは大きな迷いが見て取れる。
結局、めいちゃんは考え込んで黙ってしまった。
僕はめいちゃんの表情は見えないし、何を悩んでいるのか詳しくは分からない。
ただ、僕は少し安堵している自分がいることに気付く。
目の前の少女が抱えている、たった一人の母親の魂に関する悩みは、死神として未完の僕が背負うには大きすぎる。
社長やアキトさんのように、必ず成功して見せるとは嘘でも言えない。
いや、言ってはいけないはずだ。
だから、めいちゃんの背後で、視界の外にいることで、めいちゃんの選択肢から外れている気がして、心のどこかで安心してしまった。
困っている女の子に手を差し伸べなくていいことに、安心したんだ。
そんなの最低だ。
胸がさざめき、喉の奥からすっぱいものが込み上げてくる。
そして、ゾワリと自分の内側からせり上がってくる悪寒と同時に頭が沸々と熱くなる。
訓練校の時に感じていた劣等感や焦燥感とは別の、さらに強い嫌悪。
「………うん、まぁそんなすぐに決められないよね!」
社長がパンッと手を叩くのに合わせて、ハッと僕の意識も社長に向く。
「めいちゃん、もしよかったらこの屋敷に今晩泊っていかないかい?一晩考えて、明日の朝結論を出してくれればいいよ」
「……」
「僕たち、明日一日めいちゃんの依頼のために時間を空けとくからさ」
「…いいの?」
「うん、そうしよっか」
めいちゃんは申し訳なさそうに、小さく顔をあげて確認をとるとコクリと頷いた。
それを見て、社長はトントンと頭を優しく撫でると僕たちに宣言した。
「ということで、明日は皆一日空けておいてください!」
「いつも通りってことね」
「いつも通りだな」
「社長命令の待機だから、いつもの暇な時間とは違うんだよ!?」
やっぱりチューリップはいつも通りは暇らしい。
そんなやり取りを見てめいちゃんは相好を崩した。
「社長、夕ご飯お出ししていいですか?」
「おー、待ってましたー!」
キヨシさんは話がひと段落したのを見計らって鍋の蓋を開けた。
館の中にコンソメとキャベツの豊かなにおいが広がる。
気付くと既に外は暗くなっていて、急におなかが減ってきた。
「あ、お皿用意しますよ」
「じゃあ下の棚にあるピンクの皿を5つ持ってきてくれ」
僕は跳ねるようにして立ち上がり、奥の棚にお皿を取りに行く。
「フォークでいいのか?」
「ナイフも持ってきなさいよ」
「……わかってる」
「忘れてたくせに」
みんなそれぞれ夕食の支度をする。
社長とめいちゃんは背を伸ばしてロールキャベツを覗き込んでいる。
一息で温かな時間が回る。
「「「いただきまーす」」」
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