第17話 死神探しの少女 肆
「ただいま帰ったわよー!」
「おかえりー、人形はどうだった?やっぱり足りなかったかい?」
チューリップの館に帰ると、カウンターで待機していた社長がいの一番にお迎えしてくれた。
ウキウキで成果を尋ねてくるその曇りない表情を見て胸が苦しい。
そんな大人気の想定だったのか…
「ごめんなさいね、私たちの運が無かったみたいで一つしか配れなかったわ」
「え?」
「トラブルがあったんだ、すまない。成果は1だ。社長」
「とらぶる…?いち…?」
アキトさんとリュウキさんの二人がフォローするように肩をポンと叩く。
配れなかったのは自分たちの責任だと全く思っていないようだ…
いや、まぁ、僕も作戦が良くなかったとは思う。
なにより怖いもん、あの被り物。
「……………わぁ、一つだけ余るなんてことあるんだね!ははーん、さてはユウセイくん、自分で欲しくて隠してたなぁ?」
「ひぃっ!?」
もの凄い勢いで社長が笑顔で僕に迫って来た。
全部手作りの人形だもんなぁ…
渾身の人形が完全な不発だったことがよほどショックだったのか、その瞳は錯乱しているようで僕を捉えていない。
「ユウちゃん、背中の袋もうそこに置いといていいわよ。また今度行くんだから」
「あ、わかりました…」
「う、うわぁん、うそだああああぁ」
飄々とアキトさんは、人形の袋を入り口に置くように指示してくれた。
僕がそっと入口の隣に袋を下ろすと、社長が袋にしがみついて喚き出した。
「あんなに頑張ったのに、がんばったのにぃ…世間の無常さはまるで地獄じゃないか……」
「……あの、僕たちがトラブルに巻き込まれたせいだと思うのでそんなに気を落とさないでください」
むせび泣くその姿はとても社長とは思えない。
居た堪れなくなって、僕は背中に手を置いて撫でる。
「…うぅ、とらぶる?」
「実は中華香朱の死神さんたちと少し小競り合いになってしまって…」
「ほうほう、それは抗争ということかい?」
うぇっ、切り替えはや!?
急に切り替えて背筋を伸ばした社長は興味深そうに僕の話に耳を傾ける。
切り替えが早すぎてまるで別人格のようだ。
「いや、多分抗争まではならないと思うんですけど、因縁が出来た感じです」
「うーん、まぁ抗争になってないならとりあえず放置でいいかな?」
社長はキッチンで夜ご飯の支度をしていたキヨシさんに投げかける。
「そうですね、中華香朱が血気盛んなのはいつもの事ですし、放置でいいかと」
「じゃあ、忘れてください!社長命令です!」
胸を張って社長は言い放つ。
ほんとに一瞬で気を持ち直したなこの死神…
「じゃあ、そちらの女の子はトラブルとは関係ないんだね?」
社長がひょこッとアキトさんの後ろを覗き込む。
どうやら最初からめいちゃんの存在には気付いていたみたいだ。
「こんにちはー、ここの社長だよー」
「………」
「あはは、人見知りなのかな?」
社長の気さくな挨拶に対してめいちゃんは眉をしかめ、白けた視線を送っている。
それは人見知りしているというより、訝しんでるというのが正しいと思う。
まぁ、さっきの発狂が第一印象だろうから仕方ないよな……
というか、この社長はめいちゃんがいるって分かってたのに発狂したのか…
ほんとに色々ぶっ飛んでる。
「ごめんね、こんな怪人みたいな死神だけど、すごく頼りになる社長だから。よかったら自己紹介してもらえるかしら?」
アキトさんはめいちゃんの頭に手を乗せ、屈んで説得する。
社長は「え、怪人?」と紛れ込んだ毒に反応していたが、僕はスルーする。
「…藤原めいです。よろしくお願いします」
めいちゃんは自己紹介と共に、ぺこりと軽く会釈をするように頭を下げた。
「この子、チューリップに仕事を依頼してくれるみたいなの。それでアオちゃんの判断を仰ぎたくてね」
「わぁ、依頼人なんだね!ささ、入って入って!」
社長は依頼人と聞くと、言葉そのまま、僕たちを飛び越えて僕たちの背後に回ると、全員を中へと押しやる。
めいちゃんは自分の上を飛び越していく社長を見てポカンと口を開けて、呆けたまま屋敷の中へと連れ込まれた。
「嬢ちゃん、なんか飲みたいのあるかい?ミルクとコーヒー、オレンジジュース、麦茶、いろいろ用意できるぞ」
「じゃあ、麦茶をください」
「おうよ。それと晩ご飯、食べていくかい?」
「え、いいんですか?」
「おう、ロールキャベツだぞ」
「わぁ、いただきます!」
めいちゃんがカウンター越しに話しかけてきたキヨシさんに麦茶をお願いする。
キヨシさんは迫力のある見た目なので、小さい女の子は怖がってもおかしくないのだが、いたって普通に対応している。
やっぱり、見た目年齢と実年齢は全く違うのだろう。
この感覚はまだ慣れないなぁ…
「それで、どんな依頼なのかな?」
めいちゃんの隣に座った社長が、手を椅子について身を乗り出すように質問する。
カウンター席にはめいちゃんを真ん中に、左隣に僕、右隣に社長、その奥にリュウキさんが座り、めいちゃんのそばにアキトさんが立っていた。
「これ、私のおかあさんのです」
そう言いながら、めいちゃんは背中に背負っていたリュックから殺頼書を取り出してカウンターに置いた。
「鎮魂依頼だね、まずは僕たちを頼ってくれてありがとうね。必ず成功させるから安心していいよ」
社長は殺頼書を一瞥すると、内容を読むよりも先にめいちゃんに話しかけた。
安心させるような声音でめいちゃんに笑いかける社長の雰囲気は、僕の面談のときと似ていて、年長者のおおらかさを感じさせる。
「……お願いします」
めいちゃんは社長の雰囲気の変化に戸惑いながらも、しかと頭を下げた。
「うん、まかせて!」
社長はトンと自分の胸を叩いて微笑んだ。
そして、立っていたアキトさんに向き直る。
「鎮魂依頼だから僕の許可が必要だとおもったのかい?別にその場で契約してもらってもよかったのに。またナニカあったのかい?」
「いや、私の問題ではないわ。この会社で初めての個人依頼だったっていうのもあるのだけど、依頼内容が少しだけ複雑なのよ」
ナニカ…?中華香朱とは別のトラブルということだろうか。
あぁ、まぁたしかにアキトさんが協会から実力行使で追い出されてたけど…
アキトさんは社長の問いにキッパリと自分では無いと言って、殺頼書を指さした。
「ちょっとごめんね?」
そう言って、社長は殺頼書を手に取った。
「あっ!」
「えっ?」
僕とめいちゃんは思わず驚きの声をだす。
死神が殺頼書を手に取ると、契約が成立して…あれ?
社長は何食わぬ顔でふむふむと殺頼書を読んでいて、契約成立の証が現れることは無い。
どうなってるんだ。
死神は例外なく殺頼書に触れたら契約が成立するはずなのに…
「なんともないの…?」
めいちゃんが社長の顔を覗き込んで問いかける。
「え?あ、契約のことかな?僕は特別だから殺頼書に触っても大丈夫なんだ。……社長だからね!」
きらんッと星が飛ぶようなウィンクをしてどや顔をしている。
「社長だと殺頼書に触っても契約することにはならないんですか?」
僕は自分の常識が間違っているのかと、堪らず社長に質問する。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……まぁ、そういうこともあるよね!」
「ある、んですか?」
とても分かりやすくはぐらかされてしまった。
「ユウちゃん、アオちゃんのことは考えるだけ時間の無駄よ。この死神は何から何まで可笑しいんだから」
アキトさんは諦めた様子で僕にほほえみかけた。
「おかしい…なるほど。それもそうですね」
そういえばそうだった。この中で誰よりも年長者で、少年の外見なのに社長で、空を飛べて、感情の高低差が激しくて…もとからまともなところなんて知らないのだ。
何も分かってはいないのだけど、妙に納得してしまった。
「これ、僕、バカにされてない?」
「ううん、大丈夫。多分おかしいのは本当のことだからバカにされてないと思う」
「あ、ほんと?ならいいや!」
社長が不安げに呟いた疑問は、めいちゃんの断言で解消されたようだ。
どこか遠い目をしているめいちゃんはどうやら、出会ってから一瞬で社長について理解することを諦めているようだ。
僕もいい加減、社長について深く考えることをやめるべきかもしれないなぁ…
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