第16話 死神探しの少女 参

「めいちゃん、ごめんねこの場で私たちが個人的に依頼を受けることは出来ないの」


 アキトさんが優しく、それでもはっきりとめいちゃんのお願いを断る。


 …そう、僕達は軽率にこの依頼を受けることはできない。


 残時間が1日も残っていない依頼は、個人の死神でも対応できるかどうか怪しい。


 女の子の表情が分かりやすく曇った。


 それを見て、ずきりと胸が痛む。


 どうにかしてあげたいが、僕にはどうしようも出来ない。


 申し訳なさがドッと押し寄せてくる。


 僕は女の子を見ていられなくなって、アキトさんに目線をむける。


 するとアキトさんは徐に両膝を地面について、諭すように話し始めた。


「でも、会社として、チューリップとしてなら受けることが出来るわ。社長が担当する死神を決めるから誰が担当してあげられるかは分からない。でも、誰が担当することになっても必ず鎮魂してみせると約束するわ」


 僕は驚きを隠すことが出来なかった。


 たしかに、僕たちは会社に所属している死神だからこの場で個人的に依頼を受けることは出来ない。


 そういう意味でアキトさんは個人の死神として、ごめんなさいと言っていたのだ。


 つまり、この言葉はチューリップに所属している死神としての言葉だ。


 この依頼を会社として請け負うにはリスクが大きすぎるはずなのに…。


「ほんとに…?」

「えぇ、本当よ」


 そしてアキトさんは左手をそっと自分の首に置いた。


 僕はその所作を見て、目を丸くする。


 左手で自分の首を絞めるように手を置くこと、それは僕たち死神にとって特別な意味を持つ。


 死神の誓い。


 殺頼書に触れることが出来ない僕たちが、依頼人に対して行う承諾の証だ。


「藤原めいさん、あなたのお母さんの鎮魂依頼、私たちチューリップが請け負わせていただきます」


 女の子は息を呑む。


「私たちに依頼してくれてありがとうね」


 そう言ってアキトさんは女の子の頭を優しく撫でた。


「うん、お願いします…」


 頷く女の子の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 僕は予想外の展開に完全に呆気にとられてしまった。


「さーて、そうと決まったら早く館に帰らなきゃいけないわね!」

「馬を迎えにいくか」


 立ち上がったアキトさんの掛け声に合わせて、リュウキさんはスッと被り物を脱いだ。


「あっ、脱いでいいなんて言ってないでしょ!」

「宣伝より大事な要件だろ」

「同時にやるのよ!」


 リュウキさんは相手にせず、被り物を人形の袋に突っ込んで足早に馬宿へと向かった。


 その姿を見て、ようやく我を取り戻した僕は慌ててアキトさんに質問する。


「僕もついていった方がいいですか?」

「大丈夫、一人でどうにかできるわよ」


 ため息を一つ吐いて、アキトさんは振り返る。


「めいちゃん、もしよかったらうちの館に来ない?社長にはちゃんと説明するつもりだけど、自分の口で言ってもらえた方が誤解はないと思うから」

「…わかった、いく」

「え、いいんですか?」

「何かダメだったかしら?」


 今から館に帰ったら、到着するのは夕暮れ時になってしまう。


 いくら時間が無いとはいえ、小さな女の子を館に招いて良いのだろうか?


「…あぁ、そういうことね。ねぇめいちゃん、あなたこっちに来て何年くらい経ってるのかしら?」

「うーん、大体30年くらいかな?」

「えぇっ!?そうなの!?」


 僕より一回りどころか、二回りも歳上だったのか……


 社長といい、女の子といい、まだまだ見た目と年齢のギャップに慣れない…


 僕の反応を見て、アキトさんは「まだまだ教えなきゃいけないことが多そうね」と愉快そうに笑って歩き出した。


「ふぐっ」

「まだまだだね」


 女の子がアキトさんについていく途中で、僕の脇腹にドスッとパンチをかましていった。


 その目はまさしくジト目と呼ぶのに相応しいものだ。


「すみませんでした!」


 僕は平謝りしながら2人のあとに続いた。



 ___そんなこんなで、僕たちは館へと向かうことになった。


「ねぇー!二人は何て名前なのー?」


 女の子がアキトさんの背にしがみついたまま、大声で問いかける。


「白才ユウセイです!」


 僕は風の音にかき消されないように、大きな声を出す。


「はくせいー?きこえなーい」


 それでも聞こえないようだ。


 リュウキさんの腰に回していた片手を外して、身体ごと横を向いてもう一度叫ぶ。


「はく、さい!ゆうせっ、うわぁ!?」

「あぶねぇ!?」


 ひえっ、おちる!?


 精一杯声を出そうとしたらバランスを崩して落馬しそうになる。


 が、ギリギリのところで察したリュウキさんが片腕で僕を掴んで事なきをえる。


「おい、お前は荷物背負ってんだから手を離すなよ」

「ごめんなさい!」


 ひょいッとリュウキさんに引き上げられながら、僕は身体に巻き付けた人形が入った袋をギュッと握る。


 危なかった。


 人形だからと気を抜いていたら、身体ごと持っていかれるくらいの大きさだった…


「あはは、きをつけてー!」


 女の子のコロコロと楽しそうな笑い声が、夕日を隠す森に響いていた。


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