第13話 死神業界の上と下 漆
男がさっきまでとは違って少し低いトーンで抗争という単語を投げかけた。
「いいわよ、相手してあげても。でも、ちゃんと覚悟はできてるんでしょうね?」
そんな脅し文句にもアキトさんは全く動揺することなく、逆に煽り返した。
「僕たちが負けるって言いたいんですか?」
男の子がすぐさま食って掛かる。
握りしめている拳からは分かりやすくオーラが漏れ出ている。
「それはもちろん」
アキトさんは当たり前だと、にこやかに答える。
それは虚勢とは思えないほど自信に溢れていて、本心からの言葉のようだ。
「このッ…!」
「なにより、上を見なさい?」
アキトさんが人差し指を立てて、周囲全体を指さすようにクルリと回した。
僕はアキトさんの指さした橋上を見ると、最初と同じか、それ以上の人だかりが出来ていた。
観衆のざわめきがこちらまで聞こえてくるほどだ。
僕たちの口論は一帯の注目を集めてしまっていた。
「………」
「こんなところで抗争しちゃったら、無名の私たちは知名度を上げれるからいいとしても、あなた達は違うんじゃないかしら」
終始朗らかに、アキトさんは問いかける。
たしかに、僕達は中華香朱の名前に乗っかって売名することが出来る。
それがいい評価かは別にしても、人に知ってもらうだけで前身だ。
でも、中華香朱は違う。
無名の会社と抗争して、あまつさえ負けてしまうなんてことがあったら、会社の看板に傷がつく。
アキトさんは、最初からこれが目的だったのか。
「ただでさえ、最近あまりツイてないみたいじゃない?」
ツイてない、とはどういう事だろうか。
僕の情報収集能力では中華香朱に何が起こっているのかさっぱりだ。
「……チッ」
ただ、男が舌打ちをしたのを見ると、中華香朱はあまり良くない状況にあるようだ。
どう動いていいのか分からなくなったのか、男たちは臨戦態勢を崩し、様子を見ているようだ。
気まずい空気が流れるが、それも数秒のこと。
ミコトと呼ばれていた長身の男が声を上げた。
「南瓜、甘藍、花桃、帰るぞ。まだ今日の仕事が終わってない」
それはこの場からの撤退の号令だった。
それを聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろす。
よかった、大事にならなくて…
「ミコトさん!」
それに他の三人は不服そうであるが、ミコトという男の意思は変わらず、黙って首を横に振った。
アキトさんはそれを見て肩を竦めた。
すごい、完全にアキトさんの思惑通りに進んでいる気がする。
「それに、これだけの騒ぎがあった後に人形を貰いに来る人などいないだろう」
そう言って、上司の男は僕たちを一瞥して、他の人達に言い聞かせる。
引く意思が固いことが分かったのか、三者三葉に渋々頷いた。
「この借りは必ず返しますから…」
男の子は去る直前に、アキトさんに敵意を隠しもせず、捨て台詞を吐いた。
「あら、いいの?悪いわねぇ」
分かりやすい嫌味に対して、アキトさんはいただき物を貰った主婦のように対応してみせる。
つ、つよい…
そんなアキトさんに更に苛立ったのか、男の子は綺麗な顔を歪ませた。
そのまま僕の方を見ることも無く、大きな歩幅で去っていった。
「リュウキ、逃げきれたと思ってんじゃねぇぞ、いつか必ず清算させてやるからな」
最後まで、なんきんという男はリュウキさんに突っかかる。
なんでそこまで…
あまりのしつこさに、僕は全く理解できない。
「あぁ、待ってるよ」
それに対してリュウキさんは、今までとは全く違う反応をした。
何かを悟ったような、覚悟しているような…
いや、何かを諦めているような少し寂しげな表情だった。
もうそれ以上は何も言わず、男は僕とアキトさんを横目で牽制して通り過ぎた。
最後に、上司の男だけがこの場に残っていた。
「じゃあね、ミコト。悪かったわね、お騒がせしちゃって」
アキトさんはこれまで被っていた仮面を外すように、ワントーン下がった声で謝罪した。
今までの飄々とした態度とは打って変わって、アキトさんの眼差しは真剣だ。
二人は真っ直ぐに見つめ合っている。
「こんなことで謝罪はいらない。……それより、分かってるだろうな」
この人の表情はさっきのリュウキさんと似ている。
何かを寂しがるようで、それを表に出さずに隠している。
でも、僕ですら分かってしまう程にその心情は露骨である。
二人に流れる空気は険悪というより、むしろ…
「…えぇ、もちろん。これからよろしくね」
そう答えるアキトさんの表情は見えない。
アキトさんの言葉を聞いてミコトという男は翻り去っていく。
その姿を見送るアキトさんの背中もどこか寂し気だった。
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「その条件でのご依頼は弊社では受けかねます、申し訳ありません。協会に預けていただければ、ご対応は可能ですがいかがなさいますか?」
「…そうですか」
ここら辺で一番大きな死神派遣会社にも断られてしまって、私は途方に暮れていた。
もともとダメもとだったのだけど、実際に無理だと言われると落ち込んでしまう。
初めてきた街で、何時間も歩き続けていたせいか、足の裏がひりひりとしてきている。
これ以上探すのはもう無駄かもしれない。
街中は全身真っ黒のスーツを着た死神たちで溢れていて、誰も彼も忙しなくしている。
その姿を見て、さらに焦ってしまう。
この忙しそうな死神達が、報酬が少ないだけじゃなくて、もはや時間すら無くなった私の依頼を受けてくれるとはとても思えない。
こんなことなら、初めから協会に預けておけばよかった…
いまさらになって、後悔してしまう。
みんなの言うことを聞いておくべきだったのかもしれない。
もし、協会に預けていたらどうなっていただろうか。
今頃、こんな後悔は感じなくてよかったはずだ。
「協会…」
死神協会、最も簡単に鎮魂依頼ができる組織だ。
長年こちらで過ごしてきた大人たちは、皆ここに依頼するのが一番だと言っている。
「………」
『うわあああああん』
『おかぁさあん』
それでも、私の脳裏に浮かび上がるいくつもの泣き顔は消えてくれない。
協会に預けて、依頼が失敗してしまった子たちの泣き顔が。
そして、私の依頼も同じように失敗してしまったら…
「っ…」
それは、今度こそ永遠のお別れになる。
「いやだ」
そんなこと、考えただけで私は…
わたしは…
「…おかあさん」
まだ、足が痛いだけだ。
今日も終わっていない。
もう、望み薄だとしても、私が自分で選んだ死神に依頼したい。
それくらいしかできないから。
私は、また死神を探して歩き始める。
「…?」
少し歩いたところで、多くの人が橋の周囲に集まっているのが見えた。
「あれって中華香朱だよな?」
「お、中華香朱のミコトじゃん!もう一方は………?アレはなんだ……?」
「わからねぇ……」
「やべぇな、なんか、やべぇ……。」
なんだろう、下?
人だかりに混ざり、最前列まで出てから橋の下を覗き込む。
川岸には複数人の黒服が集まっている。
どうやら、死神が喧嘩をしているようだ。
取り囲んでいる4人の死神はところどころ赤い刺繡が入ったスーツを着ているから、たぶん中華香朱の死神だ。
対して、壁際に佇んでいる2人の死神は、なぜか暗い色の変な被り物をしている。
お化け?なんだろう、あれ。
よくわからないけど絶妙な萎びれ具合が呪われてるみたいで、ちょっと近づきたくない…
一際目を引く一番背が低い死神は、変な被り物を付けたままキョロキョロしていて、首を動かす度にフリフリと被り物が揺れている。
…なんか可愛いかも。
「…へんなひとたち」
わたしは気が付くと、フフッと笑っていた。
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