第三幕 死神探しの少女
第14話 死神探しの少女 壱
「さーてっと、これで私たちも仕事に戻れるわね。あんた達、まだ頑張れるわよね?」
中華香朱の死神達が全員見えなくなると、アキトさんはグッと伸びをした。
振り返って僕たちに問いかける表情は明るい。
「もちろん、まだ一つも人形渡せてないですから」
僕もアキトさんに倣って、切り替えて明るい声で返す。
この人形配りは僕の初仕事なんだ、成果なしで帰るわけにはいかない。
「リュウキ、あんたもまだいけるわね?」
僕の横に並んだリュウキさんはほんのり眉を顰めて、自分の頭の上に手をやる。
「…この被り物はまだ必要か?」
なるほど、内心嫌だったんだな。
それでも着け続けているのは仕事だからなんだろうなぁ、ほんとに真面目な人だ。
「もちろん、最重要装備じゃない!たとえ服を脱ぐことになっても、このチューリップだけは外してはダメよ!」
それに対して、アキトさんは絶対にダメだと指をクロスさせて前に突き出した。
この人は仕事とかとは別な気が…
「なにがそんなに気に入ったんだ…」
そうため息をこぼすリュウキさんだが、さっきの何かを我慢したような無表情よりよっぽど良い表情をしていると思う。
トラブルはあったが、人形配り再開だ。
「おーいっ!あなた達、こっちまで下りていらっしゃーい!今なら人形タダであげるわよー!」
早速アキトさんが周囲に出来ていた野次馬の群れに大きな声で呼びかける。
「全部うちの社長手作りの人形ですよー!」
「どうぞー」
僕とリュウキさんも開き直ってアキトさんの援護にまわる。
なんということでしょう。
僕たちの声を聞くや否やみるみる人が消えていくではありませんか。
僕たちが数秒前まで見ていた人たちは幻だったのかな?
「もうっ、女の子もいたし、皆がみんな死神というわけでもないでしょうに」
サーッという川の音しか聞こえなくなった橋下にアキトさんの嘆きが響く。
そして沈黙。振出しに戻った。
「でも、よかったんですか?」
「なんのこと?」
僕は周囲に誰もいなくなったタイミングで少し心配なことを質問する。
「中華香朱に喧嘩を売ったことになりませんか…?」
さっきの言い争いは、あの場ではいったん両者ともに引く形になった。
しかし、僕たちの間に出来た溝は埋まったわけではない。
「あぁ、それは大丈夫よ。これくらいの言い争いなんてよくあるんだから。今回はたまたま相手が大手だったってだけよ」
「抗争とかに発展したら…」
あっけらかんとアキトさんは大丈夫だと言ってのけた。
でも、もしかしたら後日改めて会社同士の抗争になるんじゃないだろうか…
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私たちみたいな無名会社を相手に抗争するほど暇じゃないはずよ。それに、私たちよりも険悪で危険な抗争相手が中華香朱にはいるから」
「それがさっき言っていたツイてないってやつですか?」
たしかに、大手の会社なら僕たち以外にも抗争する相手は複数いてもおかしくない。
そういった中華香朱の噂は就活で忙しかったから聞いたことなかったのだが、業界では話題になっているのかもしれない。
「えぇ、すっごく大変そうなんだから。それに、もし抗争になっても負けるつもりは無いわよ」
ウィンクと共に見せてきた自信は揺るぎない。
アキトさんは、本心で中華香朱に勝てると言っているのか…
たしかに、アキトさんたちの実力は僕では計り知れないほどだ。
でも、実力とは別の根拠があるような気もする。
まぁ、それなら気にすることは無いのだろう。
「そういえば、結局場所の交渉はどうなったんですか?」
ついでにもう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「受付正面で腕を組んで仁王立ちしてたら、会長の神通力で強制退出させられちゃった!まったく、どこもかしこも強引よねぇ…」
「僕たちよりよっぽどトラブルじゃないですか!?」
なんでこんな平然としてるんだこの人!?
協会の会長、つまり僕たち死神全員を管理している組織のトップということだ。
そんな死神から直接協会を追い出されるだなんて…
中華香朱といざこざを起こすよりもよっぽど死神生命が終わりに近づいてる気がする。
「これもよくあることだから、大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…?」
ほんとに絶対頭の上がらない死神から直接追い出されたんだよね、この人。
それが、よくあること…?
協会の会長なんて、雲の上の存在過ぎて関わることすら無いと思っていた。
いや、これももしかしたら僕が知らなかっただけで、結構身近な存在なのかも…
「騙されるな、ユウセイ。こいつがイカレてるだけだ」
あ、ですよね。
色々なことが起こり過ぎて、僕の懐疑心はキャパオーバーだ。
今なら、実はお前は死神じゃないんだぞって言われても信じてしまいそうだ。
「あら、もう元気になったのかしら?もう少ししょげててもいいのよ?」
噛みついてきたリュウキさんをアキトさんはクスクスと笑いながら揶揄う。
「最初からしょげちゃいねぇよ」
それに即座にリュウキさんも応戦する。
二人の言い合いに安心してしまう。
よかった、僕の知ってるいつもの二人だ。
「ふふ、そういうことにしておいてあげるわ」
アキトさんのこぼした笑みは、安心したと言っているものだろう。
二人をほほえましく眺めていると、ツイツイと袖を引かれる。
「え?」
「あら?どうしたのかしら?」
アキトさんの視線の先を辿って首だけで振り向くと、僕の胸の高さくらいの身長の女の子がいた。
「ねぇ、人形くれるの?」
小学校低学年くらいの女の子は少しぶっきらぼうに、高くて細い声でそう尋ねてきた。
予想外の小さな来訪者に僕は目を丸くしてしまう。
「え、あ、うん。……どうぞ」
僕はリュウキさんが僕に手渡してくれた薄紫色のチューリップ人形を受け取って、名刺を渡すように両手で渡す。
「……」
「……」
ようやく初仕事を果たせたというのに、突然のことについていけず、ただ女の子を見つめるだけになってしまう。
「ユウちゃん、大事なこと忘れてるわよ」
トンッと肩を叩かれ、ハッと我にかえる。
そうだ、僕の仕事は人形を配布するだけじゃなくて、僕たちの会社の名前を覚えてもらうことだった。
「僕たち宣伝してるんだけど、僕たちの名前覚えてくれる?」
「こらこら、そんなこと言ってどうするのよ」
「あたっ」
アキトさんから頭をチョップされる。
くぅ…
分かりやすく伝えようとしたら、こんなことになってしまった。
「お兄さんたち、死神?」
「えぇ、そうよ。チューリップっていう死神の会社で働いてるの。もし困ったことがあったら私たちにお願いしてね?新しく出来たばっかりだから、どんなお仕事もバッチ来いよ!」
長身のアキトさんは屈んで目線を合わせて話している。
分かりやすい説明だけじゃなくてそういった配慮もお手本にすべきなのだと思う。
女の子は、片手で受け取った人形と僕たちを何度も往復しながら佇んでいる。
この子はどこから来たのだろうか。
女の子の着ている服はシンプルな長袖の白いワイシャツにベグレーのベスト、下は膝丈のスカートだ。まるで制服みたいだ。
あまり変化の無い表情と少し吊り目で子供らしからぬすっきりした顔立ちとも相まって、実際の年齢よりもだいぶ大人びて見える。
それにしても、なんでこんな地獄に一人で来ているのだろうか。
もしかして迷子なんじゃ…
「ねぇ―」
「お兄さんたち、強いの?」
僕が聞くよりも先に、思ってもない質問がとんできた。
「えぇ、強いわよ」
僕がどう答えたらいいのか考える間もなく、アキトさんが迷わず答える。
「どのくらい強いの?」
「そうねぇ、今ここから見えるどの死神よりも強いかしら?」
僕は橋上を見上げると、人通りが戻っていて、死神達がまた忙しなく移ろっている。
ここは死神の巣窟、地獄の中心地。
当然集まる死神も業界で中心を担う逸材ばかりだ。
そんな高いレベルの死神達がいる街を見渡しながら誰にも負けないとアキトさんは言っている。
やっぱり、アキトさんは自分の強さに自信を持っている、疑いようがないほどに。
「おい、それは俺も含まれてるのか?」
「当たり前じゃない、さっきまでしょぼんってしてた死神なんかに負けるわけないわよ」
「まともに他人のことも見れねぇのか」
「認めるのが恥ずかしいのね、ごめんなさいね、優しくなくて」
アキトさんの発言にリュウキさんが食って掛かる。
まずい。
僕は見慣れてきたからいいのだけど、初めは怖かった。
女の子が怖がっているんじゃ…
心配しながら女の子を見る。
女の子は、うっすらと目を細めていた。
それは怖がっているというよりも、何かを見極めているかのようだ。
数秒少し俯いたあと、女の子は背負っていたカバンを下ろして、中から黒くて大きな紙を取り出した。
「えっ、それって!」
よく見慣れた黒くて大きな紙には赤字で文字が書かれている。
でも、実物を見るのは初めてだ。
「あら、それは…」
「……」
言い合っていた二人も僕の驚いた声に反応して女の子を見た。
女の子は殺人依頼書を両手に僕たちに問いかける。
「私のお母さんを殺してくれますか?」
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